第12話〜闇の告白〜
「おおー。リアルスッチーを始めてみたよ俺。早速写真を撮ろう」
修学旅行初日。僕の横の席で羽田空港から千歳空港行きの機内ではしゃぐ川野。
「おいおい、飛行機内で写真撮影って大丈夫なの?」
クラスメイトが川野の暴走を止める。
実際のところ禁止かどうかなんて僕は知らないが、
マナー上あまり好ましくないことは間違いないだろう。
「なんだよー。ツーショット写真撮りたかったのに」
最後は担任教師に注意され写真撮影は出来なかったものの、
その後もハイテンションを維持したままの楽しそうな川野に比べて、
僕はこの修学旅行を素直に楽しめそうもない。
頭の隅に残ったままの問題を、未だに抱えたままで、
機会があればこの修学旅行で決着をつけたいと思っている。
機内で着席してから数分後。
シートベルト装着を義務付けられ離陸。
何百人単位の人間を乗せた機体は、
数分で僕たちを雲の上へと連れて行き、1時間も掛からない間に北海道に到着する。
「文明の進化っていうのは凄いもんだなぁ」
「ちょ、何原始人みたいなこと言っているんだよ」
感心したように僕が言うと、川野から突っ込みを受けた。
やれやれ川野に突っ込まれるとは。
そんなこんな、それぞれの想いを胸に僕たちの修学旅行が始まった。
僕らの初日は札幌と小樽を回ることに。
「やれやれ。なんだか男だけだと寂しいねぇ」
僕と川野にクラスメイトの中島の男3人で、あちこちの観光名所を回りながら愚痴る。
いつも僕らと行動を共にしているはずの青田は、
いつの間にか出来た他のクラスの彼女と行動している為、今回のメンバーからはずれていた。
僕らが足を運んでいる観光名所は何処も僕らの同級生や、
他の学校の修学旅行生、一般の観光客で溢れていた。
最初に足を運んだのは多くの観光客で賑わう時計台。
名所と名高いこの場所を見ても、特に感慨深くなるような場所ではなかった。
続いて足を運んだテレビ塔も東京タワーとの差はさしたるものでもなく、
何一つ感動なんてしない。
「なんだか何処に行っても大した事ないな」
僕が愚痴るように言う。
時計は16時を回りそろそろ宿舎に戻らなければいけない時間になりつつある。
初日で一番良かったものと聞かれれば、小樽で食べた寿司と答えるだろう。
これではなんだか行く前に食事のことばかり言っていた川野が正しい気がしてくる。
「時計台は行った後にガッカリする名所ランキングに入っているらしいからな」
中島が僕の愚痴に答えるようにボソリと言う。
「ちょっとちょっと。それ知ってるなら先言ってくれよ。あとから言うなよな」
「川野の言うとおりだ。まあ、その噂は本当だったということが分かっただけ、良かったと思うしかないか」
初日から愚痴りあいの反省会。
これでは先が思いやられる…。
僕らが初日に泊まるホテルへ移動すると、
すでにほとんどのクラスメイトは戻っていたようで入り口からロビーに入ると、
青田や大石達の姿も見えた。
「どうだった?修学旅行満喫してる?」
僕らをホテルで向かい入れるように話かけてきた大石。
表情から察するに彼女は北海道を満喫してきたようだ。
「いや、何処に行っても何も感動しなかった」
「えー、歴史とか風流とか感じないの?折角来たんだし楽しまなきゃ損だよ」
大石の言い分はもっともなのだが、
男3人で時計台やらオルゴール館を見て回って楽しいわけがない。
というのも正論である。
「青田の野郎は彼女とイチャイチャしながら北海道を満喫しているみたいだな」
川野がモテない男の僻みを露骨に出しながら青田に言う。
「お前もこの修学旅行で彼女作るんだろう。頑張れよ。俺は友人として心の底から応援しているぞ」
「うわっ。上から目線だよ。彼女がいる人は僕らと違って雲の上の存在ですよ」
なんだか観光地を回っているときよりも、
こういう時間のほうが楽しいのは僕だけなのだろうか。
以前、横山に修学旅行で行きたい場所に行くことを考えるよりも、
高校生のうちに行きたい場所に行けばいいなんて言ったけど、
改めて思うことは結局重要なのは何処に行くのかじゃなくて、
誰と行くのかが重要な気がする。
初日の夜はトランプ片手に夜更かし。
時計の針が2時を回る頃、ようやく皆眠りにつく。
僕は相変わらず、すぐに寝付くことは出来ず、
横山への想いが頭を巡らせながら翌日の朝を迎える。
二日目は旭川へと移動。
この日も初日とほとんど同じで、各自仲のいい者同士で行動を共にする。
札幌の時との違いは、おそらくほとんど全ての生徒が旭山動物園へと足を運ぶことだろう。
僕たちもその中のグループに含まれており、男3人で動物園へと足を運ぶ。
