第10話〜文化祭〜
二期制の我が高校では夏休みの後、すぐに期末テストが始まり、
その期末テストを乗り切れば、楽しいイベントが続く。
その1つ目のイベントの文化祭が始まろうとしている。
結局、僕は大野に問いただしたあの日から横山とは一度も会っていない。
というのも、すぐにテスト期間に入ってしまい、その後の文化祭の準備期間にしたって、
クラスの出しものとして、わたあめを作る程度しかやらない僕と違い、
彼女は生徒会副会長としての最後の大仕事の為に、
忙しい充実した日々を過ごしているのだろう。
彼女だけではない。
去年、文化祭のライブでバンドを組むも、準優勝に終わり今年こそ優勝を狙っている青田。
冬の国立目指し、この期間にいつにも増して部活動に励む川野。
大石や中沢も高校最後になる文化祭を最高の形で終える為、
教室の飾り付けや、配置などを細かく調整している。
友達は各自それぞれのやるべきことをやっている。
そんな中で僕だけが時間を持て余している。
この日も僕は居残りで教室に飾る大きな看板作りの作業をしているクラスメイトを置いて、
さっさと作業を切り上げ家に帰る。
自転車置き場にとめている自転車の鍵を外し、自転車を押しながら進んでいると、
横に見える教室にクラスメイトの姿が映る。
青田と川野、大石に中沢、池田。
いつも僕と一緒にいる5人が笑顔を見せながら円を作って話し込んでいる。
ただ一人僕だけを除いて。
ひどく寂しい気持ちになった。
彼らにとって僕はなんなのだろうか?
僕がいようといまいと彼らにとって何が変わるのだろう?
なんだか自分が不必要な存在に思えてくる。
家に帰ると僕は一直線に洗面所に向かった。
顔を洗って鏡を見ると、そこには見慣れた顔が写る。
今までと何一つ変わらない僕の顔。
精神状態がおかしくなろうとも、僕の表情は何一つ変わりやしない。
ベッドの上に転がり込んだが、なかなか眠りにつけないしすることもない。
そんなときに考えることは横山のことばかり。
初めて会ったときの彼女の明るい表情。
塾で一緒に勉強していたとき、教科書を真剣に見つめる彼女の横顔。
ファミレスで食事をしたときの彼女の無垢な笑顔。
カラオケで自分の持ち歌を披露したイタズラな笑み。
頭の中で様々な表情を見せる彼女。
頭の中では何度も会っているけれど、現実ではカラオケで会って以来だ。
期間にすれば数週間程度会っていないだけだし、元々そんなに会っていた訳でもない。
だけど僕は彼女に会いたくて仕方がない。
携帯電話を手に取り彼女のアドレス帳を開く。
発信ボタンを押せば、すぐにでも彼女の携帯電話を鳴らすことが出来る。
だけど、僕はそのボタンを押すことが出来ない。
電話をしたところで話すことがない。
何の用もないのに電話なんて出来ない。
そんな妙なプライドと理性が僕を押さえ込んでいる。
一向に寝つけず、することのない僕はPCの電源を入れ、
学校の裏サイトへとアクセスする。
大野に問いただしたあの日を境にメールアドレスを消した。
もうPCを開いたところで新着メールのお知らせは来ない。
大野が裏サイトかなんかで僕の正体をバラすのではないかという考えもあったが、
今のところそういった噂は流れていない。
こういうところからすると彼女も根っ子から腐った人間ではないんだろうなと思う。
「相変わらず、誰かの悪口ばかりだ」
掲示板を眺めながら一人愚痴った。
僕がメールアドレスを消去したところで、この世界は何も変わらない。
こちらの世界でも僕は不要な存在か…。
PCの電源を切り、再度ベッドの上に転がり込む。
なんだか、自分が惨めで情けなく思える。
頭を悩ませても浮かんでくるのはネガティブな考えばかり。
そんなとき、僕の携帯電話が鳴る。
――着信 横山友美――
慌てて携帯電話を手に取る。
彼女のアドレスと番号を教わってから初めての電話だ。
「もしもし〜。久しぶりだね。元気かい?」
相変わらずの明るい口調で話す彼女。
電話越しからでも彼女の顔が浮かんでくる。
「ああ、久しぶり。元気ってほどでもないけどね」
今、落ち込んでました。なんて口が裂けてもいえない。
「そっか。いやさ、最近全然会ってないじゃん。だから何してるのかな?って思ってね」
「そうだね。そっちはどうなんだい?文化祭の準備で忙しいんでしょ?」
「うん。私の最後の仕事だと思ってるし、完全燃焼するつもりだよ」
「みんなは元気?智子とか川野君とか」
「ああ、相変わらずだよ。そっちはどうだい?」
「うん。みんな元気だよ」
みんなの中に大野は入っているのだろうか?
