不正行為取り締まり作戦③
『あー、城戸崎さん。ちょっと話があるから、教員室に来てもらえる?』
『分かりましたわ。後でもよろしくて?』
『あぁ構わない。ただ、会議があるから、申し訳ないけど4時までには来てもらえるかな?』
『承知致しましたわ。小崎先生。』
ピッ…
「はい、証拠取りかんりょー!」
放課後の教室。寧々が嬉しそうに録音終了のボタンを押す。やはり、今日も小崎は誘いやがった。
「あいつ…ホント最低なやつだ。」
「峯崎…。」
拳を机に叩きつけ、周りの視線も気にせず、怒りを露わにする。
「(あの時みたいなことは…ぜったい…。)」
過去を繰り返すわけにはいかない。俺の小崎への感情は少しふざけた思いから、確実な殺意へと変わっていた。
しかし、今、その感情に浸っている暇はない。俺は頭を切り替え、すぐに指示を出す。
「この後、すぐに作戦を開始する。山上は小崎の監視。渡り廊下に入ったら連絡してくれ。」
「了解。無線番号は?」
「5番だ。」
山上は即座にイヤホン型の無線機を耳に取り付け、教室を出ていった。そして、それを確認する暇もなく、ドンドン指示を出していく。
「寧々と湊は機材を持って、理科棟最奥の女子トイレに隠しカメラと録音機を設置。その後は隣の器具庫で待機。鍵は閉めておけ。」
「分かったよぉ!」
「りょーかいだよ!」
「久司は理科棟のシャッターのハッキング。確か警備室のコントロールで出来たはずだ。合図を出したら、即座に閉めて欲しい。」
「了解っす。じゃあ、情報処理班は集合ー!」
「それ以外は各役割に入って行動。15時半以降は理科棟に近づかないように。無線番号は共通で5番。現在時刻…14時20分。作戦、開始。」
その合図とともに、教室中は騒がしくなった。委員会主要メンバーに付いていくもの、他のメンバーと相談して作戦を練るもの、様々だ。
「(さて、俺は城戸崎を連れてくるとするか…。)」
喫茶店で最後に放った言葉が引っかかり、自分がいま物凄く矛盾した行動をしているのはヒシヒシと理解している。
しかし、これは作戦だ。土下座でも何でもして、とにかく成功させなければならない。
「峯崎さん!」
教室を出ると、声を掛けられた。おそらくルイだろう。
「ルイ、どうした?」
「僕も…、僕にも役割をくださいっ!」
「(やっぱり、面白いやつだ。しかし、今ルイに出来る役はあまりない。)」
「何でもいいですから!峯崎さんに付いていくだけでもいいですから!」
少し俺は考えた。確かに、いまルイに出来ることは何もない。しかし、積極性を無駄にするのも勿体無い上に、多少失礼だ。
「そこまで言うなら、良いだろう。付いてこいよ。」
そう言い放つと、ルイは子供のように喜んだ。本当にこいつは変わらない。
その素直すぎる目の前の小さな彼に、実は心の中で期待を寄せている。
□ □ □ □ □
「(いたっ!)」
小崎をやっと見つけることが出来た。私は物陰に隠れながら、自然な様子で監視を続ける。
教員室に入ったり出たりを繰り返して、明らかに不審だ。しかし、部活動や帰宅でごった返す廊下では、その不審な行動もあまり目立たない。
5分ほどすると、帰宅するかのようにショルダーバッグを持って、理科棟の隣にある社会棟の方へと歩き出した。
尾行を続け、小崎が入った部屋を1つ1つメモを取る。
入った部屋は全て準備室だ。そして、不思議なことに、部屋に入るたびにショルダーバッグの厚みが段々と無くなっていく。
「(なにか書類を置いていってるのか?)」
重要な書類だろう。こちらに戻ってくる小崎の横を軽く挨拶しながら、素通りする。そして、その通り過ぎる一瞬でバッグの中から書類を抜き出す。
「(これ…。Cランクの成績処理に関する通達か…なかなかのもんを作ってやがる。)」