相変わらず華のない僕らにとって、幸運かあるいは不幸の始まりか、
見覚えのある人の集団があちこちに歩いている。
手を繋いで歩いているカップルから、僕らと同じように華のないグループに、
男女混合ではしゃいでいるグループ。
僕らと同じような連中はともかく、他の人たちは様々な動物を見て楽しんでいる。
さして興味はないペンギンを見る為に移動していると、
後ろから僕の名前を呼ぶ聞き覚えのある声がする。
「横山、お前らもペンギンを見に来たのか」
僕が言うよりも先に川野が横山に話しかけていた。
ようやく出来た女性と絡む機会を得たせいだろうか。
明らかにさきほどまでとは違う笑顔になっている川野とは対照的に、
僕は驚きを隠すことが出来ず、笑顔で彼女を迎えることが出来なかった。
横山と一緒に行動していたのは女子生徒ばかり。
横にいたのは以前カラオケで横山と行動を共にしていた野口、
そしてもう一人、大野がいた。
「石橋。ちゃんと寝てないでしょ?明らかに顔に出てるよ」
「川野君、そんな格好で寒くないの?」
相変わらず気兼ねなく話しかけてくる横山。
僕の知っている横山と何一つ変わっていないし、大野と共に行動しているところを見ると、
大野は横山にまだ告げていないのだろうか。
暫くの間、僕らは彼女たちと行動を共にすることになった。
僕を除いた2人は初日の重苦しい空気は何処へやらで、
笑顔が絶えずに積極的に横山たちに話しかけている。
彼女らもまた彼らに同調し、笑い話が絶えないまま30分が過ぎようとしている。
大野と横山の様子をチラチラ伺ってみたものの、彼女達の間に溝があるようには見えない。
それどころか僕の知っている暗いイメージの大野が、以前よりも明るく話すように見える。
どういうことだ?
自然な彼女達の関係が僕には違和感でしかない。
「俺ちょっとトイレ言って来る」
川野がトイレへ行くと、一緒にいた人たちが次々にトイレへと足を運び、
残されたのは僕と大野の二人。
なんともいえない気まずい空気の中、大野が口を開く。
「私、横山さんに言ったよ」
1ヶ月近く僕を不眠症に陥れたものの答えを彼女が口にした。
「そうか、それで?」
「横山さんは驚いていたけど、許してくれたよ。本当にいい人だね。横山さんは」
「そうか、良かったな」
僕は彼女たちの友情にヒビが入ることなんて望んじゃいなかったし、本心からそう思った。
「安心して。石橋君のことは横山さんには言ってないよ」
続けて出る彼女から告げられる言葉。
大野が横山に事実を告げ謝ると、横山は大野を許し、友情に亀裂が入ることはなかった。
大野がどう横山に真実を伝えたのか分からないが、僕のことは話していない。
つまり、横山はその事件に僕が絡んでいることは知らないし、
僕が人を陥れるようなことをしていたことも当然知らない。
「いやー出すもの出すとスッキリするね。お待たせ」
最初に川野が戻ってくると、続いて他の3人も戻ってきた。
僕と大野のこの話題は、僕が事件に絡んでいたことを
横山が知らないと分かったところで終了だ。
それから僕らは昼食をとるため、園内の適当な飲食店へと足を進める。
「うわー、凄い人…」
「他に空いてそうなとこ探すって言ってもなさそうだし、我慢するしかなさそうだね」
行列の出来ているレストランを見て呟く。
待つこと30分ほど。
僕らは初日の感想や明日のスケジュールの話題で時間を潰し、ようやく席に着く。
「僕はドリアを」
「石橋、ドリア以外頼まないの?」
メニューを眺めながらウェイトレスに注文すると、横山が僕をからかうように言ってきた。
「えっなんでそう思うの?」
「だって一緒にファミレスとか行くときも、いっつもドリアじゃない?」
「そうだっけ?」
確かにファミレスに行くとドリアを注文することが多いけれども、
何も毎回ドリアを頼んでいるわけではないのだが。
「ちょ、お前ら二人でファミレス行く仲なのかよ」
川野が僕と横山の間に入ってくる。
そういえば川野は横山が気になっているんだったな。
「塾の帰りとかに行ったくらいだよ」
僕が横山の表情を気にしながらそう答えたものの、
彼女は僕との関係を友人としか思っていないのか、
川野の言葉に全く照れる気配すらないその表情に少し落胆する。
間もなく食事が始まると、途切れることのなかった会話が途切れる。
そんなときに話題を提供していたのが、川野と大野。
この日の大野は塾で一緒に食事をしたときとは大違いで、
積極的に会話に参加し、表情も明るい。
横山に打ち明けたことで大野の中の何かが変わったのだろうか?