少しだけそんなことが頭を過ぎったが今はそんなことどうだっていい。
そんなことよりも彼女と会話が出来たことが何よりも嬉しい。
「そっか、それじゃあまたね。高校生活最後の文化祭。楽しんでね」
「ああ、そうするよ」
それから暫くこの前のテストがどうだったとか、文化祭の僕のクラスの出し物の話をして、
彼女が電話を切ろうとしたとき、僕はそれを止めた。
「あっ、ちょっと待って」
「ん?」
止めたものの、次に繋がる言葉が出てこない。
「ん?どうしたの?何かあったの?」
「いや…」
僕は言葉に詰まってしまった。
彼女も何も言わない。
まるで、僕が何かを言うのをジッと待っているように。
「電話してくれてありがとう。文化祭、頑張れよ」
「うん。ありがとう。それじゃあね」
「バイバイ」
僕が会いたかった人、話したかった人から電話があった。
次に彼女と話すときはあの事件のことを話すときと決めたのに、僕は言えなかった。
最後の一歩が未だに踏む出すことが出来ず、地団駄を踏んでいる。
うれしさと自分自身の情けなさと半々の感情を抱きながら、僕は眠りについた。
さきほどまで寝付けなかったのが嘘のように、今度はすぐに眠りにつくことが出来た。
朝起きて空を見る。
雲ひとつない澄み切った空だ。
僕は確信した。
横山が好きだ。
文化祭当日。
土曜日、日曜日と2日間に渡り行われる校内最大のイベント。
学校そのものの大きさや、今までの伝統からか、
来客数は3万人近い数になるとかならないとか。
僕は土曜日の午前にクラスの出し物であるワタアメを作る係を任されているが、
他の時間は全て自由時間。
文化祭を楽しむも良し、家に帰っても良し。
どうするかは自分次第だ。
「おっす。どうだい調子は?」
僕がせっせとワタアメを作っているとユニフォーム姿の川野が顔を出した。
「お前も一応はクラスメイトなんだから少しは手伝えよ」
思わぬ客の多さに1時間ほど作りっぱなしの僕。
休むことなく作り続けてきたせいか、ワタアメを作るのにも慣れてきて、
形も夜店で出ているものとほとんど差がないのではないかと思えるほどの出来だ。
「いや、俺はこれから試合があるからな。この試合で活躍して他校の女子のハートもゲットだぜ!!」
よく分からないポーズをとりながらお決まりの決め台詞を言う川野。
彼はこの後行われるサッカーの親善試合に向けて準備万全のようだ。
「そうか、俺はこっちがあるから見にいけないが、友人の活躍を期待しているよ」
「おう。12時には試合が終わってるだろうから、あとで合流しようぜ」
彼は僕にそう言い残し、僕が作ったワタアメを横から手を出し食べ、教室を後にしていった。
「よっしゃ、交代だ。交代。あとは宜しく頼む」
時計の針が11時を回り僕は次の係りの者に仕事をバトンタッチ。
朝一が一番楽だと思っていた僕としては予想外の忙しさに追われ疲れた。
「お、お疲れー。何か飲み物でも飲む?」
大石が教室の隅にしゃがみこんだ僕に声を掛けてくれた。
彼女は僕とは違い客寄せ担当。
積極的な彼女の引き込みで僕のクラスのワタアメは大繁盛だったものの、
それに比例して僕の仕事量が増えた。
「飲み物って、これどうしたの?」
僕は教室の隅に隠されたクーラーボックスの中身を見て驚いた。
「野本先生がみんなの為に用意してくれたみたいだよ」
「へえ、気が利くなぁ。んじゃあアクエリアスでもいただきます」
「はいよ」
彼女は威勢のいい返事をし、僕にペットボトルを渡した。
本当にこういうのが絵になる人だ。
「大石はいつ上がりなの?」
ドリンクを飲みながら彼女に尋ねる。
「私?私はもう終わりだよ」
「ほう、それじゃあ川野と合流して一緒に適当に回らない?」
「いいけど、智子とゆきちゃんもそろそろ来るはずだからちょっと待っててくれない?」
「OK、OK。んじゃあ着いたら携帯に連絡ちょうだい」
「ほいさ」
ついこの前まで感じていた友人達との溝が嘘のようになくなっている。
いや、実際は溝なんて出来ていなかったのかもしれない。
ただ僕が悲観的になりすぎてそう感じてしまっていただけで、
きっと友達はそんなふうに感じてなんていなかったのだろう。
それから30分ほど。
川野よりも早く大石からのメールが届いたので、
先に大石達と合流することに。
「お待たせ〜。あれ?まだ川野は終わってないの?」
「ああ。連絡がないしミーティングが長引いているのかもしれないな。どうする?」
「適当に時間潰して待とう」
僕らがそんなことを話していると、川野が僕の目の前に現れた。
「おっす。いやいや、ゴールを決めちゃったよ。みんな俺に寄って来る女子生徒を見ても嫉妬しないでくれよ。サインの練習も完璧だぜ」
「ゴール決めたくらいで恋に落ちちゃう人はいないと思うけどね」
大石から川野に冷静な突っ込みが入る。
「どうする?適当にブラブラ回る?」
「そうだね。そうしよう」
手当たり次第、各クラスを一つずつ回る。
展示品を並べているクラス、定番のお化け屋敷やら、
よく分からないゲームを作っているクラス、お決まりの喫茶店。
正直、どれもあまり興味をそそるものではない。
回ること10クラス目くらい。
僕らの足が2年B−3クラスに向かう。
横山はいるかな?
