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お侍さんの異世界転移 ~奇跡の刀と記憶の断片~  作者: TAKUTOJ
2章:奇跡の刀と半エルフの記憶
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喧嘩

 雲一つない、風のないそんな日だった。


 少年は名京の中央通りを東へ真っ直ぐに進んでいる。配下の者達とは通りで別れ、今は一人だ。特に疲れていることはなかったが、足取りは対して軽くもない。師匠へとする報告は朗報であるにはあるのだが、誰も報われることはないと少年自身がよくわかっていた。普段垂れたその目は細められている。


 門を潜ると小間使いの少女がいつものように庭を掃いていた。最近では道場に上がることも許され、箒を振り回すことはなくなっている。立場や礼儀を解する様になってからは少年に対する態度も改善されてきた。免許皆伝の師の一人に失礼なことはできないと改めて思い始めたのが最近だ。少年の姿を捉えると彼女はその場で礼を執る。


 道場の脇を抜けて母屋へと入った少年は師が横になる部屋にたどり着いた。


「入りなさい」


 襖を開けると静かに正座をしながら目を瞑る男が部屋の奥にいる。目の前まで来ると少年は自身も正座を決め込んだ。


「まずは、おかえり。よく無事に帰った」

「ただいま、帰りました」

「うん」


 報告すべきことは一つだけ。しかしいざ師を前にすると言葉が出なくなる。師の痛みを前にすると自分の痛みも疼いてくるのだ。共通の痛みがその場を支配する。それでも言わない選択肢はない。静かに待つ師に対して少年は顔を上げた。


「佐倉衆を討ち果たしてまいりました」


 師は何も返事をしなかった。語るべきたくさんの言葉は必要なかった。では、と言って少年はその場を後にする。眉一つ動かすことのない師は此度は涙も流すこともなく、ただただ目を閉じていた。


 少年が立ち上がり部屋を出るまで男はずっと頭を下げている。その口元は“ありがとう”と形作られていた。



-----



 京之介は新しい着物に袖を通してご満悦だ。エルフの裁縫師が仕立てたそれは、着心地、肌触りが良く、動きを妨げるものもなく、よくできていた。袴に至っては縦に折り返した切れ込みがあり、足に仕込み帯刀が可能になっている。ナイフをよく使うエルフならではの工夫がされていた。エルフの郷秘伝の“妖精の生糸”という糸がふんだんに織り込まれ、風の加護が付与された着物である。


 少し先の話だが、緑の谷の国のエルフの郷では着物ブームが来ることになる。


 この郷の長との会合で、この地と自身の出生地が物理的な繋がりがなさそうであることと、帰る手立ても不明なことを何故か新着した着物を羽織る男は理解した。そして自分がこの地にとって危険がない存在であることを何故か保証される。晴れて自由の身だ。不自由はさしてなかったが。暇を告げる。


「そう急がずとも良いのですよ」

「いえ、それに甘えてばかりともいきません」


 あと数日でここともさよならだ。行く宛と言えば狐のところしか思い浮かばないが、人族の街の方面へ行ってみるのもいいかもしれない。そんなことを思いながら最奥の間をあとにした着物の男は部屋へ戻ると荷物をまとめ始める。これでいつでも出発可能だ。開け広げられた部屋は荷物が纏められたところで殺風景は変わらない。自衛団の宿舎の一室を充てがわれていたのだが、元から使われた形跡がなく綺麗に保たれている。


「京、どこいくの?」


 京之介が声の方を向くと、ドアに背中を預けるハーフエルフが不安そうに男を見ていた。まだ決めていない、と正直に言おうか、はぐらかそうか迷った男は結局思ったことをそのまま口にする。


「とりあえず化け狐のところに」

「……は? 化け狐?」

「うん。あ、狸もいたな」


 オークの騎士団長から教わったせっかくのロストアースの種族情報は、この男にはたいして役には立っていなかった。シュレイアは意味不明な回答を受けてさらに頭が混乱している。詳しく話を聞くと、どうやら獣人の村にお世話になったようだ。


