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お侍さんの異世界転移 ~奇跡の刀と記憶の断片~  作者: TAKUTOJ
1章:木の刀と獣人村の用心棒
12/24

旅立ち

これで1章終了です。

「早く逃げて!」

「裏から行け! 宮本の方へ!」


 二本の刀を構えた少女と、頬に傷を持つ強面の男が村人に避難を促していた。村人たちは慌てふためいて右往左往していたが、一人が駆け出してからは早かった。引きずられるように村人の殆どは逃げ始める。村の入口では既に戦闘が始まっていた。剣戟が聞こえ始めると村人たちは子供を抱え、年長者をおぶり、荷物を後にした。


「お嬢も行ってくだせぇよ」


 これで何度目かと強面の男は側にいる少女へ視線を向ける。少し強めに言ってみたが二刀流の少女はどこ吹く風だ。


「嫌よ」

「まったく頑固な。怒られるの俺達なんですからね」

「あの人の故郷なのよ! めちゃくちゃにされていいわけないでしょっ」

「それには同意ですがね。それでもここは危険だ」


 珍しく若干の焦りを見せる強面の男はその顔が示す想像通り道場でもかなりの腕前である。その男が見せる少しの不安を少女は見ないふりをしてやり過ごした。


「さっさと行くわよ。加勢しましょう」


 入り口へ走る少女をため息混じりに見てすぐに追いかけて追い越す強面の男。


 少女と男の人生の終わりは村へと走るその速度と同じように足早に迫っていた。



-----




 武勇伝をせがむ村の子供達に鬼退治の伝説を聞かせているのは、先の戦いでオーガを倒した竹細工師こと常磐京之介。キョウ様として親しまれているその男は自身の出生地の有名な話をこれでもかと言わんばかりに盛って話す。


「……そしてタローは養母が錬金した宝珠【キビ】を供物として伝説の幻獣、犬・猿・雉を懐柔し、諸悪の根源たる青と赤の魔物が跋扈する通称“ガシマ”へと旅立った」


 狐や狸の獣人の子供達に歪曲したお話をする胡散臭い男は、この村で騙されることを恐れていたのではなかったか。子供達が眼をキラキラさせて話を聞いていることに気を良くしていた。本当の筋など誰も知らない事をいいことに話し続けている。


「おい……人族にはそんな話があるのか?」


 後ろの方で聞き耳を立てていたゾゴルガーグは、先ごろ自分たちが保護した人族の女に京之介の話の信憑性を問う。興味深そうに聞いていた赤髪の女は問われて少し考えてから答える。


「いえ……聞いたこともないですね」

「そうか……まったく、どこから来たんだか」


 やれやれと肩をすぼめた騎士団長はその場を後にする。隣りにいた狸耳の村長はそれを見て同道しようとして止まる。その様子を目で追っていた女と目が合うと目を細めた。


「怪我が治るまで滞在を許可しよう。ごゆるりされるがよい」


 そう言ってオークの長の行き先を追う。人族の女は深々と頭を下げた。


「キョウ様もオーガを倒したんでしょ! すごい!」

「どうやって倒したの!?」


 あ~、いやあれはな、などと言葉を濁しながらのらりくらりと子供達の話題を自分に向けないようにしていた男に、女は興味を抱いた。あれ程の強さを誇らない武人が不思議でならない。大方の話が終わり一同が解散したところを見計らって、女は異国の服に身を包むその男に声をかけた。


「助けていただき、感謝いたします」

「怪我は?」


 京之介は少し頷いただけで、女が主と仰いでいる男の容態を尋ねる。バスタードを構えながら気絶していた男の執念を京之介は見事な、天晴なものだと尊敬の念を感じていたため、怪我の心配が先に立っていた。女は京之介の態度がそういった類の親切から来ていることを感じて、そのそっけなさにさえ好感を持った。


「そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。わたくしは我が主、元グレイスライド第二王女近衛騎士ロイウェン・ラン・ヴェルドに使える従者メリアライトと申します。主はまだ目は覚ましませんが、貴方のお陰で無事です」


 女があと一歩遅ければ危なかったと話すと、京之介の方が安堵のため息を吐いていた。

女が発した“元”と言う言葉に引っかかりを覚えたものの、深入りを好まない着物の男は改めて自分も名乗る。


「うん。俺は常磐京之介と言う。キョウと呼んでくれて構わない。発音が難しいようでなぁ」


 苦笑交じりに述べる男の真名を口の中で唱えようと試みるも、メリアライトにとっても聞き慣れない響きである。よく気が利く従者を自称する男装の麗人は失礼かもと思ったが、噛みそうになったため男の提案を採用することにした。人間からもキョウ様と呼ばれてがっかりしている京之介をよそに彼女は男の予定を尋ねる。


「ゾゴルと一緒に明日の朝何処かに連れて行かれるようだな。場所は聞いてないからわからん。そもそも聞いてもわからん」

「もしかして迷子……」

「かわいそうな目で見るなっ」


 転移してきた手がかりがないかと自分のこれまでを話してみたが、メリアライトは首をかしげるだけだった。


「お役に立てず申し訳ありません」

「いや」

「彼らの言う“あのお方”のところへ行けば何か分かるかもしれないと?」

「そういうことらしい」


 なるほど、とうなりながら真剣に考えてくれるメリアライトに男の頬が緩んだ。


「ところで、先程のタローと幻獣と“ガシマ”の話ですが……」


 興味津々のメリアライトであった。


「実はここだけの話なんだが」

「ええ」

「付いてきたのが豚・狐・狸だっただろ? 不安でしょうがなかったよ。お供に犬・猿・雉は基本だろうに」


 真剣な様子にあっけにとられたが、出た発言は極めて失礼極まりない。人族の間でも雷鳴轟くオーク騎士団に、人族の身体能力を遥かに凌駕する獣人たちが付いてきていたのだ。女は声を潜めて不安と言ってのける男の非常識さに声を上げて笑った。


