赤と青が一般的
本日三話目です
ようやく少年に追いついた彼の師匠は、村の惨状に絶句した。後ろには道場の強者たちもいるのだが、彼らもそのあり方に声を出せないでいる。吊るされた体は自分たちのよく知る道場の仲間たち。後ろには重ねて捨て置かれた多くの骸や残骸。そのむごたらしい様子はまさに地獄絵図。恐れに負けるほどの精神はこの者たちにはなかったが、仲間たちの無念は彼らの心を挫くのにそう時間はかからなかった。
少年はただ静かに吊るされていた右端の少女を下ろしている。ややあって、全員が動き出した。少年は少女を下ろし終えると、その小さな身体をそっと抱きしめた。背中にささっている刃をそっと抜いて地に投げつける。そのクナイは柄まで、硬いはずの乾いた地面にめり込んだ。
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「ロイウェン様っ!」
背中にいる女が叫ぶ。
返事はない。
大男の方が振り返る。
京之介は容赦なく女をドサリと振り落とした。途端一気に大男の側へと肉薄する。左親指で軽く鍔を弾くのは彼の癖だ。キンと鞘から軽く抜かれる刀の音を侍は気に入っている。
大男は新たにやってきた敵の姿に口端を上げた。振り上げた右手に持つ獲物は目の前の男の二倍はあろう棍棒。力で拮抗することは敵わない物量を目にして、京之介はまず回避に集中する。回避した後の行動は既に彼の脳内に描かれていた。左側へ避け、なぞるように右腕を切り上げながら背後に回る。接近して分かる男の上背はかなり高い。二間分(畳二枚分)はあるかもしれない。筋肉に覆われた体躯に恐ろしいまでに禍々しい目。額からそびえ立つ角。ある意味、いや正真正銘の化物はこれだと言わずしてなんだというのか。しかし京之介はいつかのようには震えていなかった。
開始された戦闘を横目に、男装の麗人は自身の主に近づいた。男は動かなかった。バスタードを構え、鬼気迫る形相をしているが目の焦点はどこか遠くを見ているようだった。再度女は主へ語りかける。
「ロイウェン様」
彼の横へとたどり着いた女は男の肩を揺さぶったが反応を返さない。
男は立ちながら気絶していた。周りは彼が斬ったであろう魔物たちの骸で溢れている。最後の最後で力尽きた姿が立ちながらなのが壮絶な風景になっていた。後一歩遅ければ、女が異国風の服に身を包む男の背に乗らなければ、彼はこの場の魔物と同じ運命を辿っていたことだろう。自分の英断に安堵、男の提案に感謝が沸いた。
「ロイウェン様、もう大丈夫です。女の子は村へ無事に」
聞こえてないことはわかっていたが、麗人は気絶している主に報告をする。男はその言葉を聞いてか顔を和らげ、後ろへ倒れた。よく見れば刃こぼれのひどいバスタードが横へと転がる。
事情を聞いた獣人たちが追いついたのは大男と京之介が戦闘を開始してから数分も経っていなかった。彼らは慌てて同胞の少女の言い分を聞いて人族たち二人を追いかけた。一方は疑った人族。もう一方は村の娯楽と特産品をもたらした英雄である。彼らの名誉村民がすぐに決断したことは驚きだったが、目の前の困っている者への行動を遅らせたことの恥が彼らの良心を痛めたのだ。後悔しないためにすぐに追いかける。そして目の前の大男を見て驚愕する。
「オーガ!! なんでこんなとこにっ!」
いわゆる鬼というやつだ。彼らは元は鬼人族という少数種族なのだが、ある事情で魔物化してしまうことがある。その魔物化の状態がオーガという。そうなると会話が成立しなくなり、人として数えられることがなくなる。悲しいことに鬼人族が一番魔物化の確率が高いとされている。どの種族も魔物化の危険は潜んでいるのだが、過去どの時代においても魔物化している最初の例が彼らなのだ。
獣人たちは女と倒れている男の側へ行き、語りかける。
「疑って悪かったな。お前たちは緑の谷の国の事情は?」
「いえ、ある程度は承知しています」
「そうか……なら話は早い。オーク騎士団があとから来るから彼らに任せる」
ええ、と頷いて赤髪の女は安堵した。
「あんたも少し休め」
「いえ」
彼女が気丈に自分を保っているのは主が倒れているからだ。これ以上の醜態は晒せない、と毅然と顔を上げて自分をおぶった相手に目を向けた。
「あの……人族の彼はいったい?」
「……あ~、キョウ殿か、よくわからんのよ、俺達も」
「はぃ?」
「……いや、数日前にオーク騎士団が連れてきてな。またどっかに連れて行くらしい」
はぁ、と返事をするものの理解が追いつかない。少し後ろで束ねた見たこともない色目の髪と黒眼。そしてこれまた見たこともない異国の服装。何者だろう。獣人たちも返答に困っていて歯切れが悪い。身元の分からない人族に情報を渡すわけにもいかないのだろう、行き先も聞けないとは。謎だらけである。
件の侍とオーガは激戦を展開している。身体能力が人族を遥かに凌駕するはずの鬼人族の魔物と対等にやりあっていた。ただ、オーガの間合いが大きく広い。致命傷を与えるには遠すぎる。近づけば大ダメージを受ける確率が跳ね上がる。侍は攻めあぐねていた。
一進一退を繰り返しながら、倒れた男や獣人たちとは逆方向へと誘導している。その様子を歯がゆい思いで見つめているのは男たちだけではなかった。男装の麗人もまた彼に頼らざるを得なかったわけだが、自分たちが巻き込み、危険に晒したのもまた事実。
交差する巨大な棍棒と刀。
斬りつけ、腕に走る大男の血飛沫。
痛みを感じないのかすぐさま裏拳が侍を襲う。
大男の腕の動きが鈍る。
好機がやってきた。
迎撃の体制に入ったが。
それは罠だ。
腕の鈍りは単なる予備動作で。
緩急がつけられた必殺の一撃が男へと降り注ぐ。
回避に全集中力を注いだ。
男は何事かを呟く。
バァァン!
