第2話〜闇に消えた真実〜
さて、どうしたものか。
僕はどうやって対象者が"推薦されないようにするか"という方法を考えていた。
――推薦をされないようにする――
方法は2つ思いつく。
教師に嫌われるようにするか、あるいは推薦出来ないような経歴にすること。
1つ目の教師に嫌われるようにするという方法。
これは難しい。
対象者は教師に媚を売っていると言われるだけあって、
教師からの好感度は高い。
僕の知る限り、授業と関係ないことでも積極的に教師に話しかけ笑顔を振りまいている。
その笑顔が果たして本心からなのか、
推薦が欲しいためのものだかは分からないが、僕から見る限り後者に見える。
では2つ目の推薦出来ないような経歴にするという方法というのはどうだろう?
対象者は生徒会の副会長をやっており、成績も中の上から上の下といったところ。
推薦を得るには充分すぎる経歴だ。
僕の力で対象者の成績を下げるというのは無理があるし、
生徒会の副会長の職を辞任させるというのも方法が思いつかない。
よほど生徒会に嫌がらせをすればいいのかもしれないが…。
それに今更生徒会をやめたところで、対象者の経歴に傷がつくわけでもなく、
推薦が得られなくなるような決定的な一撃とはならないだろう。
最終的に僕が考えた方法。
それは対象者のその輝かしい経歴に汚い"×"をつけてやる方法だ。
成績優秀で生徒会副会長と輝かしい経歴の持ち主。
だけれども、そんな経歴の中に停学経験あり。
なんてことになったら推薦は難しくなる。
対象者を停学に追い込む方法。
僕に言わせれば停学にさせることなんて簡単な事だ。
規律が厳しい我が学校では飲酒をしたり、タバコでも吸ってくれれば即決定。
他にバイトをやっていたり、校内で賭け事がバレたりそんなことでも構わない。
要はどうやって対象者にタバコを吸わせるか?
いや、事実なんて捻じ曲げてやればいい。
決定権を持つ教師達にタバコを吸っているように思わせればいいことだ。
そうは言っても、対象者のカバンにタバコを放り込んだところで、
その日に持ち物検査でも行われない限り発覚することはない。
だからといって、対象者の机に入れたところで、
仮にうまいこと対象者の机の中に入っていることバレたとしても、
「私のものじゃない。誰かが入れて忘れていったものよ」
とでも対象者が言えば、きっと皆が対象者の言うことを信じるだろう。
真面目で優秀な対象者がタバコなんて吸うはずない。
そういう思い込みというのを変えるには、よほど決定的な何かがなければ難しい。
机の中にタバコを放り込むんじゃ足りない。
タバコを吸っているという事実を作るには、
タバコを吸うための道具…例えばライターを持たせる必要がある。
ついでに吸殻入りの携帯灰皿もオマケでもつけておけば尚更いい。
ここまでやれば万全のはず。
あとは教師にそれらを持っていることがバレるように仕掛ければいいだけだ。
依頼のあった日から数日。
僕は休み時間中の隙を見て、無造作に机の上に置かれた
対象者のカバンにタバコとライターを入れ、
座る机には携帯灰皿を落ちるか落ちないかギリギリのところに入れておいた。
カバンにタバコとライターを入れるのは一苦労だったけれど、
対象者の机にタバコを入れるのは簡単だった。
授業ごとに席もクラスも代わるシステムのこの学校。
英語や数学、社会に国語と、教科ごとに席と教室がコロコロと変わる。
これでは自分の机に自分以外の誰かが座っていても違和感なんてあるわけない。
問題があるとしたら、対象者の机に灰皿が入っていたところで、
対象者あるいは対象者の机を利用した誰かが疑われることになり、
疑われる数が増えてしまうということだろう。
しかし、少なくともその疑われる者の中に対象者がいる。
疑われれば持ち物検査をすることになるはずだ。
僕は以前、同じように机からライターが出てきたときに、
誰かがタバコを持っているのではないかと教師が
躍起になって持ち物検査をしたことを知っている。
そしてその持ち物検査の際に、
対象者のカバンからライターとタバコが出てくれば状況証拠が揃う。
僕が計画を実行した翌日、
彼女が喫煙を理由に自宅謹慎になったという話を聞いた。
この手の噂話が大好きな川野の話によると、
「私はタバコを吸っていない」
と泣きながら否定していたものの、
状況が状況だけに誰も彼女を信じるわけもなく、自宅謹慎ということになったらしい。
散々媚を売り続けた教師に冤罪で停学させられることになった
