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マスクマン  作者: 十色市
8/17

第8話〜恋の行方〜

9月1日。

長かった夏休みが終わり、学校生活の始まりを告げるこの日。

僕はヨレヨレでない、しっかりとアイロンかけをされたYシャツを着て家を出た。

今日は空もキレイだし、風も穏やかだ。

久しぶりに自転車を漕いで学校へ向かう。

まだセミの鳴き声は聞こえるし、夏の暑さは残っているけれども、

昨日までとは違い、目の前に広がる風景の中に制服姿の学生が増えて、

今までとは違う空気を感じる。


「おっす、石橋。この後カラオケ行かないか?」

相変わらず単調な始業式を終えて、今日はこれでおしまいという帰り際、

川野が青田と一緒にカラオケに行こうと誘ってきた。


「そういえば、カラオケなんて随分行ってないなぁ」

高校2年になってからは1度も行った記憶がない。

僕と仲のいい連中は部活をやっている人が多く、帰りが一緒にならないこともあるのだろう。

とは言っても、週に1回は行くという人もいるカラオケに、僕は半年近く行っていないのだ。

随分とこの高校ライフを無駄に過ごしているんだなと思う。


「OK。OK。久しぶりに行こう」

「よっしゃ、それじゃあ決まりだな。場所は駅前の店でいいよな?」

川野は僕ら高校生の行きつけの店の名前を口にした。

料金が他の店に比べて割安な上、

ドリンク飲み放題と経済的に厳しい僕らにとってこの上ないありがたい店だ。


「無問題。で、メンバーは僕に川野、青田の3人なの?大石達も誘ってみたら?」

男3人でカラオケもいいが、華のあるカラオケのほうがいいに決まっている。


「おー、確かに。誘ってみるか」

川野は僕にそう言うと、早速、大石の元に行きカラオケに行かないかと誘う。

聞こえる会話を耳にする限りどうやらお誘いOKのようだ。


「ねえ、川野って何を歌うの?」

「俺?俺は結構なんでも歌うよ。ミスチル、EXILE、ブルーハーツなんかも」

「へえ。なんかうまそうだもんねぇー」

「そういう大石は誰の歌を歌うんだ?」

「私はELTとかかな?」

川野と大石がカラオケの話題で盛り上がっている。

僕は早足の二人を前に見ながら青田と中沢、池田の4人で、

昨日のバラエティー番組の話や、夏休みの話をしていた。

店に着くなり、狭い入り口を川野が勢いよく開ける。

今、流行の音楽に紛れて、


「いらっしゃいませー」

という店員の声が聞こえる。

店に入ると僕はこれから迎える、初めて一緒にカラオケに行く女性陣の前で、

僕の歌声を披露することに緊張感を感じ始めた。

青田や川野のように一緒に何回か行っている人と違い、

初めて一緒にカラオケに行く人がいると異常に緊張してしまう。

今まで見せた事のない自分の一面を見せるのだ。

無理もないのかもしれないけれど、僕の人見知りしやすい性格もあるのかもしれない。

ふと前に座っている学生グループが僕の視界に入る。

そこには見覚えのある女性の姿があった。


「石橋?」

3人の女子生徒グループの真ん中に座っていた、その女性は横山だった。


「何してるの?」

「何しているのって…ここに来る理由は一つしかないよ」

まさかカラオケにトイレを借りに来るようなまねを僕はしない。


「まあ、そりゃそうだけど、奇遇だね」

相変わらずの無垢な笑顔で僕を見る彼女。

クラスメイトの前でその笑顔を見せられると、普段にも増してに照れてしまう。


「あっ、智ちゃんも一緒だったんだ。凄い偶然だねー。やっぱりみんな初日で明日からまた休みだし、遊びに行っているんだろうね」

僕を置いて中沢と話しはじめる横山。

カラオケに行くという話が出てから、

頭を離れていた例のことがまたも僕の頭を支配し始める。

どうやら大野は来ていないみたいだな。