「お、やっと笑った」

「え……?」

「なんでもない、それじゃお大事にな」


 京之介がオーガを見てお化け物の怪と言って恐怖を示さなかったのにはわけがある。彼は幼い頃に聞かされた鬼退治にまつわる果物の名を関した剣豪の話が大好きだったのだ。恐怖より先に腕試しや討伐意欲が勝ったのである。角を見たときにピンときたとは本人の思考の一部だ。


 女と別れ、自分に充てがわれた部屋へとやってきた京之介は、明日の出発へ向けて準備を始めた。この村へ来て、いやこの世界へ飛ばされて六日経つ。思えば出会ったオークという種族や獣人達は気の良い者たちだったなと感慨に耽る。明日はオーク達に連れられてエルフという新たな物の怪達の総主なる人物と会いに旅立つことになっていた。弟子たちと離れるのは少しの寂しさもあるが、これが今生の別れになることもないだろうと思いを別の方向へ向けることにした。この地へ来て初めて会った人間二人。一人は最初から気絶していて話すことはなく、今まだ昏睡状態にあるが、もうじき目覚めるだろう長剣の男、名をロイウェン・ラン・ヴェルド。もちろん京之介は名前をロイなんとかとしか覚えていないのであるが、気絶したままバスタードを構える気迫に尊敬の念を感じたため話す機会が無いことを寂しく思っている。そしてもう一人は男装の麗人メリアライト。ロイウェンの従者と自称する。反目があることを承知の上で獣人たちの輪に入り、頭を下げた。自身の主を救うためだ。その主従のあり方は賞賛に値した。京之介もかつては部下を持つ立場にいたことがあるのだが、これだけの関係を築けたかどうかは自信がない。彼の地での人生は復讐に身を窶していたのだ。手足のように使った覚えはあっても、部下に慕われる要素がなかったのではないかと自省する。


 木刀を磨き終えた後、三本の愛刀を手入れのために引き寄せる。この刀たちも自分にとっては忠臣のようなものか、と考える。最後の戦で【白烏】は持っていたが、虎月の二本は家にあったはずなのだ。こうして手元にあることを心強く思うものの、不思議で仕方ない。付いてきてくれたと思うことにした。奇跡の刀たちはこれからも着物の男と共にあることを誓うかのように、侍の心を温かくするのであった。京之介はこの地へ来て初めて心安らかに朝を迎えた。


 村の入口にはオーク騎士団の面々とわずかな期間で名誉村民として、また伝説の竹細工師として名を轟かせた侍を見送る全村民と男装の麗人がいた。


「お達者で」

「キョウ様、またいつでも来てください」

「いつでも大歓迎ですぞ」


 様々な感謝の言葉や労いの言葉が京之介に降り注がれていた。オーク騎士団の調査の働きも見過ごされてはいなかったが、概ね着物の男のもたらした功績に注意が向けられるのは仕方のないことである。オーク騎士団も苦笑いを隠せないでいた。その場にいた唯一の人族の女も多くは語らなかったが、深い礼をとって彼らを見送った。


 一行が村を出てしばらく進むと、見慣れた三人が出迎えた。リグラ、サグヌ、フグツである。狐耳の少年少女たちは悲しい顔を隠しもしなかった。


「師匠、行かないで」

「もっと訓練教えてほしいよ」

「僕も」


 京之介は道を塞いだ小さな小さな弟子たちの目線を合わせるために身を屈める。彼らの真摯な上目遣いの表情には胸を打たれた。順番に彼らの頭を撫でる。


「教えたことは役に立つはずだ。続けろよ、ちゃんと」

「それはもちろんだけど、もっと知りたい」

「そうだよ。師匠の技とか知りたい」

「リグラにはこっそり教えただろ、ずるいぞ」

「お前には安直なのあったろ、【ウエカラ】だっけ? ププ。あれ十分脅威だろう?」

「あ、あああ、アンチョク……」


 弟子たちと他愛ない会話をしているものの、彼らも時間がないことを感じている。オーク騎士団がそわそわしているのも原因だ。オークもオークとて彼らの別れを無碍にする気はないため、待っている。京之介はその紳士的な態度を心の中で感心し通しだ。本当にこのオバケたちは見た目に反する奴らだなと。声に出せば怒られることは必至だが、そんな愚行を何度も繰り返す男ではない。


「まぁあれだ、そのうち村に顔を出すこともあるぞ、たぶん。気が向けば」

「向かなさそう……」

「見送りご苦労。またな、お前ら」


 話はもう終わりだとばかりに会話をぶった斬り、騎士団に目を向ける。彼らも頷いて歩を進めだした。京之介はその最後列を歩く。道を開けた三人の獣人の子供達の目には涙がいっぱいに溜まっていた。


「師匠! ありがとうございました!」

「「ありがとうございました!」」


 京之介は振り返らなかった。しかし、その左手はすっと挙げられている。弟子たちは彼らの姿が見えなくなるまでずっと、師の背中を目に焼き付けていた。


 お侍さんは雫が自分の頬を伝うのを一粒だけ許した。


お読みいただきありがとうございました。

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