1―2 美女と共に閻魔堂へ
飛び降り自殺をするつもりが急に記憶喪失となり死ぬ意味が無くなってしまい更には突如現れた鬼の青年によって異世界へ飛ばされる。その世界には天使の輪を持つ人間がたくさん存在しており、黄色一色の青空?が広がっていた。
どうしてこうなった
そしてこの先には何が待ち受けているんだろうか
「あなたが選ばれし者ね」
摩訶不思議なこの世界で唖然としている中、先ほどの青年と同じように真後ろから声をかけられた。俺はその声のあった方向にすぐ振り向く。その先にいたのは腰まで長い桃色の髪をした全身赤の眼鏡をかけている黒いレディスーツを着たスタイリッシュな美人だった。無論この女性も頭上に2本の角を持っていた。
「ごめんなさいね、また紺がバカな事をしちゃって。彼、仕事が出来る鬼なのにものすごく面倒くさがり屋な人だから」
「あっはい」
俺はそれしか言えなかった。
あの青年にこの世界飛ばされてから非常識な事がありすぎて脳がついていけなかったからだ。
そもそも何なんだこの世界は?どっかの美術家が描いた絵画に出てくる天使みたいに頭上に光輪浮かぶ奴いるし、黄色い青空が広がってるし、更には鬼までいるし。
「そう言えば、紺が『選ばれし者を見つけた』って報告を聞いて駆けつけたけど……ちょっと失礼なことを言うけど…その割にはあなた太ってるわね」
「え?」
太ってる?体型が?
そう言えば記憶を失った時に俺はどんな人間なのかを確認してなかった。
(というか急な出来事がありすぎて見る暇無かったな……この際俺の外見はどうなっているか一応確認するか)
自分の外見をすぐに知ってもそれで記憶が戻る訳がない、だが自分のありのままの姿に何かしらヒントはあるかも知れない。そう思って自分の外見を確認した。
今着ている服装は薄い無地の白Tシャツに履き心地がごわついジーパンを履いていた。だが上も下もギチギチときつくなっており、しかもよく見ると腕や足、腹に余分な肉が付いていた。どうやら彼女の言うとおり俺は肥満体質の人間だった。具体的にどんな風に太ってるかと言うと力士程でかくはないものの、秋葉原のオタク並みに中太りである。
「…でもあなたが選ばれし者であることは事実だしとにかく問題はないわね、とりあえずあなたがこの世界に来た理由は閻魔堂で話しましょう」
「閻魔…堂って?」
「私の職場よ、そこで訳を話すわ」
「…分かりました」
「じゃあ行きましょう。あ、そうそうまだ名前を教えてなかったわね、私の名前は藜。あなたの名前は?」
「現です、真無 現。下の名前じゃ違和感があるので真無と呼んで下さい」
「よろしく真無君、あと、敬語はしなくて良いわよ」
藜と名乗る微笑みを浮かべる彼女はその左手を俺に向けた。友情を結ぶ為のの握手をする為に。俺は自分の左手で藜の左手を握りしめ握手を交わす。これで俺は藜と閻魔堂へ行かなくてならない。
だがこれは俺の選択肢による答え。
本来ならすぐにでも元の世界に帰りたがるのが正解だ、
だが今の俺は元の世界にある自分の帰るべき居場所が無い。
実際俺に家族がいたかすら分からない。
たとえ元の世界に戻ったとしても路頭に迷うだけ。
だから俺は藜についていく事にした。路頭に迷うなら彼女についていく方がマシ、それが俺の答えだ。それに出来れば失った記憶を取り戻すまではこの世界のどこかで日常を過ごしたい。
そう祈りながら俺は藜の後を追い、閻魔堂へ向かう。
左にはさまざまな街並み、右にはあらゆる自動車やバイクが走る車道、その間にある石のブロックや明るみのある茶色のレンガで構成された歩道を歩きながら閻魔堂へ向かう中、この世界の人間の事を俺はまだ気になっていた、頭上に光輪を浮かせてる人間の事を。
(…藜に聞こう、彼女はこの世界の住人だからな)
どうしてもこのモヤモヤから抜け出したい、そのために俺は彼女に質問する。
「藜さ…藜、質問して良いか」
「良いけど、どうかしたの?」
「この世界に天使もどきのがたくさんいるけどあれは一体…」
「ああ、あの人達ね。あれは天使じゃないわ、現実世界の死者よ」
「……………えっ死者!?」
あの人間達が『死者』?そういや天国に住む死者のイメージってあんな感じだった気が…
「この世界はあなたの世界の人間が想像する死者の世界そのものなのよ」
「し、死者の世界!?マジかよ」
「マジよ。現実世界、私達は『第一世界』と呼んでいるけどその世界で人生を終え、肉体から離れて魂だけとなった者がこの世界にやって来る、そこで『閻魔王の審判』で善良な人と見なされた者は新たな肉体を得てその世界で第二の人生を謳歌する。逆に悪人と見なされた者は罪人として地獄に堕とされる、それが第二世界よ」
つまりこの世界は本当に死者の世界で光輪を持っている人間達は閻魔王の審判とやらで天国行きを許させた死者。
この世界に生者の俺は飛ばされたというのか…ん?