B−3のクラスを前に僕はそんなことを思っていた。
中に入ると"地球の環境問題について"というテーマを掲げた様々な文献やら、
模型を展示し、クラスの係りの者がその内容について説明している。
随分と立派なテーマを掲げたものだ。
生徒会の活動に忙しい横山が直接関わっているとは思えないし、
地球の環境問題なんざ興味がない僕だが、彼女らしいテーマに思えてなんとなく気分がいい。
しかし、次の瞬間、僕は心臓を掴まれるような気分を味わうことになった。
「こちらどうぞ」
僕らの案内の担当として現われた大野。
僕を見て一瞬だけだったが、明らかに動揺を見せた大野。
僕も平静を装っていたが、同じように動揺を見せていたのかもしれない。
「えーこちらが温暖化の影響によってなくなった氷河の写真で、これが30年前の氷河の写真。比較すると明らかに氷の部分の量が違います」
「おおー、こんなに氷が溶けているのか。世の中どうなっちゃうんだよ」
大野の説明に偉く大袈裟なリアクションをとる川野。
僕は出来るだけ大野と目を合わせないように、
彼女が説明している写真と別の写真を眺めていた。
願わくば、早いところこの場から立ち去りたい。
そんな僕の気持ちをしるはずもない川野は大野に質問を繰り返し、
やたら時間が掛かっている。
僕らの後に入った人達に次々と追い抜かれながらゆっくりと進んでいく。
「それではありがとうございました」
ようやく終了か。長かった。
僕が「どうも」と一言大野に言い、その場を後にする。
なんだか生きた心地がしなかった。
彼女も僕に応じるように軽くお辞儀をしてその場を去った。
この様子ならこの間の件で、
彼女の学校生活に影響が出ていることはなさそうで僕は少しだけ安心した。
次に足を進めた先の陸上グランドに出ると、大々的なイベントが始まろうとしている。
"チームで問題を解け!!優勝チームにはニンテンドーDS!!"
どうやら生徒会主催のイベントのようだ。
生徒会主催なら横山もいるかもしれないな。
「折角だし参加しないか?商品もニンテンドーDS貰えるみたいだし」
チームの人数は5名までOKのようだし、丁度5人の僕らにとってはちょうどいい。
「よっしゃ、それじゃあ参加しますか」
受付になぜかダッシュで向かう川野とそれをみて呆れながら笑う大石。
僕は横山の姿を探したものの、目に入るのは、
浮かれた顔の参加者と淡々と作業をこなす生徒会メンバーばかり。
僕の期待とは裏腹に、会いたい人の姿はどこにも見当たらなかった。
「えー、皆さんこんにちは。ご参加していただいた皆さんありがとうございます。それに観戦している人たちも応援宜しくお願いします」
受付を終えるとすぐに大会がはじまった。
司会進行役は以前、横山と付き合っているのではないかという噂が流れた生徒会長の橋本。
なんとなく僕は彼にいいイメージがない。
「大会の説明に入ります。まず、参加者の皆さんは○×クイズに答えてもらい、決勝ラウンドに進む4チームを決めたいと思います」
つまりこういうことだ。
現時点で参加チームが多すぎる為、
4チームまで絞り込んだ後にまともなクイズ大会を開始するという流れ。
こういった場合の○×クイズは分かりっこないような問題を連発するのが一般的だ。
となれば、二択を天に運を任せて選ぶしかない。
「えー、では第1問。現在の校長の吉川校長の年齢は70歳である。○か×か?」
「なんだそりゃー。知るかー!!」
「70?もっと上じゃない?」
あちこちから悲鳴ともブーイングともとれる声が上がる。
「おいおい、どうする?どっちにするよ、下か?」
「私の勘だともっと上の気がするよ」
僕のチームも意見が割れる。
結局、誰も答えなんて知らない。
「落ち着け。今、携帯電話で学校のHPを調べている」
冷静に対処する僕。
そうとも。大抵の学校のHPには校長の挨拶のようなものがあるはず。
そこに経歴書のようなものも書いてあるはずだ。
「おー流石、石橋。やるね」
「ビバ。インターネットだ」
「えー皆さん。残り時間10秒です、それを過ぎたら失格です」
僕の裏ワザを阻止するように司会の声が響く。
おのれ生徒会長め。
僕の橋本に対するイメージは更に悪くなったが、
彼にとってそんなことはどうでもいいのだろう。
