第3話〜鍋を囲みながら〜
川野から鍋パーティーの誘いを受けた次の週の土曜日。
僕は散らかった部屋の片付けに追われていた。
参加メンバーは僕に川野、青田、大石、中沢の5人。
池田も誘ったものの、はずせない用事があるということで来れないそうだ。
鍋の道具は全て僕の家にあるもので充分だったので、
食材だけを各自で分担し持ってきてもらい、それで鍋をすることに。
僕は部屋と道具を提供するという理由で食材は用意しなくていいことになっていて、
多少なりとも用意しなくてはいけないものは減る。
だからといって、何も準備なしで彼らを迎えるわけにはいかない。
散らかった部屋の掃除と飲み物くらいは用意しておかないと。
なんだかんだで、準備をするだけで数時間を使いヘトヘトになった。
集合時間の5分前に待ち合わせ場所の図書館へ向かう。
僕が時間ピッタリに待ち合わせ場所に到着すると、すでに全員揃っていた。
「一番近い奴が一番遅いっていうのは問題だな」
川野が僕をからかうような言い方で言う。
「時間に遅れたわけではないから無問題だ。それじゃあ行こう」
僕がそう言い、家へと皆を先導しようとすると、
なぜが川野が僕の家への道案内をし始める。
川野、お前が先導するのなら、僕は僕の家で待っていてもよかったんじゃないか?
移動の数分の間、いつもの教室と変わらないような会話をしながら歩くと間もなく家に到着。
僕が部屋の鍵を空け、
「どうぞ」
と一声掛けると、皆揃って、
「お邪魔しまーす」
と言いながらリビングへと入っていく。
「どうする?すぐに作り出す?」
「どうしよっか?」
現在の時刻は17時。今から作り出すと夕飯には少し早い。
ところ構わず空気を読まずない川野は、リビングに入るなりソファーを占領。
手馴れた手つきでテレビを付けると、CMで笑顔を振りまく女性を見て、
「おっフカキョン可愛いなあ」
などと言っては一人ではしゃいでいる。
いつからここはお前の家になったのかと言いたくなる傍若無人ぶりだ。
全くこいつは…友人としてはいい奴だし、顔だってモテそうな顔をしているのに、
そんな事ばかりしているからモテないんだよ。
「一人暮らしっていいな。憧れるよ。普段は夕飯とかは自分で作っているの?」
大石が僕の部屋をあちらこちらを見渡しながら僕に聞いてきた。
「自分で作るときもあるし、コンビニとかで済ませることもあるよ」
ちょっと見栄を張って言ったものの、実際は自分で作ることなんてほとんどない。
僕が彼女についた最初の嘘。
「大石は料理とか作ったりすることあるの?」
「料理は結構得意だよ。休日なんかは自分で家族の夕飯を作ることもあるし」
「それは初耳だ。どんなを料理作るの?」
「味噌汁とか」
「それは…料理って言えるのか?得意料理が味噌汁ってあんまり料理がうまくなさそうな」
「えー味噌汁おいしいじゃん。家庭的って言ってよ。パスタ料理が得意です。って言うより味噌汁と魚の干物を焼くのが得意っていうほうがいいでしょ」
少しふてくされた顔をしながら、そういう彼女。
ぷくりと頬を膨らませる姿が可愛らしい。
「せめて肉じゃがとかなら家庭的ってイメージではあるんだけどね」
僕はワザと少し意地悪な言い方で言う。
「そこまで言うなら今日、私が肉じゃが作ろうか?」
彼女の料理の腕前を疑う僕にプライドを傷つけられたのだろうか?