「なぁ、『閻魔王の審判』って言ったよな?『閻魔王の審判』って何なんだ?」
「簡単に言えば昔話と同じような事をするの。閻魔大王が閻魔帳や鏡を使って天国行き地獄行きを命じるという昔話があったでしょう」
「ああ、あの昔話と同じか」
これでこの世界の実体が分かった。せっかくだし次の質問をしてみよう。
「じゃあ次に藜って鬼だよね?てことはこの世界は鬼が当たり前に存在する?」
「そうよ、この世界が誕生してから人間と共存共栄をしてきた。過去には第一世界の実体を把握する為、ある鬼の1人がが第一世界にやって来たけど、その世界の人間達に目撃され、以降第一世界の人間達は鬼、あるいは悪魔という存在を現代に至るまで語り継げていったわ」
即ち架空の生物とされてきた鬼は実在した事となり、あらゆる伝説や言い伝えは嘘では無かったという事か。
「じゃあ今でも鬼達は地獄の管理とかしているのか?」
「しているわ、でもそれを仕事としている鬼はこの世界の全人口の一部しかいない、人間もこの仕事をするようになったから」
「へぇ~」
その時、藜は急に足を止めた。同時に俺も釣られて足を止めた時、藜は俺の方向へ振り向いた。
「ちなみにその仕事は現在、閻魔堂で行われている職務の1つとなっているの」
「職務の1つ?つまり閻魔堂って言うのは閻魔大王が行う死者の裁きをする所なのか?」
「もちろん、そして私と紺は閻魔堂の中でも最高ランクとされる役職に就いてるの」
「ガチか」
「ガチよ、さて早く閻魔堂に向かいましょう」
藜はそう言って閻魔堂へと再び歩き始める。同時に俺も彼女と方向へと歩み始める。
交差点や急な坂道、あらゆる場所を巡りながらおよそ10分たった頃、ついに。
「着いたわよ、真無君」
「ハァ…ハァ……やっと着いたか…」
目的地である閻魔堂たどり着いた。あまり運動していなかったのか、10分かかる道のりを歩いた俺は息を激しく息を切らしながら疲れ切っていた。尋常じゃない程の汗をかきながら重く伸し掛かる上半身をゆっくり起こした
「これが…閻魔堂…」
疲労で少しぼやける俺の視界に入る閻魔堂、それはコンクリートジャングルの中で色濃く目立つ建物だった。
閻魔堂は鉄筋レンガで構成された東京駅のように、創立同時から原型を変えずに現代に至り、今では面影の無い明治時代のイメージを残した歴史的建造物だったのだ。
「閻魔堂って立派な高層ビルだと想像したけど……それすら覆された…」
あまりにも衝撃的で唖然としてしまいつい独り言を漏らしてしまった。
「100年前に創立して以来外観を変えていないからね、この閻魔堂こそがこの都市、いやこの国の象徴だから」
「国の象徴……つまり閻魔堂は官邸見たいな所か」
その偉大さを感じる閻魔堂の前にはセキュリティゲートが立ち塞がっていた。輝かしい光を放ち大砲ですら傷1つつかないと思わせる程の頑丈さを感じる。
そのゲートの右横にあるカードの差し込み口らしき穴の前に藜は胸ポケットからカードを取りだしその穴に差し込むと大きさの割には物静かな音を立てながらゲートが開く
「このカードは閻魔堂の職員専用のカード、これがないと閻魔堂には入れないし、無闇に侵入しようとしてよじ登りでもしたらセキュリティが起動して壁全体に強い電気ショックが走るの」
