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マスクマン  作者: 十色市
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第7話〜動かぬ証拠を手に入れて〜

夏期講習、最後の日。

この日を終えれば僕はこの塾に通うことはなくなる。

担当のチューターからは僕の予想通り、

これからも塾の生徒として一緒に勉強しないか?

と誘われたものの、僕は丁重にお断りした。


この塾に通わなくなるということは、

この塾で知り合った人達とも会うことはめっきり減るだろう。

それが意味することは、横山とも会う回数は確実に減ることになる。

彼女と会うのは学校だけになり、

学校でも別のクラスの彼女と語り合うことはあまりないだろう。

一夏の想い出といえるようなことはなかったけれども、

横山との事実上の別れということに少しだけ感傷に浸った。


「ねえ、石橋。本当に夏期講習を終えたら塾に通わないの?」

最終日の授業を終えると、横山が僕に話しかけてきた。


「まあね。元々、親から強制的に行かされてたようなもんだし」

「そっか。それは残念。せっかく同級生が同じクラスに来たと思ってたのに…」

「別に僕がいなくてもいくらだっているだろう。大野とか、夏目とか」

「そうだけどさ。沢山いたほうがいいじゃない。それにせっかく数学を教えてくれる人が出来たのに」

彼女は酷く寂しそうな顔して僕に言う。


こういう彼女の感情をストレートに表す部分に好感を持てるが、

彼女の寂しそうな顔を見ると、なんだか僕まで名残惜しくなってしまう。

君と僕は彼氏でもなければ特別に仲がいい友達でもないのだから、

僕との別れが名残惜しいわけないだろう。

自分で自分にそう言い聞かせ、僕は心の中で彼女を突き放す。


「そうだ。夏期講習最終日だし、みんなで何処かファミレスにでも行かない?」

彼女が思いついたように言う。


「僕は別に構わないけど、他に誰を誘うんだ?」

「うーん。大野さん、夏目君、柴田君あたりかな?」

夏目は同じ高校のA-5クラスの男子生徒。柴田は別の高校に通う塾のクラスメイトだ。

二人とも僕と面識はあるものの、友達といえるほど仲が良いわけではない。

とはいえ、一緒にファミレスに行く程度なら気が引ける関係でもないという、

なんとも中途半端な仲の二人だ。


「まあ、人選は任せるよ」


塾の近くのファミレスに入り、男3人、女2人のメンバーでメニューを眺めながら、

他愛のない会話を続け、いつまで経っても注文しない僕らに店員が聞いてくる。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「ああ、僕はアイスコーヒーとドリアを」

「私はこのサンドイッチセットを」

「俺はハンバーグのごはんセットで」

それぞれ注文を頼み終えると、店員が手馴れた手つきでメニューを下げる。


「それじゃあ、水で恐縮ですが夏期講習が終わったということで、カンパーイ!!」

横山が音頭をとりみんなで乾杯。ファミレスでしかも水で乾杯とは。

周りからの白い視線を感じる。

すいませんね。

高校生なんで居酒屋で打ち上げとはいかないのです。


「それでは、石橋君。夏期講習を終えて一言感想をお願いします」

横山がコショウが入っている入れ物をマイクに見立て僕に聞いてきた。


「おいおい、なんで僕なんだ。感想なんて特にないよ」

「いやいや、最後なんだからビシッと決めようよ」

夏目と柴田は僕らのやり取りを楽しそうに見ている。

大野も…表情ではあまり分からないが、楽しんでいるように感じる。


「ビシッと言われても特に何もない。敢えて言えば"疲れた"くらい」

「えー。横山さんのおかげで英語が出来るようになりました。とかあるでしょ」

「いや、それはない。成績は全く上がらなかった」

彼女のおかげかどうか知らないが、

実際、英語の成績は上がったのだけれども、

上がらなかったと言ってしまった手前、今更言い直すのはナンセンスだ。


「それは石橋の努力が足りないからだと思うよ」

「つまり、僕は横山さんのおかげで英語が出来るようにはならなかったということだ。その感想を言うのは嘘だということになる」

僕が勝ち誇ったように彼女の揚げ足をとった。

言い返すことが出来ず、ふてくされる彼女。

そんな彼女はなかなか可愛い。


「はは。お前達本当に仲いいよな。付き合ってるのかと思うよ」

柴田が僕と横山に言う。


「夫婦漫才だよ。夫婦漫才」

夏目まで言い出した。


「付き合ってなんかいないよ。それどころか僕は横山のアドレスさえ知らない」

塾に通いだしてから彼女とよく話すような仲になったが、

僕は彼女の携帯電話の番号もアドレスも聞いちゃいない。

それで夫婦漫才とは笑わせてくれる。


「そういえば私、石橋の番号知らないや。あとで教えてよ」

彼女は柴田と夏目の冷やかしに対してなんとも思っていないのだろうか?