そんなドラマみたいにうまくいくはずはない。
人はそんな簡単に変われるはずなんてない。
レストランでの食事を終え、午後も彼女たちと一緒に園内を回る。
マリンウェイと呼ばれる円柱の水槽を泳ぐアザラシを見たり、
ロープを渡るオランウータンの写真を撮ったり。
愛嬌のある動物達を見ることは、今までの観光名所よりも楽しめるものだったが、
僕は動物達への興味よりも、動物がアクションを起こすたびに、
無邪気にはしゃぐ横山への興味が尽きなかった。
午後3時を迎えるころ、旭山動物園を去る彼女たちと僕たちのグループは、
それぞれ別の場所へと足を進めることになる。
「それじゃあ、また」
「バイバイ」
手を振って、彼女達と反対の方向に歩き出す。
彼女達と明日もまた会う約束をして別れを告げ、男3人の会話へと戻る。
「よう、誰が好みだ?」
「俺は野口かな?」
川野が僕らを詮索するように言うと中島がそれに応える。
彼はその後、「まあ敢えていえばだけど」と付け足した。
「俺は横山だ。となると石橋が大野となればみんなで仲良くトリプルデートじゃないか!!」
「ちょっと待て。勝手に決めるなよ」
「なんだよ、結局、お前横山が好きなのかよ」
「いや…」
僕は川野の問いかけに口を濁すしかなかった。
横山が好きなのは否定出来ないが、よりにもよって大野っていうのは…。
「冗談抜きで大野って石橋に気があるんじゃね?なんか石橋のこと見ていることが多かったのような気がするぞ」
中島が余計なことを言い出す。
おそらく大野が僕のことを気にしていたのは、
好意でなく、僕の様子を観察していただけだと思う。
「おー。それじゃあやっぱり決まりだな。石橋大野カップル誕生おめでとう」
川野からうれしくもなんともない拍手を貰い、
僕は不機嫌な顔を浮かべながらラーメン屋へと足を進めた。
ラーメンの味は僕らの期待とは裏腹にイマイチ。
決してまずくはないのだが、このラーメンよりうまいラーメンをいっぱい知っているし、
わざわざ横山達と別れてまで食べる価値のあるものだったのかと問われれば、
"NO"と答えるレベルだ。
「旭川ラーメンはイマイチだったなぁ」
「旭川ラーメンがイマイチなのか今の店がイマイチなのか判断が難しいところだ」
「確かに」
動物園のときの明るい雰囲気はどこへやら。
初日と同じく、帰りは重い空気でホテルへ到着。
ホテルに着けば、初日と同じようにいつもの変わりないメンバーが揃い、
笑い話が絶えなくなる。
「なんだかさ、修学旅行の思い出って何処かに行ったときよりも、こういうホテルで遊んでいるときのほうが良い思い出として残りそうだな」
「ああ、僕もそう思う」
川野が就寝前にベットに寝ながら僕に話しかけてきて、
同じくベットで布団に包まりながら僕は答えた。
「なあ、石橋。お前横山の事好きだろ?」
「またそれか」
「横山と一緒にいるときのお前の雰囲気を見ていたらそう思うぞ」
そんなに僕は分かりやすいタイプなのか?
川野にそう思われているのならば、横山にもそう思われているということなのだろうか?