「じゃあ、わたしも付いていく」

「はい? 付いて来る? なんで?」


 ハーフエルフの唐突な物言いに面食らう着物の男は心底驚いた表情をする。


「なんでって、貴方ね」


 ビシっと人差し指を着物の男に向けた金髪の美少女(然とした女)はもう片方の手を腰に当てて問いただす。


「婚約者をおいてひとりで行くつもり?」

「はぁ? レイと婚約した覚えはないぞ」

「何言ってるのよ! 私の中の琴乃を放っておくの!?」


 一瞬何を言われたのかわからなかった京之介だが、理解してからはシュレイアを突き放しに掛かる。


「妖術で琴乃の記憶をもらっただけだろ? お前はシュレイアであって、琴乃じゃない」

「なっ……」


 侍から放たれた言葉は、刀で斬られるかのようにハーフエルフの心をスライスした。絶句して言葉が出ないシュレイアに対してよせばいいのに京之介は続けた。


「琴乃はもう死んだ。レイも琴乃の記憶を活用するのは結構だが、縛られるなよ。レイはレイの人生があるんだから。だから俺に付いてこなくてもいい」


 ワナワナと怒りがこみ上げてきた女は着物の男の側まで威圧感丸出しの様相で移動すると、その耳を引張る。そして口元に男の耳を引き寄せて言った。


「京の……バカァァァァァァ!!」

「ぅぇっ!?……」


 耳につんざく高い声は男の鼓膜を大いに刺激した。し過ぎた。耳を塞いで顔を顰め蹲る男にハーフエルフは蹴りを御見舞して部屋を去っていく。ひとところに集められた荷物を別にすれば殺風景な部屋に京之介は転がった。


 部屋に這いつくばった男を置いて、ハーフエルフは自分の部屋へ駆け込んだ。ズカズカと入ったが、途端に力が抜ける。怒った以上にショックを受けている自分に気付く。どう接していいかわからなかったのは事実だが、夢にまで見た自分の幼馴染との再開に胸を躍らせていたのだ。かつて共に腕を磨いた友、目標とした背中、早いうちから気付いていた恋心、せっかく思い出すことが叶ったのに否定の言葉を受けた。“琴乃ではない”と。


 では、いつも見させられる夢は何だったのか。押し付けられた記憶? 否。そんなことを受け入れられるわけはない。ハーフエルフとして生を受けてから何度この記憶に助けられてきたか。いつも笑っていられたのもこの記憶の少女のおかげだ。そして思い出したのだ。はっきりと自分のものとして馴染んだ感覚が嘘なはずがない。記憶だけで刀捌きが出来るとでも言うつもりか。そんなことは研鑽を積んだ戦士を侮辱する行為だ。植え付けられた記憶で、なるほど動くことも可能だろう。だが、違和感なく馴染んだこの身体と動きと精神、感情をどう説明するつもりだ。怒りが湧いたが、悲しみが彼女を覆った。泣くことなく笑い続けてきた人生を、侍との出会いで覆されたのだ。


 一方、部屋でうつ伏せからようやく正座になって身を起こすことに成功した男は少しだけ反省していた。言い過ぎたかなと。しかし、受けた仕打ちを思うとどっこいどっこい、目くそ鼻くそに違いないと言って聞かせている。その時点で侍は自分の行為が良くなかったことを理解していた。


 正直なところ、京之介にはどうしていいかわからなかった。琴乃は死んだ。だから復讐の人生に身を投じたのだ。激しい苦痛と舐めた辛酸。身を削られるより、殴られるより、斬られるより痛かった婚約者の死とその様子。生きる意義はもはや復讐しか無かった。その先を考えることもなく突き進んできたのだ。その先はどうしようと過ぎったことは確かにあるが、答えを棚に上げてきた。失った女が、目の前にいる? 復讐は必要ない? では何をもって生きていると証明できるのか。男はこの地で答えを失った。


 そして“記憶持ち”は着いてくると言った。なるほどそれもいいかもしれない。できなかった結婚もここですればいい。末永く幸せに暮らせるのかもしれない。本当にそうか? 種族の話で騎士団長は言っていなかったか? エルフの生は長いのだと。今度は相手を一人にするのではないか? 種族の隔たりは大きい。そう記憶している。お化け、人妖、人間、神々と寿命はしっかり覚えている。オーク、獣人、人族、エルフであるとは正確には覚えていないようではあるが。


 琴乃の人生は終わったはずだ。新たな人生を歩んでいるのだから、復讐に身を窶した男の側にいても何も得るものはない。空っぽになった男の側にいても満たされるものはないだろう。侍はそんな独りよがりな考えを武装した。


 明日には出ていこう。そんな決意をした時には夜もすっかり更けていた。




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