「凄く物騒なゲートだな」
「それほど閻魔堂のセキュリティは厳しいからね」
開いたゲートを俺と藜はくぐり両側に色艶の良いベンチが設置する一本道を歩く。
そのベンチで本を読む者、急いで閻魔堂へ向かう者などこの一本道において天使の光輪を持つ者、そうでない者、そして角を生やす鬼の職員達がが同じスーツを着用し、それぞれの時間を過ごしている。
「ん?あれは」
閻魔堂の外庭の光景を見とれていたとき藜が何かに気づいた。藜の声ではっと我に返ると閻魔堂の入り口正面に笑顔で小さく手を振る青年がいた。
(アイツ…もしかして)
閻魔堂の職員と同じスーツ、紺色の髪に2本角。
間違いない。
入り口に立っている青年は俺を第二世界に飛ばせたアイツそのものだった。
「紺!」
紺という名の青年の前に眉間にシワをよせた藜は自らの足を急がせる。釣られて俺も足を急がせ閻魔堂の入り口付近にたどり着く。
「どうでした『選ばれし戦士』さん、黄泉の風景は」
「何が「どうでした」なのよ、またいきなり人を転移させるなんて。もし何かあったらどうするのよ」
声を低くし叱る藜に紺は笑顔のままである。
「でもこうして無事に閻魔堂まで来れたんだし良かったじゃん藜」
この一言に藜は深くため息をつく中、俺は口を開く。
「紺と言うんだなお前」
「ああ自己紹介はしてませんでしたね。確かに僕の名は紺です、よろしく」
(自己紹介なんてめんどくさいと言ったくせに)
名乗った上で丁寧にお辞儀する紺の前に俺は心の中でそうツッコミをした。
「俺の名は真無 現だ。で、この先どうするんだ」
「あなたを閻魔王室へお連れします、そこで閻魔王様があなたの知りたい事全てを話します」
「閻魔王?閻魔大王じゃなくて?」
「昔はそうだったけど先代様が「分かりやすいように」とその名を変えたのよ、だから今は閻魔王」
「そうなのか…じゃあ閻魔王とやらにあえば分かるんだな。俺がこの世界に来た理由も」
「はい、なので閻魔室へ行きましょう。僕か案内します」
藜と紺と俺は閻魔堂へ入った。
その館内は少し狭く見えた外観とは違い空間は凄く広かった。真上には輝かしいシャンデリアが飾っており、壁は汚れの1つもなく真っ白で、両脇の階段や床はツヤがあるほど滑らかだった。
俺達一同は左側の階段を登りロビーの真上にあったある部屋に着いた。
「ここは閻魔王室よ」
その部屋は木材で出来た大きい両扉がありその真上に『閻魔王室』と書かれてあった。
「ここに閻魔王が…」
閻魔王に会うこと俺の抱く疑問が全て解明される。
この世界に来た理由
『選ばれし者』『戦士』とは何か
そして、全てを無くしたばかりで何も残らなかった俺がそれに選ばれた理由
2人の鬼が俺を見つめる中、俺はその扉のドアノブを握りしめゆっくりと開ける。
「来たわね、『選ばれし戦士』」
開けたドアの先には黒髪が腰まで長い十代後半の女性が俺を『選ばれし戦士』を待ち受けていた。
どこぞのアクション漫画の主人公のように独特のセンスを持つポーズをしながら
「どう、カッコいいでしょこのポーズ」
「お前人として恥ずかしく無い《ヽ》のか」