今度は少し強い口調でそう言う。
「それは食べてみたいけど、残念なことにジャガイモは鍋の具材にはない」
僕は鍋用に用意した野菜の入った袋を広げて見せ、
その中に肉じゃがにとって絶対的に必要な具材がないことを告げた。
「それじゃあ今度、肉じゃがを作るよ。おいしさのあまりに感動して泣いたりしないでね」
「ははっ、期待しているよ」
結局、主に料理に自信のある大石と、
調理場をよく知る僕の二人で鍋の準備をすることになり、
川野、青田、中沢の3人は僕らが作るのを見ながら、
「ネギの切り方はナナメに切らないと」
などと横から口を出すばかり。
役に立たないことは分かったから余計な口出しはしないでくれ。
全ての野菜を適当な大きさに切り終え、鍋に昆布を入れてダシをとり完成。
こういう所は高校生の集まりとはいえども本格的だ。
「いただきまーす」
「よっしゃ。それじゃあ早速、肉入れようぜ。肉」
鍋のフタを空けるなり、いきなり肉が入ったケースのラップをはがし、
肉をまとめて入れようとする川野。
「おい、いきなり肉を入れようとするな。先に火の通りにくい野菜系から入れて、次にキノコそして肉という順番だ」
今まであまり絡んでこなかった青田が突然、鍋奉行っぷりを発揮し始める。
正直、僕はまともに食べれればなんでもいいのだが。
僕が内心そう思っていることに全く気付いていないのだろう。
キレイに白菜、ネギ、シイタケ、エノキ、肉と鍋を5分割するように並べていく青田。
「どうせ鍋から取り出すときに混ざるんだからそこまでする必要なくない?」
僕からみれば正論を言う大石。
「そうそう」
同意する中沢と川野。
「もう食べられるでしょ」
並べている間の時間を考えれば適度な頃合だ。
「それじゃあ俺が取り分けるよ」
川野がみんなの分を取り分け始めると、
「ようやく役に立ったな川野」
青田が川野に棘のある言い方で言う。
「お前も鍋を取り仕切るだけで何の役にも立ってないだろ」
「おいおい、お前と一緒にするなよ。鍋の具材の順番で味は大きく違うんだぞ」
「はいはい、分かりましたよ。鍋奉行殿」
青田と川野がくだらない言い合いをしながら5人分取り分け終える。
「それじゃあ再度、いただきます」
一番上に乗っかっていたネギを口に入れようとしたものの熱くて食べれない。
「あっれー。ひょっとして石橋って猫舌なの?」
ニヤニヤと笑いながらからかうように大石が言ってきた。
「ああ。熱いものは苦手だ」
僕が箸でつまんだネギを冷まそうとしながら答える。
「へえ。なんか意外。私も猫舌なんだ。一緒だね」
僕の横で中沢も取り分けられた白菜をフーフーと吹いている。
中沢も猫舌らしい。
あまり共通点がなく、お互いあまり話していなかった中沢と今日、初めて喋ったな。
僕がそんなことを思いながら、
ようやく食べれる熱さになったネギを口に入れる。
「うまい…」
久しぶりにまともな夕飯を食べたせいか凄くおいしい。
これからはもう少し食生活について考えよう。
それから鍋を囲みながら、学校でいつもしているくだらない話や、
逆に学校で大きい声では言えないクラスメイトの裏話を話していると、
以前、A-10のクラスのガラスが割られていた犯人は誰か。
という話になった。
「あれ、犯人はA-9の奴みたいだな」
そう言ったのは川野。
彼は友人が多いせいか、やたらこういう噂話の真相を知っていることが多い。
いや、真相とされていることを知っていると言ったほうが正解か。
「でもなんでA-9の奴がA-10クラスのガラスなんて割ったんだ?」
僕が疑問に思ったことを聞く。
「あれさ、ガラスが割られていたのは有名だけど、一緒にA-10の榊原って奴のロッカーも荒らされていたことは余り知られてないみたいだな。榊原って奴を気に入らないA-9の連中がやったらしい」
なるほど。
つまりガラスを割ることが目的でなく、
榊原って人に被害を与えることが目的だったわけか。
そんなくだらないことのためにガラスを割ってクラスに進入するなんて、
随分とまあ、お粗末なやり方だな。
「そういえばさ、友ちゃんがタバコ見つかって停学になった事件あったよね。あれ、冤罪らしいよ。本当にタバコを吸ったことないし、タバコを持っていたこともないんだって」
突然、中沢が思わぬ話題を口にした。
自分の心拍数が上がるのが分かる。
「友ちゃんって…生徒会の副会長やってる横山って人がタバコ吸っているのがバレて停学って話?」
白々しく聞く僕。
クラスメイトの友人の前では平凡な1高校生でいたい僕がわざわざ、
実はそれ仕組んだのは僕です。
なんて言うわけない。
「うん。その話。私さ友ちゃんと仲がいいんだけど、本当に吸ってない。なんでああなったか分からないって落ち込んでて。私も友ちゃんがタバコを吸っていたなんて考えられないよ」
おめでとう。横山さん。あなたの無罪を信じてくれる人がここにもいるよ。
友情は大切にしなきゃいけないよ。
「でも、彼女のカバンの中からタバコが出てきて停学になったんでしょ?なんでタバコ吸わないのにタバコ持っているの?彼氏のタバコを持っていたとか?そんなわけないし」
川野が当然の疑問を口にする。
それを何食わぬ顔で聞く僕。
「ちょっと待ってよ。横山はタバコを吸ったことがない。でもタバコを持っていたんでしょ?」
青田が話をまとめはじめた。
僕としては早いところこの話題はお終いにしたいのだが。
「横山さんが冤罪だとすると…。偶然、誰かのタバコが彼女のカバンに入ったか、間違えて入れてしまったパターン。もしくは誰かが彼女を嵌める為にタバコをカバンに入れて、教師にチクった?」
