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マスクマン  作者: 十色市
13/17

第13話〜暗闇に光るもの〜

僕が気落ちしているのを知ってか知らずか、

函館に着いてからやたらと川野が僕に話しかけてくる。

僕もまた彼に気落ちしているのを悟られないようにと、

彼のテンポの早い会話に合わせる様に、言葉のキャッチーボールをハイペースで続けていた。


「おお、旭川のラーメンと違って函館の塩ラーメンはおいしいな」

店内全てに聞こえてしまうような大きい声で川野が言う。

僕も味については同意見だけど、旭川ラーメンの悪口をデカイ声で言うことには、

周りに旭川出身の人がいたら気を悪くするだろうと思い、相槌を打つことをしなかった。


「なんだい、君達は修学旅行かなんかで来ているのかい?」

ラーメン屋の大将が僕らに尋ねてきた。


「そうなんですよ。それで北海道ラーメン巡りをしているんですけど、函館の塩ラーメンはおいしいですね」

「そりゃよかった」

川野とラーメン屋の大将はどこのラーメンがおいしいとか、

函館のオススメスポットなんかの話をしている。

僕は彼らの会話を聞きながら、ドンブリに残った最後のチャーシューを口に入れる。


「ねえ、函館山に行くバスなんだけど、他の人たちもほとんど行くみたいだから混みそうだね」

僕の隣でレンゲでスープをすくいながらそう言う大石。


「ああ、そりゃそうだろうな。夕方に函館に着いてすることと行ったらほとんどがあそこだろうし」

「ロマンチックな感じを期待していたんだけど、修学旅行生がわんさかいるんじゃムードが良くなさそうで期待はずれだなー」

「なんだ、そんなのを期待していたのか」

「そりゃね」

こういう話を聞くと大石もやっぱりそういう女の子らしいことが好きなのかと思う。

大石は夜景とか恋愛ドラマなんかよりも、

遊園地だとかアクション映画のほうが好みのタイプだと思っていた。


「おいラッキーピエロってハンバーガー屋が函館にしかなくておいしいらしいぞ」

川野の一言で夜景の話から食べ物の話に話題が切り替わる。


「お前は現地に来てもグルメ話ばっかりだな」

川野に呆れてしまい、ため息を吐く。

川野は僕の呆れ顔に必死に言い訳を並べたが、

全ての言い訳を僕と大石に看破されてしまい、うなだれる。

そんな日常的なやりとりを繰り返していると、中沢が僕らをなだめる様な素振りで言う。


「そろそろバスの乗車時間だね。行かないと」


函館山までの夜景スポットまで登る方法は主に3つある。

自家用車で行くこと、タクシーを利用する方法、そして僕らの選んだ方法のバス。

自家用車は修学旅行生の僕らが持っているはずもないので、

選択肢にすら入ってこないし、タクシーは料金の問題で却下される。

他の生徒達も同様のようで、僕らを乗せたバスの乗車客は見覚えのある顔ばかり。

なんだか通学する為に乗るバスと感覚が被る。


「お待たせいたしました。それでは函館山行きバス発車致します」

通学バスとの大きな違いの一つはバスガイドがついていること。

観光バスではないにも関わらず、バスガイドが着いているとは驚きだ。


「やっぱりというかなんというか想像通り混んでるねぇ…」

「こればっかりは仕方ないだろう。天気に恵まれただけ良しとしないと」

座席を確保することが出来なかった僕らはバスに揺られながら、函館山へと進む。

駅前の街を出て山を登り始めると、木々の間からキレイな夜景が見え始める。


「この場所が大体5合目になります。右手をご覧いただきますと夜景が見え始めます」

「凄い…。5合目でこれなら頂上は更に凄いのかな?」

大石が感嘆する。

木々の間から偶にチラリと見える景色は、

世界三大夜景と呼ばれているのも納得してしまうくらい美しいもので、

修学旅行を締めくくるに相応しい場所であることに疑いの余地はなかった。

バス内で感嘆の声をあげているのは僕らだけでなく、

他の修学旅行生や一般観光客も同じようだ。