普通、否定するなりなんなりするもんだろう。


「ああ、なら今教えるよ。赤外線で飛ばすから用意よろしく」

僕が横山と赤外線通信でお互いのアドレスと番号を交換していると、

その横で僕らのやりとりをジーっと見つめる大野が僕の視線に入る。


「僕は大野のアドレスも知らなかったな。ついでに教えてくれ」

僕は少し大野に気を使って言った。

横山だけ交換して同じ場所にいる大野を無視するわけにはいかないだろう。


「あっ、うん。ちょっと待ってね」

カバンから携帯電話を取り出し、アタフタする大野。

余り慣れてないのだろうか?赤外線通信のやり方がイマイチ分からないようだ。


「えーっと、おそらく自分の番号が見れる画面からメニュー押せばあるはず」

「あっ出来た」

大野から僕の携帯電話に彼女のアドレスと電話番号が送られる。

大野の赤外線受信をやるより僕からメールを送ったほうが早い。

そう判断した僕は電話帳から大野のアドレスを呼び出しメールを送信しようとした。


その大野のアドレスを見て僕は一瞬固まった。


"smart-cat2008@XXX.ne.jp"


見覚えのあるアドレスだった。

忘れるはずもない。

携帯電話とPCメールという違いからドメインネームこそ違うものの、

僕に横山を陥れるよう依頼してきた人物のアドレスと同一のものだ。

やはりお前だったか大野。

僕が探し続けていた相手をついに見つけた。

この大人しそうな顔して、随分と醜いことをしたものだ。


それからというものの、僕はファミレスでの他愛のない会話は上の空で聞いていた。

そんなどうでもいい内容の話しなんてどうでもよかった。

僕の頭の中は大野に対する怒り、あるいは哀れみや疑問、

一言では表現しずらい複雑な感情が支配していた。


「それじゃあ、そろそろ解散しますか。お疲れ様でした」

日が落ちて間もなく、横山の一言で僕らは解散することになった。

最近は随分日が落ちるのも早くなった。

ファミレスから駅までの帰り道、僕は横山と二人で歩いて帰る。


「ねえ、何考え込んでるの?」

僕が考え込んでいるようにみえたのだろうか?

確かに考え込んではいたが、そう見えないようにしていたつもりだったのだけど。


「いや、特に考え込んではいないけど…。そういえば、一つ聞いていいか?」

「うん?何?」

なんでもどーぞ。といった雰囲気で僕からの質問を待つ彼女。


「横山って付き合っている相手いるの?」

キョトンとした顔をする横山。

鳩が豆鉄砲を食らったような顔とはこういう顔のことをいうのだろう。

僕は自分の質問を言った後、もの凄い後悔をした。

男女二人きりでの帰り道。

塾で最後のお別れの後、君は彼氏がいるのか?

なんて聞いたら勘違いされるに決まっているじゃないか。


「いやさ、横山と生徒会長が付き合っているって話を耳にしてね。深い意味はないよ」

慌てて言い訳するように言う。

深い意味はないというのは余計だったなと言った後にまた後悔。


「あー。その話は私も聞いたことあるよ。あんなの嘘だよ嘘。私と石橋ができているなんて噂も塾ではあるしね」

彼女は笑いながらそう言い。悪戯な顔で僕を見る。

少し安心した。


「そっか、それにしても僕と横山ができているなんて噂もあるのか。知らなかったな」

「さっき、夏目とかが言ってたでしょ?」

「あー、確かにそういうニュアンスのことは言ってたね」

ファミレスで夫婦漫才だなんだと言われたシーンが頭を過ぎる。

僕は彼女に対して何の不服はないけれど、

不思議と今まで異性として意識したことはなかった。

色々考えると、横山が魅力的に思えてしまい、妙な意識が働いてしまう。


「どうしてかな?私は色んな噂がよく流されて…。生徒会の副会長なんかをやっているせいか、私の行動に問題があるのか。学校ではW大の推薦を狙っているなんて噂も流れているみたいだしさ。気にしないようにしているつもりだけど、一度も話したこともない人にそういう目線で見られるのは、やっぱり少し嫌だな」