大きな大きな音が周りに響く。
大男の武器が地に打ち付けられた破砕音か。
棍棒のその先は地面にめり込んでいた。
回避に成功したであろう着物の男の口からは血が流れている。
左手は腹を抑えていた。
大男の口端はニヤリと上がっている。
しかし大男の顔は次の瞬間には初めて苦悶の表情へと変わった。
右腕の外側が四分の一ほど抉られ、小指は切断されて、棍棒を握る力が弱まった。
「うがああぁぁぁ!」
オーガの咆哮がその場に恐怖を連れてくる。
その場から動けなくなったのは女と獣人たち。
その様子にほくそ笑んだオーガは侍へと目を向けた。
自分を睨みつけている小さな男を見て大男は驚く。
咆哮を受けて恐怖に身を縮めるものしか見たことがなかった鬼は事態に困惑した。かつてこのような反応をした者はいない。オーガは初めて目の前の男に恐怖した。このような人族がいるとは聞いていない。だが、男も血を吐いている。チャンスには違いない。だが、大男は動けなかった。こんなに怪我を負ったことも今まで経験したことがなかったのだ。痛みを感じるほどの攻撃を受けたことがなかったのが災いした。痛みに対する恐怖がなかったため、避けることさえ選択肢になかったのだ。オーガはその鬼生で遅すぎる経験を積む。
豚顔の男たちが到着したのもそんな一瞬の静寂が訪れたタイミングだった。大男を見て彼らもやはり驚いたが、もっと驚いたのはその激戦の過程である。大怪我を負っているオーガとそれを睨みつけているあのイカれた人族だ。改めてその強さを見せつけられる。
動きのない彼らを見て、オークたちはその場に近づこうと試みるが、京之介に止められた。
「ヤツの間合いに入るな! ぶっ飛ばされるっ」
「っ!?」
注意喚起を受けて初めてオークたちにも死線なる領域の存在を肌で感じ取った。踏み入れた足にビリリと走る危険信号。命の危機を悟った鬼の執念が彼らの足を留める。
「入っていいのはゾゴルだけだ」
「ご指名か」
少し嬉しそうにする彼らの団長はやはりずば抜けて覇気があった。京之介は指名することで助力を請う。その意図は正確にゾゴルガーグに伝わっていた。彼自身もこの脅威の鬼人族の魔物に何ができるのか策はなかったが、対抗する術が無いわけでもない。
「キョウ殿はわたしに何をご所望か」
「一瞬でいいから足止めを」
「あい、わかった」
周りでは団長を心配する気持ちと、なんとかしてくれるという安心とがない混ぜな空気が流れていた。そんな彼らをよそにゾゴルガーグは大剣を段上に構える。大きな声を上げてオークの騎士団長はオーガの注意を自分に引きつけた。大男は左手を後ろに構え、横薙ぎにゾゴルガーグを素手で払う素振りを見せる。
注意がこちらから逸れたことを確認した侍は一旦刀を鞘に収めると左足を後ろへ、右肩をオーガへ向けた。腰を落とす。左手に収まるのは【白烏】の鞘。右手にはその柄。一点集中のために一度目を閉じ、オーガの気配を閉じた瞳に、正確には脳に焼き付けた。カッと目を開けると、ゾゴルガーグがその大剣ごと吹き飛ばされているところだった。途端にオーガの向きは着物の男へと変わる。角の方向がまっすぐに京之介を定めた。
「【斎藤流居合……隼】」
抜き放たれた刀は斜上へと右方向に流れてピタリと止まった。目と鼻の先の距離へと近づいてきていた大男の巨体は右脇腹から心臓へと斬れる。逆袈裟に切られた大男の、後方へと押されて仰向けに倒れていく速度は、実にゆったりとしていた。すぐに地響きが後を追いかけるようにやってくる。そして静寂は波紋のように広がりをもたらした。
騎士団はゾゴルガーグの無事を確かめるように囲んでいる。獣人たちは倒れた男を介抱しながらも戦いの様子を見守る男装の麗人と共に、口をぽっかり開けていた。疲れが押し寄せた京之介はその場に尻餅をついて座り込む。そして一言呟いた。
「鬼退治は骨が折れるな……」
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