「やべーぞ。時間ない。早くしろ」
「んなこと言っても携帯じゃアクセスに時間掛かるんだ。仕方ない勘で選ぶしかない」
「○行こう。○」
僕の裏ワザは通用せず、勘に頼ることに。
僕たちが選んだ解答は"○"。
「それでは正解は…○です!!」
「よっしゃ、なんとかクリアしたぞ」
「でもまだ第2問もあるんじゃない?4チームになんて絞れてないし」
「確かに。とりあえず、次は事前にgoogle開いているからなんとかなるだろう」
とにかく出来る限りのことはしよう。それでダメなら仕方ない。
「それでは第2問。現在の国連事務総長はパン・ギムンである。○か×か?」
「これは○だね」
「OK。それじゃあ信じよう。○に」
それから3問ほどの問題を終え、
僕らは全てをクリアし、決勝ラウンドに進出することが出来た。
残ったチームは僕らを除くと高校1年のグループが2つ、高校2年のグループが1つ。
2年対1年の対決となった。
「では決勝ラウンドスタート。最初は早押しクイズです!!」
ありきたりな展開だ。
僕らのチームはここでも順調に正解を重ねていき、
10問中6問正解と圧倒的な強さを見せつける。
「私たち強いね」
「それぞれのジャンルで強い人が集まっているからねぇ」
スポーツなら川野と僕。音楽なら池田に大石。雑学に強い中沢。
バランス良くそれぞれが答える見事なチームワークだ。
「ここまではBチームがリード。では第2ラウンドに行きます。第2ラウンドは借り物競走です」
「ちょっと待て。借り物競走はクイズじゃねえだろ」
思わず突っ込みをいれる僕。
そんな僕を無視して話を進める司会橋本。
これで2度目のイメージダウンだ会長。
「このクジを引いて書いてあるものを借りてきてください。それではAチームからどうぞ」
Aチームが何を借りなければいけないのか、
このチームの物次第で僕らがどんなものになるか連想することが出来るはずだ。
Aチームの借り物それは"職員室に置いてあるたぬきの置物"
「そんなものが置いてあったのか?」
「あー確か岡山先生の席の後ろに置いてあったような?」
なんにせよかなりめんどくさそうなものを引いたようだ。
Aチームは脱落と思っていいだろう。
「では次にBチーム引いてください」
ちょうど僕の目の前にクジの箱を渡してきたので僕が引くことに。
結果は…"理科室にある人体模型"
「これって無許可じゃないだろうな?」
運び出して、あとで怒られたんじゃたまったもんじゃない。
「もちろん事前に許可はとっているから大丈夫だと思います」
「それにしても人体模型ってかなり重そうだし、無理じゃないか?」
それに「思います」って随分と適当な回答だな。
続いてCチームは教頭のメガネ。
そして最後のDチームが借りてくるものは…"生徒会副会長の横山"
「ってなんだそりゃ。借り物競走の借り物に人間なんてありかよ」
なんということだ。
思わぬ形で横山と会うことになりそうだ。
僕らが人体模型を借りてくるのを半場諦めムードの中、
他の3チームは職員室に行くなり、横山を探すなりに追われているようだ。
観客を置き去りにして借り物競走なんぞを始めたせいか、
いかんせん、観客の数が減っている気がする。
「ねえ、ところであと何が残っているの?」
大石が司会の橋本に聞く。
「次で最終ラウンドです。内容ははじまってからのお楽しみということで」
「ふーん。どうでもいいけど、クイズ大会なんだからクイズにしてよね」
呆れた様子の大石。
僕らが待機すること10分ほど、Cチームが戻ってきた。
「よっしゃ、一番先に借りてきたぞ」
「お、お見事。1位のCチームに50ポイントです!!」
これで僕らとCチームの得点が60ポイントで並んだ。
大会そのものには少し冷めてきたが、ニンテンドーDSは欲しいし、負けるのは癇に障る。
それから待つこと2分ほど。
Aチーム、Dチームと続けて帰ってきた。
Aチームはたぬきの置物を抱えながら帰ってきて、
Dチームは横山を連れての登場だ。
「Aチーム、Dチーム残念。すでにCチームが1番早くゴールしているので0ポイント!!」
司会の橋本が大会を進行している間、僕と横山と目が合った。
僕から声を掛ければよかったのだろうが、今の状況では声が掛けにくい。