そう考えると僕の一挙一動が恥ずかしくなる。
「ま、そう思うならそう思ってくれ」
「相変わらず本心を隠したがるねぇ。でも最近のお前は特にそうだけどな」
「ん?どういうことだ?」
「何を悩んでいるのか知らないけどさ、相談くらいならいつでも乗るぜ」
相変わらずよく分からないタイプの人間だ。
鈍そうに見えて、こういう鋭い面があったりする。
「サンキュー、親友」
「はは、ま、お前が思っているほど人間嫌な奴ばかりじゃないし、お前も良い奴だよ。俺が保証してやるよ」
「そうかね?」
「誰にだって良い面もあれば、嫌な面もあるだろう。喧嘩するときもあれば間違えるときもある。そんなこんなで反省したり仲直りしたり、そうやって人間関係って出来ていくものだろう」
僕と川野だって今まで何度も些細なことで喧嘩もしてきたけど、
なんだかんだで今でもこうやって語り合える仲だ。
お互い自分の感情を隠し合って、
上辺だけ仲良いフリして築く友情なんかじゃない本当の友情。
僕は横山とも川野と同じような関係でいたいと思っている。
上辺だけじゃない、本当の友情、あるいは愛情を。
だけど僕は同じくことを横山にもすることが出来ない。
自分の本心を曝け出すには、僕はあまりにも汚れてしまっている。
そんな言い訳を作って逃げたところで、前に進むことは出来ない。
「そうだな川野。お前の言うとおりだ。良いこと言うな」
「なんだよ。気持ち悪いな。明日も早いし俺は寝るぞ。じゃあな、おやすみ」
彼はそう言って僕のベットと反対向きに顔を向けると、間もなく寝息が聞こえてくる。
僕が悩んでいたことの答えを川野は知っていた。
いや、僕自身も分かっていたことだったはず。
それを自分自身で隠してしまい、見失っていただけだ。
いつか言わなきゃいけないと思っていたこと。
いつかじゃない、明日言おう。
修学旅行3日目。
相変わらず空は晴れているが、朝は少し寒い。
僕はホテルで朝食を済ませ、この日の予定である函館行きのバスに乗り込み、
バス内でトランプ片手に会話をしているクラスメイトを横に、
一人I-podで音楽を聴きながら、横山に今日の集合場所を聞いていた。
札幌から長時間のバス移動。
函館と札幌の距離は僕が思っていたよりも長く、予定では7時間近く掛かるとか。
途中で大沼公園に立ち寄ったりするようなので、
朝から札幌を出発したところで函館に着くのは夕方、あるいは夜か。
移動途中、僕は川野や青田に話しかけられたりもしたものの、
僕は適当に答え彼らと距離をとっていた。
「なんだか今日は元気がないね」
I-podを聴きながら窓の外を眺めていた僕に、中沢が声を掛けてきた。
「そんなことはないよ。ただ乗り物酔いしやすいタイプだから、出来るだけ酔わないようにしてるだけだよ」
「へえ、そうなんだ」
それから中途半端な間を置いて中沢が言う。
「ねえ、今日は函館の何処に行くか予定ある?」
「予定は塩ラーメンを食べることくらいかな?」
「ははっ。なんか石橋たちらしいね」
僕らしいというより、川野らしいと訂正して欲しかったが、
なんだかんだで一緒に行動している僕も同類か。
「ねえ、函館山で夜景見に行かない?」
中沢からの突然の誘い。
函館山の夜景といえば、誰が決めたか知らない世界三大夜景と言われている夜景の一つ。
僕らの予定にも当然入るはずだったのだけれども、
あいにく男3人で見に行くような場所ではなかったので却下された観光地だ。
「ああ、僕はいいけど他に誰が来るんだ?」
「えっ、ああ、もちろんマリちゃんとかも一緒に」
「OK、OK。どうせなら函館の塩ラーメンも一緒に食べに行かない?」
「私はいいけど…マリちゃんに相談してみる」
中沢が大石の席まで移動し話し込んでいると、
大石が僕を見るなり含みのある笑みを浮かべたのが気になった。
「うん、大丈夫だって。それじゃあ函館はラーメン食べて夜景を見に行くということで」
「はいよ。宜しくね」
中沢が僕にそう言い、自分の席へと戻ると、僕はまた一人窓の外を眺めはじめる。
今日の予定がまた一つ増えた。
大沼公園で横山達と会い、函館に到着後は中沢達と夕食を食べ、函館山へ夜景を見に行く。
修学旅行の立ち寄る場所ごとに、異なる女子と過ごすことが出来る僕を、
ほとんどの男子は羨ましく思うだろう。