彼女の心境はいかなるものだったのだろう。
まあ何せよ、僕には関係のない話だ。
極普通の平凡な高校生活を送っている、今の僕には。
家に帰り、パソコンの前に座り、仮面を被った顔の僕になったら君に同情しよう。
「君の言っていることは正しいよ。だけど誰も君を信じやしない。真実を知っている僕以外はね」
季節が爽やかな暖かさを持った5月から、
ジメジメとした暑さの6月に変わる頃。
僕が仮面を被った回数がついに2桁を記録した。
そんな時に学校で裏サイトの掲示板による誹謗中傷が公になり、
風紀上問題があるとされ、強制的に裏サイトが閉鎖に追い込まれた。
しかし、学校の対応は中途半端なもので閉鎖に追い込んでそれで終わり。
それから一ヶ月も経たないうちに裏サイトはURLを代え、
また暗い影の中からすぐに息を吹き返し、人の心の裏側を写し出す。
「おはよう」
朝、僕はありふれた高校生として学校に登校すると、
クラスメイトの大石から話しかけられた。
大石真理絵。高校2年になってから話すようになったクラスメイトの一人。
2期制の学校である我が学校では、
中間試験が終わり夏休みが終わるまで息を抜くことが出来るこの時期。
この頃になると、最初はお互い知らない顔だった生徒たちも、
気の合う仲間を見つけ、仲の良い者同士でグループを形成している。
彼女は僕や川野らと仲のよい女子グループの一人だ。
「おはよう。CDありがとうね」
僕はそう言うと、彼女に借りていた今流行のロックバンドのCDをカバンから取り出し渡す。
「どうだった?どの曲がお好み?」
「そうだなぁ…。3番目の"なんちゃらプラン"だっけ?あれが好きだ。また今度別のアルバム貸してよ」
「ああ"Aleternative Plans"ね。私もあれ好き。じゃあ明日、なんかオススメのやつを適当に持ってくるから」
「よろしく頼むよ」
カバンにCDを入れ、僕の机から自分の机に戻る彼女。
僕がカバンを机に放り投げイスに座ると、
ほどなくしてチャイムが鳴り教室に教師が入ってきた。
「規立」
「礼」
いつもの朝の挨拶が終わり授業を行う教室へ移動しようとすると、
いつもとは少し異なり、教師が昨日学校で起きた事件について語りだした。
「えー、昨日の夕方から夜にかけて何者かにA-10のクラスのガラスが割られていた。もし、このことについて知っている人がいたら私に教えるように」
へえ、そんなことがあったのか。
知らなかった。
事件があったことすら知らない僕が、ガラスを割った犯人を知っているはずもないが、
もし、仮に知っていたとしても教師に言うわけがない。
他の連中だって僕と同じだろう。
こんなことを朝のホームルームで言ったところで何の意味があるのだろうか。
生徒の間で噂が広まり、犯人探しを始めたり、噂が噂を呼ぶことになるだけだろう。
「よう。今度、石橋の家で鍋パーティーやらないか?」
僕が1時間目の授業の教室に移動しようとすると折り悪く、
川野が僕に話しかけてきた。
「僕の家に集まるのは構わないが…。なんでまたこの蒸し暑い時期に鍋パーティーなんだ?」
季節は6月。
とてもじゃないがこのジメジメした暑さの中で鍋を食べたい気になんてなれない。
「なんでってお前。誰かの家で集まって食事をするとしたら鍋パーティーしかないだろう」
川野は"お前は何を言っているんだ?"そんなこと常識だろうと言わんばかりの顔だ。
彼の常識というものを疑いたくなる。
「そんな定番なものじゃなくて、変わったことをやろうと言う気はないのか?どうせ鍋なら闇鍋にするとかさ」
「ふふふ、石橋君。君もまだまだ甘いな」
含み笑いを浮かべながら川野が言う。
「女性メンバーも誘うつもりなんだよ。そんな状況であんまり悪趣味なことをやるわけにはいかないだろう。メンバーは男性陣は俺、石橋、青田。女性陣は大石、中沢、池田を誘っていいかね」
「男3人に女3人。何かを期待させてくれそうな感じだな」
川野が誘う4人のメンバー。
青田は高校1年のときから仲がいいクラスメイト。
大石、中沢、池田は最近、僕らと仲がいい女子グループだ。
なるほど。
まだ話すようになって日が浅い女性メンバーと、
親交を深めるというのにもってこいのイベントってわけか。
「まっ、お互い頑張ろうや」
川野は僕の肩をポンッと叩き、自身の授業の教室へと歩いていった。
「クラスメイトと恋愛感情を持つと後々面倒そうだけどな」
僕は歩く川野の背中に語りかけ、自身の授業の教室へ向かった。