横山も僕に気付いたはずだが、僕に何も言ってこない。
進行役とはいえ、そこまで堅苦しくやることはないだろうと、
彼女に対して少し苛立ちを感じた。
「では最終ラウンド。最終ラウンドは総当たり戦で各チーム戦ってもらいます。ルールは簡単。クイズに答えるのに早押しではなく"ハンマー&ヘルメット"で勝ったチームが解答権があるクイズです。3ポイント先取でクイズの解答は代表者のみでお願いします」
「ハンマー&ヘルメットってなんだ?」
「あれだ。ジャンケンで勝ったほうがハンマーで相手の頭を叩く。負けたほうがヘルメットで頭を守るってゲーム。ヘルメットを被るのが早ければ再度ジャンケン。ハンマーで叩くのが早かったらそいつの勝ちだ」
「ほう。要するに反射神経勝負か」
「まあ、そんなところだ」
「ではまず初めにAチーム対Bチーム!!代表者前にどうぞ」
司会橋本が僕らを促す。
「どうする?誰が代表で出るんだ?」
僕が周りを見ながら言った。
「川野はやったことないみたいだし、石橋が最初行ってよ」
大石が僕に手で行けと合図を送る。
「僕からか。まあどうせ5人全員やることになりそうだしな」
渋々ながらも先鋒役として前に出る。
横目でチラリと横山を見たが特に僕を気にする様子はない。
「がんばれ」と一言あればそれだけでやる気が出るのに残念だ。
ゲームが始まると僕はじゃんけんで勝ち、速攻でハンマー攻撃。
楽勝で僕の勝ちが決定。
こういうくだらないゲームは得意なんだ。
この後、Aチームとのゲームは僕らの勝利に終わり、
続くCチーム、Dチームとのゲームも僕らの勝利。
「優勝はBチームです!!おめでとうございます。優勝したBチームにはニンテンドーDSをお渡しします」
代表として僕が受け取る。
「やったね。で、これどうする?ジャンケンで決める?」
5人分は用意されていないため、1つのDSをどう分けるかを考えなければならない。
「それでいいんじゃない?それじゃあ早速…」
「じゃんけんポン」
僕の勝利。
うれしいといえばうれしいのだが、ソフトも購入しないといけないし、
かえってお金が掛かりそうだ。
「それじゃあ、また明日。明日は青田のバンドの演奏があるでしょ?」
「そうだね。それじゃあそのときにまた」
「バイバイ」
これにて文化祭初日が終了。
カバンに入ったニンテンドーDSと僕の携帯に届いた横山からのおめでとうメール。
僕は携帯のメールを見るたび一人ニヤニヤしながら眠りについた。
昨日、あれだけ晴れていたのが嘘のように、
ドシャブリの雨の中で行われることになった文化祭2日目。
雨の影響で屋外でのイベントのほとんどが中止になってしまっていて、
その中止になったイベントの中に、青田が出るはずの高校生バンドによる演奏もあった。
「ちぇっ。折角この日のために練習してきたんだけどなぁ…」
降りしきる雨を眺めながら愚痴る青田。
無理もない。
ここ数週間、いや実際はおそらくもっと長い間この日の為に練習してきていたのだろう。
それが披露することなく終わってしまったのだから。
「僕も楽しみにしていたんだけどなぁ…。残念だ」
「ドンマイ。今度どこかで俺達に見せてくれよな」
僕自身、楽しみにしていたということに偽りはない。
正直、今回の文化祭の一番の楽しみだった。
青田を慰める僕と川野。
そんなとき、突然、校内放送が流れる。
「えー生徒会よりお知らせがあります。本日中止とお知らせしました、高校生バンドによる演奏のイベントを体育館に場所を変更して行いたいと思います。繰り返します…」
校内放送の声は聞きなれた横山の声だった。
「おい、聞いたか?バンドやるってよ!!」
喜びながら青田の肩を叩く川野。
「おおー。マジか。準備しないといけないな」
驚きを隠せない顔の青田。
「でも、時間とかどうするんだろ?」
「そのうち連絡が入るだろう。とにかくやるってことは間違いないだろうから」
僕らがはしゃいでいると更に放送が続いた。
「バンドの開催時間ですが予定の13:00からではなく14:00から開始とさせていただきます。尚、出演予
定のバンドの皆さんは13:30までに集合くださいますよう宜しくお願いします」
「だってよ。ちょうどあと30分くらいか。さっさとメンバー集めろよな」
