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お侍さんの異世界転移 ~奇跡の刀と記憶の断片~  作者: TAKUTOJ
2章:奇跡の刀と半エルフの記憶
22/24

手紙 参

「村を襲ったのは左倉衆でした」


 少年の報告に眉を寄せた男はわずかに肩の力を強張らせた。


「でも、先生。不可解なことが多いんです」


 答えを持ってきた少年と男の共通する悲願は復讐である。もたらされた情報にきつく目を瞑り、思考の闇へと入っていこうとした男に少年は水を差す。男は片目を上げただけで少年の次の言葉を待った。


「村人のほとんどは隣の村に逃げていたんですよ」

「なんだと!?」


 確か、死体の山が積まれていた。吊るされた自身の愛娘の後ろに。それに一揆に使ったであろう農具も散乱していたはずだ。男は両の目を括目して少年を睨んだ。嘘をつくなと目は雄弁に言っていた。


「その山のほとんどは左倉衆の奴らのものでしょう」

「なんてことだ……では五人が?」

「おそらく……襲撃に遭った時に逃がしたんでしょう。隣の村にいた生存者の証言も得ています。まぁ、まともな証言は出ませんでしたが。『逃げて』という言葉をかけられたくらいで、必死だったんでしょうね」


 腕を組んだ男は情景を思い描く。嬉しくもない想像であるが、生き残りの左倉衆が施した仕掛けなのだろうと結論する。少年も同意を示した。


「見せしめに見せかけたんでしょう。やられました。誰もがあの凄惨な光景を見ればそう思うことでしょう。俺はそれどころじゃありませんでしたが」


 男は静かに首肯した。


 左倉衆とは諜報活動を行い、工作員ともなる忍者の一派である。少年は自身が持つ独自の伝手を使い、村の襲撃を探っていた。もたらされた情報通りなら、左倉衆の情報操作による一揆誘発の陰で、村の一つを落とし近隣住民の不安を煽りつつ、国の徴兵を困難にさせる嫌がらせの策だろう。しかし策はその村にいた五人の腕利きの剣士に大いに邪魔された。そのせいで左倉衆の数は激減して事実上壊滅状態になり身を潜めている、と忍者の一人は教えてくれた。


「斎藤流四人でも切り抜けられなかったか」

「あの数ですよ!? 守りながら、逃がしながらじゃ無理も出るでしょう。数の暴力は本当に恐ろしいですね」


 冷めた口調の二人だが、その胸の内は推して知るべし。激情に燃えていた。娘を殺された男、婚約者を失った少年。この血のつながらない親子は復讐の炎に身を窶していた。


「あの子は村を守ったのか」


 新しく知った娘の尊い行いは男にとっても少年にとっても実に誇らしいものではあったが、残された結果は空しいものだ。何より大切だったあの子がいないのだ。同時にやるせない思いがしこりとなって体を蝕んでいく。無残にも吊るされた光景に憎悪の気迫が内包していった。


「左倉衆撲滅と雇った相手を探ります」


 少年は頭を下げてその場を後にした。




―――――




 一人、部屋に戻ったハーフエルフはドアの前で崩れ落ちた。立っていられなくなった。もたらされた記憶の本流に耐えられなかったのだ。


 散々泣いた。人前でだ。長い長い生を生きるエルフという種族はほとんど感情を揺らさない。森で静かに生き、変化を拒み、粛々と生きてきたからだ。ハーフエルフもそのように育ってきた。しかし、彼女はこの世界ではない場所で生きてきた記憶を持つ特別な存在だ。男の前で泣いたことを恥ずかしく思ってはいるが、エルフが感じるであろう羞恥心はそれほど湧いてはいない。


 記憶を整理するためにあの男の前から離れたが、少し後悔した。確かに恥ずかしさはあったが心地よい空間だったからだ。


最後に入ってきた記憶は男の涙だった。幼さの残る顔ではあったが、間違いなく京之助だ。自分の記憶ではないものが入ってきた理由を彼女は考える。


 京之助の顔の位置。上。


 涙は自分に落ちてきた。自分に? あり得ない。


 では誰が彼を見ていた?


