第9話〜仮面の下〜
今日の僕は普段と少し違っていた。
朝から授業もろくに聞かずに放課後のことだけを考えている。
昨日、僕は大野宛にメールを送った。
―明日、聞きたいことがあるから放課後少し付き合って欲しい。
彼女から気前のいい返信が届いたので、
僕はこの数ヶ月間悩み続けていた迷いを断ち切る決意を胸にじっとその時を待っていた。
1日の授業を全て終え、帰りのホームルームも何事もなく終わる。
いつもと何も変わらない日常だった。
ただ1人僕だけを除いて。
教室を後にして、約束した待ち合わせの下駄箱まで早足で移動する。
出来ることなら待ち合わせしている所を知り合いに見られたくない。
そんなことを思いながら下駄箱に着くと、すでに大野は僕が来るのを待っていた。
彼女は僕が一体何の目的で、このようなことを言い出したのかと考えているのだろう。
まさか、これから僕が口にするなんて思っているはずもないだろうし、
僕から愛の告白をされるなんてことでも考えているのだろうか。
「悪い。待たせたね。ここじゃなんだし、移動していいか?」
「あっ、うん」
大野はあまり気乗りしてはいなそうだったが、僕の誘いを断れないといった感じで、
僕のあとをついてくる。
僕らは駅とは反対側にある公園まで移動した。
とにかく同級生のいない場所まで移動したかったものの、
そんなに遠くまで大野を連れまわすわけにも行かない。
学校から近く、意外にも駅と反対側にあるせいか、
生徒はほとんど近寄らないという部分でこの公園はもってこいの場所だ。
「さてと、僕が大野に聞きたいことなんだけど…」
公園に着きベンチに腰掛け、早速本題を切り出す。
少し緊張した顔の大野。
「以前、横山の鞄からタバコが見つかって停学になったことあったよね?その話なんだけどさ」
大野の顔がさっきまでの表情から、怪訝な表情になっていく。
「あれ、計画を考えたのは君だろう?」
「えっ?」
何を言っているのか分からないといった顔の大野。
僕はそのまま間髪いれずに続ける。
「あの事件の真相はこうだ。君が横山になんらかの恨みを持ち、彼女を陥れようと決心する。その頃、学校の裏サイトかどこからは知らないが、同級生を陥れることを行っている人物がいることを君は知った。君はその人物に横山を陥れるよう依頼し、その人物は君の望みどおり、横山を停学に追い込んだ」
表情が見る見る青ざめていく大野。
「どうだい?」
僕は推理ドラマで事件の真犯人を捕まえる刑事役のような言い方で彼女に言う。
本当の真相はまだこれだけではないのだけれども。
「なっ、何を言っているのか分からないわ」
明らかに動揺しながら否定する大野。
僕は彼女に追い討ちをかける。
「君の携帯電話のアドレスを見たときに確信したんだよ。君の携帯のアドレスはsmart-cat2008だ。そして僕に横山を陥れるよう依頼してきた人間のアドレスもsmart-cat2008だ。ついでに言うと青田を陥れるよう依頼してきた人間も同じアドレスだったよ」
無言でうつむいたままの大野。
「何か間違ったことは?」
続けて僕が言ったものの、相変わらず無言のままの大野。
「答えろよ」
僕は苛立ちを抑えながら言った。
大野が泣いている嗚咽が聞こえる。
僕は大野を泣かせる為にこんなことを言ったわけじゃない。
「僕は君のことを横山に話すつもりはないし、誰かに他言するつもりもない。ただ真実が知りたいだけなんだ。なんで君が横山を停学に追い込みたかったのか」
相変わらず返事のない大野。
これ以上、僕が何かを言ったところで、彼女が話し始めるとは思えない。
落ち着くまで待つしかなさそうだ。
・・・
・・・
それから、5分ほど経っただろうか?
公園で遊んでいる子供たちも僕たちのことが気になるのか、チラチラこちらを見ている。
公園で並んで座っている男女が話し始めて、女性が泣き始めているのだ。
気にならないというほうがおかしいだろう。
僕と視線が合うたび彼らは見ていない素振りをして、またボールを追いかけ始める。
「私は…私は横山さんに停学になってほしいなんて思ってなかった」
大野の重い口が開いた。
「だったらなんであんな依頼を?」
「それは…」
口を閉ざしてしまう大野。
これでは埒があかない。
「君は横山がW大の推薦を狙っていると思っていた。そして君も同様にW大の推薦を希望している。横山は成績優秀で生活態度も文句なし。これじゃあ君は横山に推薦枠を持っていかれると思った。そこで君は横山が推薦出来なくなるように依頼した」
「それは違う!!私はただ横山さんが羨ましかった。キレイで明るくて勉強も出来てみんなにも人気者で。私にだって色々話しかけてくれる。だけど…」
大野はそこまで言うとまた言葉を止めた。
なるほど、なんとなく分かってきた。
大野は横山に嫉妬していたのだろう。
それで気の迷いか何かから、あんな依頼を持ちかけてきたが、
実際のところ憎んでいたわけでもなんでもなかった。
おそらく大野は本当に僕が横山を停学に追い込むようなことを
するとは思っていなかったのだろう。
だけど、僕が横山を停学に追いやり、彼女の闇の部分を強調してしまった。
彼女も僕と同じように今になって自分のしたことを後悔しているのかもしれない。
「青田のことは?」
僕はもう一つの疑問を大野に投げかけた。
「それは…」
口を濁す大野。
青田のことはきっと恋愛関係絡みのなんかだろう。
青田には申し訳ないが、僕にとって重要度は低いし、どうでもいいことだ。
「分かったよ。色々と悪かった。もうこれ以上は聞かないよ」
僕は「それじゃあ」と一言、座り込んでいる大野に声を掛けてその場を去った。
やるせない気分だ。
知りたかった真実は僕の予想通りの結果で、僕を落胆させた。
例えるなら、落ちたと確信していた試験の結果が返ってきて、
やっぱり落ちてたときと同じような心境だろう。
僕が知りたくて知った真実は思っていた通り、何一ついいことなんてなかった。
家に帰り、ソファーに寝転ぶ。
今日はいつも通りに「ただいま」と言う気になれない。
「うあああ!!!!」
流した音楽のボリュームを最大に上げ僕は叫んだ。
自分の感情を抑えることも誰かを笑顔にすることも出来ない。
人を陥れることや人を悲しませることばかりで、そんなことをして喜んで得意になっている。
「僕って嫌な奴だな…」
夜、相変わらず続く不眠症に悩まされる。
この日、初めて僕は睡眠薬の代わりにコンビニで買った日本酒を飲むことで、
自分自身を強制的に眠りにつかせようとする。
初めて飲んだアルコールはとてもおいしいと思えるものではなく、
自暴自棄になって飲んだ僕をすぐに気持ち悪くさせて、吐き気と同時に僕を眠りにつかせた。