「ああ、ちょっと連絡せんといかんな」
青田から連絡する前に彼の携帯電話が鳴り出す。
どうやらバンド仲間から先に彼に連絡があったようだ。
「おっし。それじゃあ行ってくる。お前らに負けないように優勝してくるわ」
「おう、頑張れよ」
「頑張ってねー」
僕らに背中を向けながら手を振る青田。
なんだか妙に格好いい。
「なあ、どうせすることないし、俺らも今のうちに体育館の席キープしておいたほうがよくね?」
「確かに。体育館だと尚更混みそうだし、早めに行ったほうがよさそうだ」
僕らが体育館に足を運んだときには、すでに他にも多くの人がつめかけていた。
本当なら最前列をキープしたかったのだが仕方がない。
「人の多さと外の雨の影響からか凄い湿気だね」
大石がハンドタオルを手に言う。
確かに息が苦しくなるほど、ジメジメした環境だ。
「まだ開始まで時間あるし、飲み物でも買ってくるよ。何か希望はある?」
「あー、私も一緒に行くよ」
僕と大石二人で買出し、他の3人には席をキープしてもらうことに。
「でも良かったね。中止だと思ってたから余計にワクワクしてきたよ」
「だよね。青田たちは何番目くらいにやるんだっけ?」
「どうなんだろ?パンフレットみたいのあったはずなんだけどなぁ…」
「あとでついでに取りに行くことにするか」
「そうしよう」
僕自身、一時期大石に好意を抱き始めていたことがあった。
誰にも話すことなく、何をするわけでもない淡い恋心は今となっては過去の話だ。
でも、そのとき僕が気になっていた青田と大石の関係はどうなったんだろう?
僕自身が客観的に見ることが出来るようになったせいか、
好奇心からか、二人の関係を冷静に見てみたくなってきた。
「なあ、最近青田と会ったりしてる?」
突拍子もなく聞く僕。
言った後に直球すぎる自分の言葉を少し後悔するがもう遅い。
「ん?いや最近というか前からそんなに会ったりしてないけど?」
何言ってるの?といわんばかりの言い方で答える大石。
こんな一言で判断してしまうのもなんだが、どうも大石は青田にその気がないに感じる。
「いやさ、最近、僕は彼と話していないから彼がどの程度練習しているかとか、どんなパフォーマンスをするかとか聞いてないから。気になってね」
「んー、私もバンドで何やるかとかは全然聞いてないね。ロードオブメジャーの"大切なもの"を歌うんだっけ?」
「そうそう。それは僕も聞いた。あいつはギター担当だね」
「青田とギターって似合ってるよねー」
「青田はなんちゃってじゃなくて、本当にうまいみたいだから期待出来ると思うよ」
「でも、青田以外のメンバーのレベルはどうなんだろうね」
「それは、僕もちょっと分からないけど、やっぱりそれなりに高いんじゃないかな」
帰り際に体育館の入り口で演奏の順番が載っているパンフレットを受け取る。
どうやら青田の出番は10組中最後から2番目のようだ。
さきほどよりも更に混雑した人ゴミを掻き分けながら川野達と合流する。
「お待たせ」
「おう。サンキュー」
ペットボトルを皆に配りながら、ステージを見上げる。
1組目の準備がすでに始まっていて、ドラムにスピーカーが舞台の上に並べられていた。
「そろそろ開始か」
「あと5分くらいかな。青田はいつ登場するんだろ?」
「最後から2番目みたいだね」
そう言いパンフレットを川野に渡す。
「おっ、板津も出ているのか」
「知り合いか?」
「ああ」
僕らがパンフレットを見ながら話していると、舞台に横山が登場する。
このイベントの担当者は横山だったのか。
雨天中止を取り消したり、
このイベントが行われるのも彼女の見えない頑張りがあるからこそなんだろうな。
「皆さんお待たせしました。それでは第10回目となる学生バンドの演奏会を始めます!!雨の中で体育館の中になってしまいましたが、雨も吹き飛ばすような熱い音楽を聞かせてもらいましょう!!」
彼女が自分の役目を終え、舞台を降りると1組目の演奏が始まった。
最初は高校1年生の男子4人のバンド。
体育館は彼らが登場すると一気に盛り上がり、演奏が始まると同時に歓声が静まりかえる。
この空間を彼らが支配し、歌い、演奏する為の空間へと変わっていく。