「凄いな。本当に凄い」

「良し決めた。今度俺の彼女をここに連れて来よう」

「是非、川野に彼女が出来たら連れて来てあげてね」

「お前が話すとロマンチックな気分がなくなるから黙っててくれないか?」

「ちょっと、ちょっとちょっと。それは余りにも酷い言い方だよ。俺泣いちゃうよ」

くだらないやりとりをしていると、間もなくバスは頂上へと到着した。

バスから降りると、風が強く吹いていることもあり、かなり寒い。

周りを見渡すと人がかなり多くて、夜景を静かに眺める雰囲気ではなさそうだ。


「先におみやげを見に行かない?」

川野が僕らに提案する。

僕は家に戻っても両親がいるわけではないし、帰りを待っている彼女なんてのもいない。

用意するとしたら、親戚のおじさん用くらいなものなので、

お土産を沢山持ち帰る必要はないが、僕だけ外にいるわけにもいかない。

とりあえず彼らと一緒に店屋に入る。


「新撰組グッズと夜景の写真、他は北海道の土産屋なら何処でも売ってそうなものだな」

「まあ、そう言わずに。一通り見てくるよ」

それぞれが自らの欲しいものを探すため、バラバラになる。

僕は一人残される形になり、買う予定のない土産を眺めていても仕方ないので、

すぐに外に出て夜景を見ることにした。


外に出ると、目の前に広がる風景は僕の住んでいる街の夜景とは一味違うものだった。

決して僕の住んでいる街の夜景が美しくないわけではない。

だけど、扇状に広がる夜景は僕が今までに見たことのない何ともいえない美しさがあり、

僕はただ黙ってその風景を眺めることで満足感を得ることが出来た。


「あれ、石橋だけ先に見てる」

中沢が一人、先に土産屋から出てきた。


「ああ、もう土産は買い終えたのか」

「私はもう一通り買ってあるから何も買わないことにしたよ」

「他の連中は?」

「分からないけど、多分まだ中にいるんじゃないかな?」

中沢と並んで夜景を見る。


「凄いキレイだねぇ」

「ああ、そうだね」

「大沼公園とかも凄かったけど、ここも凄いね」

大沼公園という単語に僕は少し過剰な反応をしそうになった。


「大沼公園みたいに自然が作り出したもののキレイさと、この夜景みたいに人工的に作り出したもののキレイさ。二つともキレイなんだな」

「なんだか評論家みたいな言い方だね」

そこまで話し終えると僕らの会話は途切れてしまった。

何か話しかけようかとも思ったものの、中沢は夜景を見ることに集中しているようで、

わざわざ話しかける必要なんてないと思い、僕もまた夜景を黙って眺めることにした。

暫く沈黙が続いた中、中沢が口を開く。


「石橋知ってる?函館山の夜景の中にハートとかスキって文字とかを見つけると幸せになれたり、両思いになれたりするんだって」

「へえ。でもそんなの見つかることあるのかな?」

「うーん。あっ。あそこのあたりとかハートマークに見えるんじゃない?」

中沢が指差す方向に視線を向けるものの、ちっともそれらしきものが見つからない。


「さっぱり分からないんだけど?」

「あそこだよ。あそこあの左側の赤い光のちかくのあたりにハートマークが見えない?」

「見ようと思えば見えなくもないけど…」

中沢が指先先に見えるものはハートマークだと言い切られれば見えなくもないが、

何も意識せずに見れば全く気にならない程度の微妙なものだった。


「石橋って現実主義すぎるんだよ。もう少しロマンチックに考えればいいのに」

「僕が?そうかな?」

中沢が少しキツイ言い方で僕に言う。

普段、あまりキツイことを言わない彼女にしては珍しい。


「まあ、そういうところがいいのかもしれないけど」

「えっ?」

ドキッとした。

普段キツイことを言わない中沢が僕に突っ込みを入れたかと思ったら、

今度は突然、好意を持っているとも読み取れるような発言。

僕の考えすぎか…。


「石橋ってさ、なんかいつも冷静で周りが見えてて、誰かが落ちこんでいたりすると気付いたりとかしそうだけど、遠くから見ているような感じで、何かにのめり込んだりとかしなさそうで」