だけど、僕はその状況を楽しむことが出来ない。
やがて僕らを乗せたバスが大沼公園へと到着した。
一番後ろの席を陣取っていた僕らは一番最後にバスから降りて辺りを見渡す。
待ち合わせをしている横山達を乗せたバスはまだ到着していないらしい。
「おおー、凄いキレイだな」
川野が目の前に広がる風景を見て言う。
僕も今までの観光地とは違い、美しいその風景を見て感嘆した。
大沼と呼ばれている池に大小の島がいくつも浮かんでいて、優雅に泳ぐカモ。
僕らが住んでいる都会と違い、穏やかに時間が流れているような錯覚に陥ってしまいそうだ。
僕らが池の周りを詮索していると貸しボートがあり、
視線をその先に向けるとカップルたちが仲良く二人でボートに乗り楽しんでいる。
彼らの表情は幸せに満ち溢れていて、恥ずかしそうにしながらも仲良く肩を寄せ合っている。
美しい自然に囲まれて仲むつまじく穏やかな笑顔を浮かべる二人。
僕は寄り添う二人の姿に自分自身を重ねていた。
「おい、何ボーっとしてるんだ」
「ああ、すまない」
川野の言葉で現実に戻される。
そうだ、僕はここでやらなければならないことがある。
それをやらなければ僕自身にあの空間が訪れることはない。
間もなく横山からバスが到着したという連絡が入り合流。
相変わらず明るい話題を振りまきながらハシャグ川野と横山。
僕は横山と二人きりで話しをする方法がないか仕切りに考えていた。
「ねえ、折角だし私達もボートに乗らない?」
「いいね。でも、あれ基本的に二人乗りだよね?」
「適当にグーチョキパーでペア作って乗ろうよ」
絶好の機会だ。
ここで横山とペアになれば誰にも邪魔されない。
「それじゃあ、グーチョキパー!!」
僕はチョキ、川野はグー、中島もグー。大野はパー、野口はパー、
そして横山はチョキ。
僕は宗教を信じているタイプの人間ではないが、
この時だけは神様がいるのであれば「ありがとうございました」と御礼を言いたい。
「決まりだな」
「あれ?男同士とか女同士ってありなの?」
「まあ、決まっちゃったしこれでいいんじゃない」
明らかに不満そうな顔の川野と中島。
僕は彼らが少し気の毒に思えたが、
やり直しをされて横山とペアでなくなるのはゴメンだと思い黙って従った。
「よっしゃー、それじゃあ俺らはスワンボートで行くぜぇー!!」
ネジがはずれた川野がスワンボートに乗り込み出航。
物凄く必死に漕ぐ彼の姿に、見知らぬ観光客からも笑いが起きる。
「じゃあ私達も乗ろうか」
「ああ、ボートを漕ぐのなんて久しぶりだな」
「へえ、経験あるんだ」
「親父と釣りに行ったときにね」
横山を先にボートに乗せて後から乗り込む。
自分で思っていたよりも、うまく漕げるもので、
スワンボートを足で漕ぐ川野を尻目にスイスイとボートを進める。
「あっ、子連れのカモだ」
横山が指差す先には親鳥を先頭に4匹の子ガモたちが並んで泳ぐ姿が見えた。
縦一列に並んで泳ぐ姿がなんとも愛しく見える。
そのまましばらく、僕たち新しい景色を見るたびに景色についての感想を言う時間が続いた。
この心地よい時間を止めてしまうのは辛いけれど、
そろそろ言わないと時間がなくなってしまう。
「横山、実は僕は謝らないといけないことがあるんだ」
僕が横山にそう言うと、池に浮かぶ花を見ていた横山の視線が僕のほうを向いた。
僕は彼女の視線に一瞬たじろぎ、眼を伏せる。
だけど、もう逃げ出すことはしない。
「横山の机からタバコが見つかったことあったよね。あれは僕がやったんだ。本当にごめんなさい」
「えっ?ああ、私の机から出てきたタバコって石橋のだったの?」
ほんの数秒の間が出来て横山が口を開く。
「いや、でも意外だな。石橋ってタバコ吸うんだね」
無理に明るく振舞おうとする横山。
いつもの無垢な笑顔ではなく、どこかぎこちない笑顔。
「そういうことじゃないんだ」
「えっ?」
「タバコが横山の机から出てきたのも、その後横山が持っているはずのないライターが、カバンの中に入っていたのも、全部横山が停学になるようにするために僕が仕組んだことなんだ」
そこまで話し終えると、僕は残りことをどう説明していいのか分からなくなって、
言葉が途切れてしまった。
二人ともが黙り込んでしまうと、僕らの周りではしゃぐ楽しそうな会話や、