この雰囲気を体感するとスポットライトを浴びる彼らに偉く憧れてしまう。
バンドを組んでいる人がやたらモテるもの分かる気がする。
「思っていたことだけどやっぱりこういうのっていいよなぁ」
僕が誰に言うでもなく呟く。
「だよね。私たちにとって最後の文化祭だし、いい思い出になりそうだね」
残りまだ1年以上ある僕らの高校生活。
だけどきっと来年の今頃は僕らは受験戦争の真っ只中で、
ライブを楽しんでなんていられないのだろう。
「最後の思い出か…」
「何一人で感傷に浸っているの。まだ早いんじゃないの?」
僕を茶化すような言い方で大石が言う。
「そうだね。さて次は誰の登場だ?」
続けて、またも男子4人組の正統派ロックバンド、
そして女性グループのバンドと続き、ヒップホップ系のダンスユニットに、
もの凄いメイクで登場したV系バンド。
様々なジャンルの生徒たちが繰り出す演奏やパフォーマンスに歓声を送る。
生徒数の多さに嫌気が指すことも多いけど、
こういうときはつくづく生徒数の多さに比例する個性派達がいてよかったと思う。
「おっいよいよ出番か」
川野が青田を見ると飛び切り大きな声で歓声をあげる。
その声は青田に届いたようで、チラリとこちらを見ると青田が話しはじめた。
「えー、演奏前に一言だけ。僕らは高校2年でそろそろ受験に備えての準備をしなければいけません。だから最後に…思いっきり楽しみましょう!!」
青田がそう言うと一際大きな歓声が沸き、演奏が始まった。
ボーカルの横でギターを弾く青田。
スポットライトを浴びる彼を見上げる僕。
そこにはいつもの軽い雰囲気はなく、真剣にギターを弾く彼がいる。
思えば川野がサッカーの試合のときも同じ表情をしているし、
文化祭の準備に真剣に取り組んでいた大石たちも同じ顔をしていた。
「ありがとうございました!!」
演奏を終えると彼らは舞台を去り、最後の一組が入れ替わりに登場する。
「凄いね」
「うん」
大石と中沢が感心している。
僕も同じ気持ちだし、きっと川野や池田も同じ気持ちだろう。
文句なしに凄かった。
僕は音楽評論家でもなんでもないから細かいことは良く分からないが、
彼らの音楽で感動出来たのだから、最高だったと言っていいものだと言い切れる。
「ねえ、優勝出来るかな?」
「どうだろう?でも間違いなく素晴らしかったと思うよ」
「大体これ、優勝とか決める必要なくないか?感じ方は人それぞれだし、どれもそれぞれ凄かったし」
川野の言うことは正論だと思った。
教師の評価で優勝を決めるシステムなのだが、
わざわざ順位をつける必要なんてないんじゃないかと思う。
皆楽しかった。それでいいじゃないか。
全ての演奏が終わると再び横山の挨拶が行われ、
次に音楽の教師が舞台へと上がってきて、優勝と準優勝の発表となる。
「えー正直、私自身このバンドを毎年楽しみにしていて、毎年素晴らしいものを見せてくれて本当に素晴らしいイベントだと思ってます。どれも素晴らしい演奏とパフォーマンスを見せてくれて本当に今年も素晴らしいもので感動しました。本当に感動しました」
「ったく、話しが長いな」
川野がボソッと突っ込みを入れる。
「私としては全員優勝としたいところなんですが、一応決めなければいけないということで優勝と準優勝を決めました。本当に悩みましたし、どれも素晴らしかったことは疑いようがありません。ではまず準優勝から…」
皆、息を呑んで発表されるグループを待つ。
ここで発表されれば2位確定。
誇るべきものなのだろうけど、
優勝を目指す青田にとってはここで発表されては微妙な気持ちだろう。
「準優勝はKUZUバンド!!」
青田のグループではない。
湧き上がる歓声と拍手の中で準優勝の盾を受け取るメンバー。
「えーでは続きまして優勝は…EARTHSHAKE!!」
「お!!青田達じゃないか!!」
「うおー、やりやがった!!」
「やった!!やった!!」
自分のことのようにはしゃぐ僕ら。
優勝の盾を受け取る青田は笑顔で僕らに向けて手を上げる。
スポットライトを浴びる青田は最高に格好よかった。
「えーみんな2日間に渡る文化祭も無事終了し、お疲れ様でした。打ち上げをするなとは言わないけど、ハメをはずしすぎないようにな」