中沢が何を言おうとしているのかはなんとなく分かる。


「同じようなことを川野にも横山にも言われたよ」

「へえ、みんなやっぱり感じるものは一緒なんだね」

「ははっ。現実主義すぎるか…」

時計を見ると、二人で並んで話している時間は10分以上経っていた。

強く吹き付ける風も冷たくなってきて、

寒さ対策に用意してきた上着を着ても少し震えてしまう。

僕よりも薄着の中沢はより顕著に寒さが身にしみるようで、小刻みに震えているのが分かる。


「これ着なよ。そんな薄着じゃ寒いでしょ」

「えっ、いいよ。大丈夫だよ」

「いいからほら」

僕は遠慮する中沢に僕の上着を渡す。


「ありがとう」

そう言い、少し照れながら僕の上着を着る中沢がなんだかいやに可愛く見える。


「それにしても、川野と大石はまだ土産を見ているのかな?」

「確かに遅いよね。バスの時間もあるし、あんまり土産ばかり見てると夜景を見る時間がなくなっちゃうよね」

「ちょっと探しに行こうか」

「うん」

中沢と土産屋に移動し、あたりを見渡しても大石と川野の姿は見当たらない。

再度、外に出て夜景を見ている人の中から探し出そうともしたけれど、

視界が悪いこともあり、見つかりそうもない。


「仕方がないな。電話してみるか」

僕は携帯電話を手に取り川野に発信する。

携帯電話を鳴らして30秒ほど待ったものの、川野が出る気配がない。


「ダメだな。携帯に連絡しても出ない」

「うーん。どうしたんだろ?二人で夜景を見ているのかな?」

僕はこのとき、川野と大石が並んで夜景を見ている姿が頭を過ぎった。

ひょっとすると、彼らは二人きりで夜景を見ることを楽しんでいるんじゃないか。

いや、しかし彼らは仲がいいけれども、恋愛感情を持っているようには見えなかったし…。

だけどもしそうだとしたら、さっきの電話は余計だったな。


「私もマリちゃんに電話してみるよ」

「あっ、ちょっと待って」

「ん?」

思わず中沢が電話をしようとするのを止めてしまった。


「もうちょっと探してみようよ。それに探すついでに夜景も楽しめるしさ」

僕が思いついた精一杯の言い訳を口にし、

少しとまどっている中沢と二人で、もう一度あたりを巡回するものの二人の姿は見つからない。


「どこ行っちゃったのかな?二人とも一緒にいるのかな?」

「んー、やっぱり電話するしかないかなぁ…」

あまり気は進まないが、これだけの時間が過ぎているのだから、

万が一、二人の邪魔をしても仕方ないだろう。


「それじゃあ電話してみるね」

中沢が大石に連絡をするとすぐに電話が繋がった。

そして1分も経たないうちに大石と川野と合流。


「何処に行っていたんだ?」

「そっちこそ。どうだい?夜景は楽しめたか?」

「まあね。自慢するだけのことはあるものだね」

彼らと合流してあたりの夜景を見渡しながら、みんなで感想を言う。

そんな時間がとても楽しかったが、間もなく帰りの時間がやってきた。

宿舎に戻り、大石と中沢にホテルのロビーで別れを告げて、

僕と川野の二人で部屋へと入り、ベッドに身を投げる。


「なあ、川野。お前、函館山でずっと何処にいたんだ?」

寝転がりながら、気になっていた疑問を投げかけた。


「土産屋で買い物を済ませたら、お前らの姿が見つからなくってさ。暫く土産屋の近くで探していたら大石がいて、二人で中沢とお前を探しながら夜景を見てたよ」

「そっか」

本当は大石とイチャついていたんじゃないかと思ったものの、

詮索することもないだろうと思い寝ることにした。


翌日の朝、僕らは函館空港から羽田空港へ向かう飛行機に乗り、僕らの住む街へと戻る。

楽しい想い出と辛い想い出、多くのものを残した修学旅行を終えると、

いよいよ受験戦争の始まりだ。



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