大石がオデコに手をやり、難しい顔をしながら真実に辿り着こうとしている。
彼女はかなり頭がキレるようで。
「でもそうだとすると、なんでそんなやり方をしたのかね?」
青田は大石の考えに疑問を持ったらしい。
「さあ、分からないけど・・・」
大石も彼の疑問に返答することは出来なかった。
そりゃそうだ。
なんでそんなやり方をしたかなんて、やった本人以外分かるはずない。
「でも、そうだとすると怖いよね。誰かを陥れるなんてさ」
中沢が少し暗い表情でそう言った。
「まあ、誰からも恨まれなければそんなことされないでしょ」
重い空気の中で、川野が明るい声で言う。
こういう重い空気を払拭するのは彼の十八番だ。
「そうだな。川野の言うとおりだよ」
この重い話題から早いところ話題を変えようと思い、僕も明るく振舞い言う。
「鍋も食べ終わったし、UNOでもやろう」
暗い話題から一転。
皆でUNOをやりながら、近所迷惑で怒られるくらいの大声で騒いでいると、
時刻は20時を過ぎていた。
「みんな、何時くらいに帰るの?」
僕が時計の指している針を見ながら言う。
「あれ?今日はお泊り会なんじゃないなの?」
川野がおちゃらけながら言う。
「いやいや、寝る場所ありませんから」
僕は女性二人をチラッと見て言った。
「みんな門限とか大丈夫なの?」
「俺は門限はないから平気だけど、泊まっていくのはキツイな。明日、用事あるし」
青田が川野を牽制しつつ言う。
「私は22時くらいには帰らないと」
中沢が続く。
「私は平気といえば平気だけど」
と言う大石。
「それじゃあ21時くらいになったら解散ってことかな」
一番早く帰らなければならないであろう、中沢の時間に合わせるように言った。
「そうだね。それじゃあ続けますか」
川野が僕の意見に同意するなりカードを配り始めた。
僕のカードは最初からD2が3枚。
これなら勝てそうだ。
それからもずっとUNOをやり続け、時間は21時ちょっと過ぎ。
解散の時間だ。
僕は4人を見送る為、駅へと続く下り坂を歩いていく。
「そういえば、中沢と大石って何処に住んでいるの」
青田と川野の家の場所は知っていたものの、彼女達の家は全く知らなかった。
家が何処か分からないのに見送ろうとする僕も僕だが。
「私は戸部、智子は反町」
「というと、二人とも電車?」
「いや、私は歩いて帰るよ」
「俺も同じ方向だし送っていこうか?」
原付で家まで来ていた青田が大石に向かって言う。
「いや、大丈夫だよ。学校帰りと同じ道だしね」
「でも、同じ方向だし送っていくよ。遠慮しないでくれよ」
「うーん、それじゃあお願いしてもいい?」
「OK、OK。ヘルメットもあるしね」
僕の家から続く下り坂を歩き終えれば、学校へと続く大通りに出る。
「それじゃあ、また学校で」
川野が僕らに向かって手を振ると、僕達が進む方向と違う道を歩き出した。
「バイバイ」
みんなで川野に別れを告げる。
続けて大石と青田も原付に二人乗りをする。
「それじゃあ、また」
僕と中沢にそう言うと原付は一気に加速して二人の姿はすぐに見えなくなった。
残った僕と中沢の二人。
微妙な空気が二人の間に出来ているのを感じた。
そもそも僕と中沢の関係というのは、僕と仲がいい大石達と中沢が仲がいいから。
という関係で、決して学校生活において日常的に話しているほうではない。
それに中沢はあまり積極的に話しをするほうでもないし、
思春期の僕らにとって男女二人きりで夜に一緒にいること自体が、
重苦しい空気を作り出していた。
「それじゃあ、駅まで送るよ」
「いや、いいよ。すぐそこだし」
遠慮がちに僕にそう言う中沢。
この状況で断られると、それでもと言っていいのか少し迷ってしまう。
「いやいや。それに僕もちょうど駅前のスーパーに用があるしね」
「うん、それじゃあ」
二人並んで駅まで歩く。
本当はスーパーに用はなかったが、ここでお別れというのも彼女が気の毒に思えて、
駅まで送る口実にした。
青田も大石を送るのはいいけれど、残される人間にも気を使えよ。
僕がそんな事を考えていると、
「今日は楽しかったなあ」
中沢が呟くように言う。
「そうだね」
僕も彼女に相槌を打った。
「私、こういう風に友達同士で集まって遊んだりってあんまりしたことなくてさ」
「へえ、それは意外だな。大石とかとは学校以外ではあまり遊ばないの?」
僕には彼女と大石が学校だけの表面上の友情には思えなかった。
「そんなことないけど…私がインドア派だからかな?なんていうか、大人数で集まってというのがあんまりないんだ」
「そっか。まあ、また今度やろうよ。UNOは青田の一人勝ちだったしリベンジしないとね」
「そうだね。今日はありがとう」
駅の改札で彼女を見送り終えると、
帰り際に明日の朝食を買う為コンビニへと足を進めた。
コンビニのレジで会計を終えると折りよく携帯にメールが届いた。
中沢からだ。
―今日はありがとう。本当に楽しかったよ。
見送りまでしてくれて・・・感謝感謝(^▽^)/
―どういたしまして。また学校で。おやすみ
ありきたりな文章を返信し、家に着く。
いつも通りの一人きりに戻った部屋のソファーに寝転がり、
TVのチャンネルをつけ、毎週恒例のバラエティー番組を見終えると、
普段どおりに風呂に入り、ベッドに転がり込みそのまま眠りについた。
今日は楽しかったか。僕も楽しかったなぁ…。
この日のいつもとの違いはPCの電源を一度も入れずに寝たことだった。