まあ、こういう所は好きそうじゃないしな。

受付で手馴れた手つきで利用時間やら待ち時間の確認をしていた川野が、

不思議そうな顔で僕らを見ている。

大石や青田、池田も川野と同じようで、

僕や中沢が横山と気兼ねなく話しているのを不思議そうに見ている。


「3名様、お待たせいたしました。ご案内いたします」

店員が先に待っていた横山たちを部屋へと案内する。


「それじゃあ、またねー」

横山は僕と中沢にそう言い、一緒に来ていた2人と2階へ進んでいった。


「待ち時間10分くらいだってさ。さっきの横山だよな?」

「ああ」

「随分、仲良さそうじゃないか」

「前に言ったろ。夏期講習の塾で知り合ったって」

「そういやそうだったな」

冷やかすような言い方で言う川野。

僕と川野が話す横で「ふーん」とでも言いそうな顔をしている大石。

僕はこの顔を見たことがある。

沢尻エリカが舞台挨拶で「別に」と言ったときと同じような顔だ。

ご機嫌ナナメなのか?

まさか、僕と横山が仲が良いような会話をしていたことで嫉妬したのだろうか?

もしそうだとしたら嬉しいような誤解されているような…。

なんとも難しい。

横山との関係は言い訳するようなことではないし、

そもそも横山と僕が仮に付き合っていたところで大石に謝ることは何一つない。

しかしながら僕と横山が仲が良いということを、

大石が変な意味で誤解しているのであれば、

誤解を解かなければいけないような気がする。

こんなとき僕はどうしたらいいんだ?

教えてくれ。恋愛の神様。


予定通り10分ほどの待ち時間で部屋へ案内される僕達。

周りのみんなは楽しそうに部屋へ移動しているけれど、

僕だけはなんとなく気が重い。


「こちらどうぞ〜」

案内された部屋は6人で利用するには少々狭い部屋で、

隣同士がちょうどピッタリおさまる感じだ。

僕は隅っこの一角の席に座ったから、右側は空いていて、

僕の左側に座った川野とはふとした事で肘と肘がぶつかり合うくらいの距離。

どうせなら女性の隣に座ればよかったな。

心の中で舌打ちする。


皆が席に着き、カバンを置いたり他愛のない会話を続ける中、

やはりというかなんというか、川野が先陣を切ってデンモクで曲を検索している。

僕はとりあえず様子見も兼ねて、ドリンクディスペンサーへドリンクを取りに行く。

ドリンクを汲み終え部屋に戻ると、


「あっ私もー」

と大石が言いドリンクを取りに行く。


「あっ俺も」

「私も」

大石に続いて皆揃ってドリンクを取りに行ってしまった。

一人部屋に残される僕。

皆がドリンクを汲んで戻ってくる間の1分程度の時間が微妙な空気。

カラオケの曲を入れるわけにもいかず、誰かと話すことも出来ない。

仕方がないので携帯電話をいじくることで誤魔化す。

皆揃ってドリンクを取り戻ってきたので、そろそろ川野が歌いだすのかと思っていたが、


「腹減ったから何か頼もうかな?」

彼はフードメニューを見始るや、注文を始めた。

・・・

・・・

誰も歌いだそうとしない。

フードメニューの注文を終えた頃には、入室してから5分以上経過している。

いくらなんでもこれではカラオケに来た意味がない。

誰かそろそろ…とはいっても僕は先陣を切りたくはない。

やはりここは川野に任せるべきだろう。

切り込み隊長、君が動かなければこのカラオケは始まらないぞ。


グラス片手にフードメニューの裏側に書かれている、アルコールメニューを眺める。

アルコールメニューに興味があるわけではないが、

誰かが歌いだすまでの時間稼ぎにちょうどいい。


「なんだよ。誰も歌わないなら俺歌っちゃうよ」

川野が重い空気に耐え切れなくなったのかついに動き出す。

それでこそ川野だ。


「いれちゃってー」

大石が川野を促すなり、川野が送信した。

彼が選んだ曲はブルーハーツの"リンダリンダ"