ザザッ…
「山上だ。小崎の尾行を続けているが、あいつのショルダーバッグから奇妙な書類が出てきたぞ。作戦終了後に持っていく。」
「羽瀬です。峯崎さんが出られないので、代わりに承ります。了解です。そのまま尾行を続けてください。」
ザザッ…
書類をパラパラとめくる。
どうやら成績処理ソフトの使い方が記されているようだ。不思議なところは何も見当たらない。
ただ引っかかったのは、なぜマニュアルが「Cランク専用」なのか、だ。
□ □ □ □ □
「寧々ちゃん、ミニカメラどこだっけ?」
「それはぁ、うーんとね…。あっ、2番目の棚の青い箱の中だったかなぁ…?」
理科棟器具庫。私と湊ちゃんで諜報機材を探している。
すでに録音機3台と隠しカメラ5台のうち4台は揃ったが、なぜかあと1台が見つからない。
とはいっても、作戦に支障はない。むしろ、4台もあれば十分すぎる。
「寧々ちゃん、無いよー。」
「じゃあ諦めようかぁ。」
「仕方ないねー。」
とりあえず揃った機材を持って、器具庫を慎重に出る。
まず湊ちゃんが先に出て、外の様子を伺う。誰もいなくなったタイミングで私が出て、そのまま隣の女子トイレへと潜入する。
「設置場所は…天井と壁かなぁ?」
「分かったよー!」
用具入れにあった脚立などを使い、ドンドン設置していく。直接表に出てしまうものは穴の空いた箱などでカバーをし、天井に設置するカメラは蛍光灯に忍ばせる。
これまでに培ってきた一流の諜報技術が生かされ、素人では全く見抜けない。
「よしっ、戻ろぉー!」
「はーい!」
女子トイレを後にし、また隣の器具庫へと入った私たちは鍵を閉め、報告をする。
ザザッ…
「寧々さんだよぉ。機材設置完了ぉ、あとミニカメラ1台が無くなってたから、後で機材紛失出しとくねぇ。」
「羽瀬です。峯崎さんが出られないので代わりに承ります。了解です。届けはコッチで出しておくので、2人は確保時に器具庫から出てください。」
「はーい、りょうかーい。」
□ □ □ □ □
「警備室アクセス出来たっすか?」
「ログは入手出来たんですけど、結構硬いみたいですね…。見る感じ、パスワードはおそらく5重以上はかかってますし、アクセスごとにアクセス権を付与するセキュリティコードが変わってるようで…。さすがに乱数じゃ、手に負えないです。」
「別ルートから探して見るっすか。たしか、警コン(警備室コントロール)は中央からも入れたっすよね?前回、中央にアクセスしたんで、ワンチャン行けるっすよ!」
警備室コントロールへの直接のアクセスを中断し、すぐに中央コントロールへのアクセスへと切り替える。
何故だか知らないが、警備室コントロールより中央コントロールの方がセキュリティが甘い。
おそらく、中央とは名前だけで、重要機能を分配しているのだろう。
しかし、基本は各コントロールから他のコントロールへアクセスすることは不可能だが、不思議なことに中央コントロールだけ、どのコントロールへもアクセス出来る。
機能分配していることをログで分からせて、直接アクセスを試みようとしたところをログで取り、特定しようという魂胆だろう。考えが素人すぎる。
もちろん、僕がリーダーの情報処理班は証拠を残さない。
ログに残るのは、外部からではなく、内部からの、それも管理者権限からのアクセスだけだ。
「いけました!」
「今の工程をプログラム化するっすよ!じゃあ、Aチームはソフトの枠組み、Bチームは内部機能、Cチームはアクセス権取得の外部機能を作るっすよ。時間は40分…いや、30分っす。やるっすよ〜!!」
指示とともに、教室にはキーボードを叩く音が響き始める。
プログラマーからコンピューターに放たれる命令は、実に美しい文字列を作り上げていく。