 もう少し遡る。包まれた刀身。書かれた文字。


 もたらされた記憶。光る紙。滲んでいた文字。


 自分が流した涙。


 自分の中でカチリと嵌るものがあった。


「そっか……クレナイが教えてくれたんだ」


 紅十文字虎月が取り込み、つい今しがた受け渡された追憶の断片。琴乃が託した執念の想いは巡り巡ってエルフと人の間に生まれた本人に奇跡的に届いた。


 ありがとう、となんども繰り返し呟いているうちにシュレイアはそのまま眠りに落ちた。


 目を覚ました。外はまだ暗い。


 シュレイアは考える。京之助とどう接すればいいのか、わからない。シュレイアとしてか、それとも琴乃としてか。思い出せたとはいえもう自分はシュレイアで、琴乃ではない。シュレイアとしての生は琴乃の倍だ。思い入れも当然今の方が強い。しかし、琴乃としての強い想いにも応えたい。しかし、京之助は何を望むのだろう。


(うだうだ考えてもわからないね。京に聞いてみよう)


 決意を新たにシュレイアはまだ暗い外へ出る。いつも通りに鍛錬に明け暮れる蒼の侍の姿を見てほほ笑んだ。京之助は金髪碧眼のハーフエルフの姿を目で捉えると、素振りを止めた。シュレイアに笑顔を向ける。


「レイ、おはよう」

「うん。おはよう、京さん」


 はにかみながらもシュレイアは琴乃の悪戯めいた呼び方を使ってみた。あの日の少年と同じ反応が返ってくる。ぽふっと音がしそうなほどに男の耳が真っ赤に染まった瞬間をこの目に収めた。琴乃の記憶と自分の思いが自然と溶け合う。


(なにこれ、か、可愛い)


「身体は大丈夫か? 変な光浴びてたけど。妖術にかかってただろ?」

「へ? 妖術?」


 あははは、とお腹を抱えて笑い出したハーフエルフを見て困惑が深まる着物の男。昨日の出来事を妖術と捉えた京之助がおかしくてたまらない、そんな笑いだった。身体は見ての通りなんともないよ、と返すがまだ襲ってきた笑いのツボから抜け出せないでいるシュレイアであった。せっかく話題を変えて恥ずかしさから脱却を試みるも見事に別の方向で笑われる自分に肩を落とす侍の残念な姿にもう一度微笑む。


 ツボから立ち直ったハーフエルフは蒼の侍に今度は真面目に話しかける。


「あのね、京」

「うん」

「わたし、昨日の妖術で全部思い出したの。あっちの世界で生きていた記憶」


 女は京之助に合わせ昨日の出来事を妖術として話を進める。ドクンと高鳴る心の臓を感じながら京之助は先を無言で促した。シュレイアは続ける。


「前は斎藤琴乃、享年十五歳。斎藤流剣術道場初代師範の娘。婚約者は常盤京之助、同い年。心の好敵手。貴方の生まれ育った村で死んだ。今は冒険者の亡くなった両親から生まれたハーフエルフで、歳は秘密」


 趣味はこれで、今使ってる武器が弓でと、シュレイアの今更の自己紹介やら過去紹介が続いているが、京之助は聞いていなかった。


「琴乃?……」


 鼓動が煩く感じる。もたらされる情報にもはや疑う余地がなかった。しかし男は混乱からまだ抜け出せないでいる。復讐心が強くなり過ぎていたせいか、幸せだった頃があまり思い出せないのだ。男にとっては幸福から不幸への落差が激しすぎた。常盤家の持てる総力をすべて使い、村を襲った忍者の大本を突き止め、殲滅したり、雇った者の情報を聞き出すために随分ひどいことも行った。関わった全てを洗い出しては証拠を握り、戦の前にはかなりの程度相手の戦力を削ぎ落したりもした。夢中で生きてきたのだ。


 最後の復讐にと繰り出した戦では、いざ出陣を聞く前にこちらに飛ばされた。オークというお化けに連れまわされ、化け狐や化け狸の村に連行され、そして神々のいるここへと導かれた。その上目の前にはかつての婚約者の記憶を持つ美少女。この運命の歯車はどこへ向かっているのか。


「ねぇ、京。聞いてる? 京ってば」


 気づけば話が終わったのかハーフエルフは男の裾を引っ張っている。なんだっけと返せば長いため息が。


「それでね、お互い新しい人生が始まってるわけなんだけど……まぁ、まだいいか」

「何が?」


 シュレイアは首を横に振ってから、また今度聞くと話を強引に切り上げて踵を返す。ドアのところで振り返ると呆然としている男を見てクスリと笑った後こう言った。


「ご飯作ってくるね。旦那様」


 すぐにそっぽを向いた京之助の耳は真っ赤に染まっていた。

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