流石切り込み隊長。

選曲もナイスだ。


彼が歌い出すと、さっきまでの重たい空気が嘘のように周りも自然と盛り上がりだす。

川野のこういう明るい面や飾らないところが羨ましい。

僕には無いもので、僕が今一番欲っしているものかもしれない。

きっと難しい数学の問題を解いたり、

バスケットボールで3Pシュートを決めることよりもよっぽど簡単なことなんだろう。

ただ単に積極的に人に話しかけたり、

恥ずかしがらずに今の彼のように人前で大声で歌えばいいだけのこと。

僕だってやろうと思えば出来ることだけど、それを実行することが出来ない。

きっと彼にこんなことを言ったら笑われるだろうが、

本当に大した奴だと思う。


「お待たせしましたー。こちら注文のラーメンとポテトフライ、チャーハンになります」

川野が歌い終えると同時に店員が料理を運んできた。

ナイスタイミングだな。


「あっそれ俺のでーす。ラーメン、イケメン、僕ツケメン!!」

「ぶっ!!」

突然、川野が狩野英孝のモノマネを披露。

僕は思わず飲んでいたメロンソーダを噴出した。

川野、細かいところに突っ込みをさせてもらえば、

ラーメン、イケメン僕ツケメンじゃなくて、

ラーメン、ツケメン、僕イケメンが正解だ。


「うおっ、どうした石橋」

テーブルは僕の噴出したメロンソーダの洪水。

とりあえず、オシボリで噴出したメロンソーダを拭く。


「すまん。すまん。中沢大丈夫か?」

「あっ、うん。大丈夫だよ。いきなりで驚いたけど」

中沢も僕と一緒にオシボリでメロンソーダを拭いてくれる。

僕の前の席にいる中沢にはかかっていないようで、とりあえず一安心。


「三日月に手をのばした 君に届けこの想い」

僕は自分の番を終え、順番が最後になった中沢が歌い終わるなり、

切れたドリンクを汲みに外へ出た。

空のグラスを片手にドリンクディスペンサーへ向かうと、

見慣れた顔が目に映る。


「あれ?またまた奇遇だね。どこで歌ってるの?」

僕が声を掛けるより先に横山が僕に気付く。


「すぐそこの部屋だけど。そっちのグループもこのフロアだったのか」

「私たちはそこの道の突き当たりの部屋だよ」

どうやら僕らの部屋の2つ隣のようだ。

僕はメロンソーダを注ぎながら、「へえ」と答えた。


「ねえ、石橋。折角だしあとでこっちに来なよ」

「へ?僕が横山達の部屋に行くのか?」

思わぬ彼女の言葉に、僕は裏返った声で答える。


「こういう偶然ってまずないし、知らない人と仲良くなる良い機会じゃない。もしよければ私も石橋の友達とも話してみたいし」

彼女の言い分はもっともと言えばもっともなのだが、

僕は彼女と違って初対面の人といきなり一緒に歌えるタイプではないし、

横山が大石や川野と仲良くなるのは少し気が引けた。

僕と横山の関係が今のままなら問題ないけれど、彼らと横山が仲良くなれば、

もしもの時の被害が大きいと思ったからだ。

だけど、断る理由が僕には思いつかなかった。


「分かったよ。それじゃあ一緒に部屋に行こう」


「はじめまして。横山友美です。よろしくね」

横山は僕らの部屋に来るなり、すぐに僕らの部屋に溶け込んだ。

横山が僕らの部屋に溶け込むと、今度は川野が先陣を切って横山達の部屋に移動。

中沢も続き、いよいよ僕らと横山達との境界線がなくなってきた。

川野といい、横山といい大したもんだ。

数十分の間で気兼ねなく、話すことが出来るんだから。


なんだかんだで僕も横山と一緒に来ていた女性陣と話しはじめる。

ショートヘアで女子バスケ部の山野、少しロリ系の顔をしている野口。

気付いたら男3人、女6人のハーレム状態。

こんなことは普段めったにないし、なんだか浮かれてしまうが、

僕は大石の視線が気になって、あまり羽目を外し過ぎないように注意する。


「せっかくなんだ。もう少し何処かで遊んで行かないか?」

