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お侍さんの異世界転移 ~奇跡の刀と記憶の断片~  作者: TAKUTOJ
2章:奇跡の刀と半エルフの記憶
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宮区へと続く危険な道

 背中に四本目のクナイが刺さる。苦悶の表情を浮かべた少女は立っていられずに跪いた。これで立っている味方はもういない。正確にはこの村で立っている者はもういない。最後に投げられたクナイも、最後に倒れた敵の破れかぶれの一投だった。そこに執念めいた憎悪の感情が見て取れる。しかしその者の目もやがて緩やかに閉じていった。


 二刀の少女は守りきったのだ。この村を。婚約者が育ったこの村を。


 彼女の命の灯火もこの村の惨状と同じように尽きようとしていた。目にはたくさんの雫が滝のように流れた跡がある。ぼんやりと、目を閉じればもう自分は起きられないような気がした。だったら起きていようと思考を働かせる。こんな時は少年のことを考えるといいはずだと、考えたらふわっと心が温かくなった。


 あの頑張り屋の少年は今は何をしているのだろう。仕事から帰り、稽古を終えて、一人で素振りを始めた頃だろうか。再戦を心に誓って七年も経つが、今なら少しは追いついただろうか。無理だろうな。そんな感想を抱いた少女は段々と瞼が重くなっていくことに抗えなくなってきていた。残される者たちの痛みはどれほどだろうか。少女は父を思い浮かべた。過保護な程に愛された自覚がある分、今の惨状は見せることはできないが、そうもいかないだろう。親不孝な自分をどうか許してください、と目を閉じた。


 自身の想い人に向けて少女は最後に口を開いて囁き、願った。


「ごめんなさい」


 どうか貴方は幸せに生きてください、と。少女は誰にも知られることなく跪いた姿勢のまま息を引き取った。


 


-----




「キョウ殿、総主がお会いになるそうだ。宮区へ案内しよう」


 部屋のドアを開けて放たれた言葉は最近ようやく聞き慣れてきたくぐもった低い声。この世のものとは思えない人間では決して出せないだみ声だ。むしろロストアースという“この世”でしか聞けない声ではあるが、件のお侍から言わせればこちらがあの世であちらがこの世だ。要するに個人の主観で判断するに、人の声ではない。もちろんオークが出す声で間違いないのだから、人の声ではない。そんな言い訳を心の中で済ませてから京之介は声の主の方へと視線を向ける。


「今から?」

「うむ」


 至って短いやり取りを終えて京之介は腰を浮かせた。両腰には三本の刀、背中には布で包んだ木刀を掛ける。武装した侍をしばし待つゾゴルガーグはおもむろに注意点を述べる。


「キョウ殿なら問題ないと思うのだが、道中は危険だ。心して進まれよ」

「……危険?」

「その通り。危険だ。命が脅かされる心配は無いのだが……」


 着物の男は思わせぶりな注意喚起に眉を寄せる。しかしその声音には困った者の出す呆れの境地が感じ取れた。例えば自分がオーク達をお化け呼ばわりした時に彼らが見せる何とも言えない残念さがそこにはあった。首を傾げながらもその注意に耳を傾けて頷く。


 騎士団長が直々に京之介を案内するのには当然わけがある。結界のために長が持つ護符が無ければ誰も宮区までたどり着けないからだ。しかしその道中に危険があるという。


「おっそろしいところだな! ぉぃ」


 宮区へたどり着いた京之介は開口一番こう言った。肩をすぼめたのは筋肉隆々の豚顔の男。第二区へ足を進めた時の事を侍は苦い思いで振り返った。


 最初にやってきたのはあからさまな罠と分かる草に隠されているであろう穴。当然男は避けた。しかし避けた先が本命の穴だった。巧妙に偽装された地面に足を取られる。それほど深いものではなく、膝までが落ちる程度だった。しかし踝まで泥水が仕掛けてあり、お気に入りの竹の草履が泥まみれになる。そして不快な感覚が右足を襲った。歩くたびにピチャピチャと鳴る右足に舌打ちをしたくなった男は盛大に溜息を吐いた。


 嫌な気分になりつつあったが、池に出た。足を洗う機会を得て気分が和らぐ。同情めいた視線を隣を歩く男から感じたが無視だ。


 しばらくすると着物の男はピンと張られた蔓を見た。嫌な予感がする。跨ぐか、踏み抜くか、掛かるか、辿るか。たくさんの選択肢に迷ったが、隣の男を当てにしたくはなかった。これは自分に向けられた挑戦状だ。受けて立つ。そんな気構えで思考を巡らせた。罠を回避させた先が真の罠。先程の穴にかけられた罠の敷設者の思考を読む。


「斬るか」


 しばらく考えた後、京之介は刀で下からなぞるように、引きながら蔓を斬った。その時、シュルシュルと音が近づいてきた。なんと蔓の先に果物が巻きつけられて罠の上を通過した。一つだけではなく、四方八方から頭をめがけて果物の攻撃がやってくる。果物は高い木の枝に吊るされた八本の蔓に巻きつけられて、着物の男の目の前に集合して静止した。刀で遠巻きに斬った分、軌道上にいなかったのが幸いする。勝ち誇ったように京之介の口端は上がる。なんとなく舌打ちが聞こえた気がした。括られていた柑橘系の果物を回収するスキのない京之介に苦笑いのゾゴルガーグ。


 歩を進める二人の間に会話はない。頼らない侍に、助言する気もない騎士団長。どこか二人は楽しんでいるようだった。


 第二区をそのまま通過すると、第一区への道が京之介を歓迎する。森であることに変わりはないのだが、空気がより一層澄んでいるような気がした。肺に吸い込まれていく空気が着物の男の気持ちを安心させる。鳥たちのさえずりや虫の声もまたこの森の浄さを物語っているに違いない。罠さえ無ければ。


 進んで行くと、これ見よがしな水たまりに遭遇する。京之介は草履だ。足を濡らしたくはない。しかし避けた先も警戒が必要だ。仁王立ちで考える。右か左か真っ直ぐか。別段違和感のない左を選択した。真っ直ぐに行って足を汚したくはなかったし、右側は蔓が見え隠れした草むらだ。ゆっくり歩けば問題がなかったが、男は急いだ。後ろになった豚顔の男から“あっ”という呟きが聞こえたが後の祭りである。京之介は盛大に滑った。足元には氷の板が草の下に隠されていたのだ。滑った京之介の服のあちこちに草がへばりついた。悔しさで地面を足で蹴りつける侍はどこか子供じみていた。本当の正解は水たまりを行く、である。偽装されているだけでただの乾いた道なのだ。泥水の後の警戒を煽った罠である。


 憤怒の顔でどしどしと足を進める着物の男は冷静さを幾分欠いている。本人は呪詛のように「おのれおのれ」と唱えていた。次の罠が待ち構えていることもお構いなしに進む。


 切り抜けた罠は三つ。嵌った罠は四つ。蜂の巣に出会したり、とぐろを巻いた蛇が落ちてきたりと、肝を冷やす場面が多かった。負け越しの勝敗だが、悪意があれば命がいくつあっても足りない状況だ。一つ目の罠に毒が仕込んであればそこで試合終了である。憤懣やるかたない気持ちをどこに吐き捨てようかと思ったが、ゾゴルガーグから「お疲れさん」と言われて全てを飲み込んだ。


 総主に会う前に身を清めたいというお侍さんの願いはすぐに受け入れられたという。


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