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お侍さんの異世界転移 ~奇跡の刀と記憶の断片~  作者: TAKUTOJ
1章:木の刀と獣人村の用心棒
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「いざ出陣」を聞く前に

 このページを開いていただきありがとうございます。

 常盤京之助(トキワキョウノスケ)の朝は早い。まだ暗い時間に目覚めては、剣の修練を積む。それが彼の身についた習慣だ。しかし、今日ばかりはいつもと勝手が違う。戦が控えているのだ。彼にとっては不本意この上なかったが、開戦までは陣地における武器や食料の管理を任されている。配下の者たちを使い、足軽隊には槍や旗を与え、少年兵には竹槍を配った。糧食を数え、整えてから兵站の担い手に後を任せる。元々は農民一揆が発端の小さな小さな戦のはずが、時代の流れの渦に巻き込まれ、大名たちの大合戦にまで発展した。


決戦の火蓋は今か今かと切って落とされるのを待っている。熱気が自陣を覆っていた。風はない。男たちは血に飢えた狼のように獰猛に目をギラギラさせていた。鞘から獲物を抜いては収める、を繰り返す男。石突を地面に叩きつける足軽兵たち。忙しなく主人の周りを動く従者。指揮官が馬に跨った。それを合図に歩兵は整然と並ぶために集まりだし、騎馬の蹄の音は徐々に揃いだす。

 

当世袖と佩楯を最後に装備を整えた京之助が遅れて、築かれた陣からいよいよ出ようと手をかけたその時、天からの光が彼を襲った。光の柱が彼を包み込むと、何事もなかったように時が動き出す。一陣の風が吹いた。指揮官の上げた手は抜かれた刀と共に敵陣を差す。ひときわ大きな声が周囲に鳴り響いた。


「いざ、出陣!」



―――――



 眩しさのあまりしばらく開けられずにいた瞼をそっと意識すると、光の靄は京之助の前から消えていた。何だったんだろうと首を傾げながら周りを見渡す。


「あっれ……戦は?」


 明らかにおかしい。ここどこだ?と呟きながら京之助が目にしたものは、見覚えのない湖と森だ。空は青く、雲はない。湖は辺りの景色を反射させている。森があたかも水の下に別の世界があるかのように、見事に映し出していた。うっそうと茂った木々たちは、そこに人が住まうことを良しとしないかのようだ。密集し、辺りを薄暗くする役目を担っている。シンと静まり返った場と、時折風に揺られてざわつく木の葉のかすれる音は男の不安をしっかりと煽った。


 たしか今から合戦が始まるはずだった。装備したはずの甲冑もなく、蒼い着物と灰色の袴、光に包まれる前は家に置いてきたはずの刀二本と、持参したもの併せて三本が腰に差してあるのだが、防具がない。しかも戦の気配は微塵もないのだ。


 しばらく目の前の湖に顔を向けたまま思考を巡らせる。相手を斬るために、修羅となるために、自身を投げ打って死力を尽くすつもりでいたのだ。ギリっと歯ぎしりをしても何も返ってこない周囲の状況に深い深いため息が漏れる。京之助は途方に暮れた。此度の戦は決着をつける最後の戦のはずだった。復讐に燃えた心は萎え、不完全燃焼の想いと身体は、魂が抜けたように、土から根ごと引き抜かれた花のようにしおれていく。


 湖を前に座り込んで刀を脇に置いた。いずれも名刀ぞろいの三本だ。内二本は二十三代続く刀鍛冶の名門が打った業物である。戦の直前には家に置いてきたはずの刀たちがなぜだか手元にあるのは、彼の沈んだ心を少しだけ上昇させてくれた。大の字になって寝転ぶ。


「ここ、どこなんだろうか……」


 いたく澄んだ空気に癒されながらも不安がじわじわと襲ってくる。食べ物もなければ、人の気配もない。


 ガサガサ


 しばらく寝転がっていると、後ろから草の踏み抜かれるような、かき分けられるような音がした。それに呼応するように、京之助はゆっくりと上体を起こし、脇に置いた一本を左手で鞘ごと握りこんだ。気配が少しずつ少しずつ近づいてくる。まだ振り返らない。滲んでくる汗を感じながらも、そろりと右手を柄にかけた。足音を察するに約十五人か、と予測を立てて右膝を立てるように少し上げる。


「なんでこんなとこに人族がいるんだぁ?」


 くぐもった、いやに低いだみ声が京之助の耳に届く。この世のものとは思えない、いや、人が発声するには低すぎるその声は、恐怖を与えるには十分すぎた。


 ゆっくりと振り返り、ごくりと唾を飲む。人間は本気で驚愕した瞬間には声が出ない、とはよく言ったもので彼も例外ではなかった。一瞬息をするのも忘れかけたが、彼は大きく息を吸って叫ぶ。


「お化けぇ! でたぁぁ!」


 刀三本をかき集め、大事に抱え込むと、京之助は一目散にその場を後にした。とにかく走った。転げそうになっても走った。刀を落としそうになっても必死で堪えた。


「なっ! 誰がお化けじゃ!」

「待てコラー!」


 豚とも猪とも判別のつかない顔をした醜悪な二足歩行の生き物が十五人、京之助の「お化け」発言に反応して怒っていた。



 ここは失われた大地―ロストアース。かつて竜災害により生き物という生き物が一度に絶滅に瀕した肥沃な大地。


 今ここに一人のお侍さんがやってきた。

 お読みいただきありがとうございました。

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