夜空を見上げながら呟くように言う。

普段、明るい表情ばかり見せる彼女が、弱音を吐く姿を見せるのは珍しい。


気にしないようにしている、少し嫌と言っているけれど、

実際は少しどころでなく、かなり気にしているのだろう。

無理もない。

僕達はつまらない噂を無視出来るほど大人じゃないし、

推薦を狙っているなんて噂が流れれば、

同じ推薦枠を狙う者に陥れられることもあるのだから。


「それはすまなかったな」

心の底から彼女に謝罪した。


「えっ、いや石橋が謝ることではないけどさ」

驚いた表情を見せる彼女。

そりゃそうだ。

何も知らない彼女が今の会話の流れで僕が謝るのはおかしいと思うだろう。

だけど、僕はそのデマカセに騙されて彼女を陥れてしまったのだから謝るのは当然だ。


「いや、僕は君に謝らないといけない」

戸惑う彼女。

僕は続けて言う。


「初めて横山と会ったとき、あの自転車置き場のときの事を覚えているかい?僕も君を見たときに"教師に媚を売って点数稼ぎをし、W大の推薦を狙っている人"と思った。一度も横山と話をしたこともないのにも関わらず、そう勝手に君を判断していたんだ。だけど、実際、横山と会ってみてそういう人間じゃないということが分かった。勝手な先入観で君を判断して…」

それに…僕は君にもう一つ謝らなければいけないことがあるんだ。

そう言いたかったが、言葉に出てこない。


「いやいや、そんなの気にしてないよ。話してみて考えが変わってくれてうれしいよ。ありがとう」

謝る僕に彼女は笑顔で応えてくれる。

その笑顔はうれしかった。

だけど、同時に僕には重たかった。

僕はまだ彼女に謝らなければならないのに、それが言えない。


「私もね、ずっと思ってたことがあるんだ。石橋ってさ、いつも冷静でなんていうか一歩引いた視線で話をするじゃない?それって客観的に物事を判断出来ることに繋がるからいいことなんだろうけど…。そのせいか、あんまり自分の本心を話してないように見えてたんだ。だけど、今のことを聞いて本心で話をしてくれたみたいで…」

一呼吸置いて横に並んで歩いていた僕の前に立ち言った。


「私は凄くうれしかったよ。これからもよろしくね」

彼女は僕に右手を差し出す。


「ああ、よろしく」

僕も右手を差し出し、彼女の手を握った。

彼女は僕に無垢な笑顔を見せる。

僕もその笑顔に応えるように自然と笑顔になる。

作り笑いでもなんでもない、本当の笑顔。

彼女は僕にそれを教えてくれた。


これからも、この笑顔に僕は応えられるように僕の彼女に対する罪悪感をなくしたい。

その為にするべきこと、それは一つだ。


推測の域に過ぎなかった僕の考えが、現実のものだという確信に変わってから、

たどり着いた真実を大野にどう伝えるべきか考えていた。

以前、送られたメールに返信する方法もあるけれども、

それでは恐らく大野が見たところで無視するだろう。

それに僕は大野に直接言いたかった。


そしてもう一つ。

横山に僕自身のことをどう話すべきか悩んでいた。

僕のもう一つの顔を全て伝えるべきか?

それとも彼女に対して行ったことだけを伝えるか、

もしくはこのまま何も伝えないか。

僕は彼女に謝らなければならないと思いながらも、

結局、言い出すことが出来ずにいた。


彼女に真実を打ち明けたら、彼女はどんな顔をするだろうか?

笑って許してくれるのか、あるいは僕達の関係に終わりを告げるのだろうか。


大野の事に関しては確信を得ることが出来たものの、

この悩みに対する答えはいつまで経っても推測の域を出ることはない。

実際に行動しない限り、答えなんて出やしない。


これを期に、僕は自分自身に仮面を被せ、偽りの自分を演じる生き方に終わりを告げたかった。

自分の家族や友人に偽りの自分を演じて、自分自身にも嘘をついてきた。

もうやめにしよう。

そして、横山に謝ろう。


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