水が跳ねるの音が耳に入ってくる。
「なんだかよく分からないんだけど…どういうことなの?」
暗い表情と重い口調で横山が僕に尋ねる。
「僕はあの頃、横山のことを"教師に媚を売って点数稼ぎをし、W大の推薦を狙っている人"と思っていた。そして僕はそれがなんとなく気に入らなくて、君を陥れるためにあんなことをした」
下を向いて黙り込む横山、僕は続けた。
「本当にすまないことをしたと思っている…。本当にゴメン」
「なんで…」
彼女の口から僕の耳に届くか届かないかというくらいの小さい声が聞こえる。
僕は彼女のその問いになんて答えればいいか分からない。
「許してくれなんて言うつもりはない。だけど、どうしても言っておきたかったんだ」
それから暫く沈黙が続いた。
いつの間にか、周りの楽しそうな声や水の跳ねる音も聞こえない。
実際は僕の感覚が麻痺してしまっていて、聞こえなかっただけかもしれない。
「なんだかね。普通、こういう時に二人きりで話すことって愛の告白とかそういう甘い話だよね」
暗い表情からぎこちない笑顔に戻った横山。
それは無理矢理に本心をどこかに追いやって、作り上げた仮面を被った表情で、
僕が好きだった無垢な笑顔は何処かに消えてしまった。
今まで僕の心に気兼ねなく踏み込んできた横山が、僕との距離を取ろうとしているのを感じる。
僕が求めていたのはこんなんじゃない。
僕は僕と横山の間に出来ていた溝を埋めたかったから、だから僕は…。
「そろそろ時間だね。戻らないと」
ボート時間の終わりを告げる彼女の言葉。
もう今までのようには戻れない気がしたけれど、何も言うことが出来なかった。
僕が何を言ったところで、彼女は仮面を被ったままのマニュアル回答の言葉が返ってくる。
ゆっくりとオールを漕ぎ、ボート乗り場に泊めると、
すでに上がっていた川野たちと再び合流。
近くを適当に散歩し、簡単な昼食を摂る。
昼食の会話は相変わらずだったけど、横山から僕に話しかけてくることは一度もなかった。
川野の流行りのモノマネも、笑うことが出来ず、昼食の味もよく分からない。
何ヶ月もの間、積み重ねてきた僕と横山の関係がたった1時間足らずで崩れた。
それが感情も味覚も麻痺させた。
「それじゃあ、また」
彼女達と別れを告げて、バスに乗り込む。
バスに揺られながら車窓にもたれかかると、後悔の波が押し寄せてくる。
僕自身が決意を胸にして言ったこと。
だけど、結果は僕が望んでいたものとはほど遠いもので、
横山は僕を嫌いになったかもしれない。
横山に"真実を打ち明けてくれた誠実な人"と思われたくて言ったわけではないし、
何かを期待していたわけじゃない。
だけど、僕が捨てようとして打ち明けた仮面を被った表情は、
僕が捨て去ったと同時に彼女が僕の前で被り、
埋まるはずだった溝は僕から横山へと所有権が移り、
僕らの関係により鮮明に存在することになった。
僕がこれまで感じたこともないような寂寥感に抱かれていた時、
前の座席からクラスメイトが、「いい場所だった」とかなんとか楽しそうに会話をしている。
そのうち、誰かが告白していたとかそんな話題に変わると、
会話は更に盛り上がり、担任教師から注意を受けるまでバス内はバカ騒ぎをしていた。
「告白か…」
僕は一人呟き、カバンからI-Podを取り出し、適当に音楽を選び、
音楽を聴きながら目を閉じると、いつの間にか眠りについていた。
眠りに着くと、現実と夢の区別がつかないような気味の悪い時間が続く。
さっきまでの出来事が全て夢なんじゃないかと僕が僕に言う。
僕はそれが現実だってことを分かっている。
分かっているのに、何度も何度も僕は僕に同じ質問を繰り返し、僕は同じ答えを繰り返す。
バスが目的地の函館駅近くのホテルに着く頃には自然と目が覚めていた。
現実と夢の狭間で繰り返していた自問自答は終わり、
現実に戻ると、改めて大沼公園の出来事は現実だったんだと突きつけられる。
「おーい、さっさと荷物を降ろして函館を探索しようぜ」
川野が僕を急かすように言う。
そうだ、今日はこれで終わりじゃない。
まだ中沢達と川野達と一緒に出かける予定がある。
「ああ、すぐに行くよ」
僕は気丈に振る舞いそう答え、
捨て去ったものとは別の新しい仮面を被り宿舎へと足を進めた。