僕らがカラオケに入り2時間近く経過した頃、

青田が横山やその友達らにそう言い、

これから用事があるという野口を除いて皆でゲームセンターに行き、

更に1時間ほど遊び終えたところで解散。


「明日からは授業開始だからね。それじゃあまたね〜」

皆それぞれ、家に帰っていく。

残ったのは僕と川野の2人。

帰っても両親が旅行中で家に食事のない川野と僕で、

近くの牛丼屋で夕飯を共にすることにした。


「横山ってああいう奴だったんだな。なんだか俺のイメージと違って驚いたよ」

川野が特盛豚キムチ丼を食べながら僕に言う。


「ああ、僕も最初に会ったときに同じ事を思った。噂なんてあてにならないってね」

「正直言って、生徒会副会長やってるというと、糞まじめなタイプだと思ってたからなぁー」

「僕もだ」

話題はずっと横山の事ばかり。


「前、タバコ吸って停学になってたけど、意外と不良少女なのかね?今回のカラオケだって一応、校則では禁止だろ?」

「不良少女かどうかは分からないけど、カラオケぐらいは普通じゃね?校則で禁止と言い出したら、携帯電話も禁止だしさ」

「まあそうだけど」

「それにタバコの話だって冤罪って噂もあるし」

横山をかばうようなことばかり言う僕。

特に横山をタバコの一件で悪く言われるのは嫌だった。


「確かに横山を見るとそういうタイプには見えないよな。顔も可愛いし…いいよな横山」

「おいおい、まさか彼女に惚れたとか言い出すわけではないだろうな」

「いやいや、まだ1回会っただけだから」

そう言いながらもマンザラでもなさそうな川野。

どうしてこうも僕の周りの男性陣は僕の周りの女性に惹かれるのか…。

青田と大石、川野に横山。

僕だけ置いてけぼりはゴメンだ。


「石橋、横山の携帯番号知らないの?」

「知ってるけど」

「教えてくれよ」

「それは…そういうのは本人から聞くのが筋だろう」

「そう硬いこと言わないでさ」

せびる川野。

個人情報保護法なんて法律は出来たけれども、

こんなことじゃあ大して意味がないのではないかと思ってしまう。


「お前、前の夏の海で会ったっていう人はどうなってんだよ」

「あー、あれは一夏の恋ってやつだしなぁ」

全くこいつは。

言っていることは正しいのだけれども、無性に苛つく。


「とにかく、横山の連絡先は自分で聞け」

「なんだよー。石橋も実は横山狙いかよ」

「勝手に決めるなよ」

僕は川野にそう言いつつも自分自身の想いに疑問を感じていた。

僕は大石のことが好きなんだと思う。

だけど、夏を境に横山に惹かれつつあるのも事実だろう。

そしてもう一人。

僕に頻繁にメールを送ってくれる中沢のことも捨てきれない中途半端な状況。


「なあ川野。もし仮に僕が川野に横山を紹介しておきながら僕が横山と付き合っていたらどうする?」

「なんだよいきなり。本当に横山と付き合っているのか?」

僕の質問に驚きと不快感を感じたのだろう。

不審な顔をする川野。


「いや、仮の話だよ。僕は横山と付き合ってないよ。仮にそうだったらって話」

「そりゃいい気はしないけど、仕方ないんじゃないの?それなりの事情があるんだろうし、人間誰だって人に言えない事はあるものだろう」

誰にだって人に言えないことはあるか。

確かに間違いない。

だけど言わなければいけない事もある。


「サンキュー。参考にさせてもらうよ」

「石橋、何かあったのか?」

少し心配そうな顔で僕を見る川野。

なんだかんだと色々あるけれど、本当に友人思いのいい奴だよ君は。


「いや、何かあったわけではないし、僕はお前に言えないことはほとんどないよ」

「んじゃあ、昨日の夜のオカズは?」

「それは言えない」

明日からは授業が始まる。

とりあえず、大野と話をつけないといけないな。


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