担任教師の締めの言葉で、文化祭は多くの思い出を残して終わりを告げた。
「よっしゃー、打ち上げどこ行く?カラオケだと青田が中心になりそうだしなぁ…」
いつもに増してテンションが高い川野。
カラオケと聞くと横山のことを思い出してしまう。
彼女も今頃きっと打ち上げを何処にするか考えているのだろう。
一緒に行く相手は生徒会のメンバーか、
それともクラスメイトかは僕に想像はつかないけれども。
僕らに限らずクラスメイト達は皆、
文化祭から解放されたせいか、いつもより何割増しか明るい顔をしている。
来月になれば、今度は本当に最後のイベントとなるであろう修学旅行が待っているけれど、
きっとこの文化祭か、修学旅行が多くの生徒にとって最高の思い出になるのだろう。
そんなことを考えながら、騒ぐクラスメイトを眺めていた。
「よう、何しけた面しているんだよ。お前は何処か行きたい場所はあるか?」
「いや、特には」
青田からの質問に対して、つまらない返答をする僕。
特別行きたい場所なんて特にない。
僕らが行くところといったらファミレスかカラオケが定番で、
他と言われてもゲームセンターくらいしか思いつかない。
「ねえ、石橋の家でまた前みたくみんなで何か作って食べようよ」
大石が思いついたように言う。
「おおーそれナイスアイデアだね。そうしよう。みんなもいいよね?」
大石の意見にみんな賛成らしい。
僕の家の事情を聞く前に、行き先を僕の家に決定されても困るわけだが、
家の事情なんてありっこない。
「僕の家で集まるのはいいけど、何も用意していないぞ」
用意していないどころか、散らかしっ放しの状態だ。
見られて困るものが放置していなかったか考えたが、
見られて困るものは常に見られないような場所に置いてあるから大丈夫なはず。
「そんなの全然構わないよ。それじゃあ適当に駅前のスーパーで買い物してから行こう」
駅前のスーパーへと向かう僕ら。
前回、僕の家で鍋パーティーをやったときとの違いは、
メンバーに池田が追加されたことと、今回は鍋でなくギョーザが主食になることくらいだ。
「ギョーザって何を材料にしているんだろ?豚肉とタマネギ?」
「いや、豚肉とキャベツ、ニンニクにショウガってところじゃないか?」
「キャベツじゃなくて白菜が普通じゃないの?」
意見が割れる僕ら。
中に入れる具材はカレーと同じように家によって異なるのだろうか?
「先に本屋かなんかでレシピ調べてからのほうがいいんじゃないの?」
僕がまっとうな提案するものの、
「折角なんだから色々試してみよう」
という川野の意見に賛成の声が多く、僕ら堅実派の意見は却下されることに。
結局、買った具材は豚肉、キャベツ、白菜、タマネギ、ニンニク、ニラ、ショウガ…、
ここまではある程度、一般的な具材。
続けてチーズ、納豆、シーチキン、サツマイモ、バナナ、
トマトにチョコレートと危険な香りのする食材が続く。
「かなり買ったな。これだけあればお腹いっぱいになりそうだ」
「食べられる味ならいいけどなぁ」
キャベツと豚肉のギョーザ、白菜と豚肉、タマネギに豚肉。
ここまではある程度いけそう。
続けて、チーズにトマト、納豆、シーチキン、サツマイモ、
バナナチョコと段々怪しくなってくる。
「大体チョコレートって溶けてめちゃくちゃになるんじゃないか?」
「そこを皮でカバーする」
「いや、出来ないだろ」
「俺の予想ではチーズはいけそうな気がする」
「バナナチョコもデザート感覚でいけるんじゃない?」
様々な憶測を呼ぶ色物ギョーザなど、全てのギョーザを作り終えいよいよ食事。
まずはキャベツと白菜、タマネギの比較から。
「キャベツが一番おいしくない?」
「私も」
「私は白菜のほうが好きかな?」
僕はキャベツ派。
この戦いはキャベツ4、白菜2、タマネギ0の結果に。
豚肉との相性は好みによって分かれるようだ。
そして、ある程度お腹を満たした頃に色物ギョーザの登場。
チーズにトマト、納豆、シーチキン、サツマイモと食べてみる。
「チーズうまいな。納豆もいける」
「ってかチーズさっきの普通のよりおいしいんですけど」
「チーズが最強じゃね?」
予想外の事態。
チーズとトマトの餃子が非常においしい。
イタリアンな味でギョーザとは別物の味だけれども、これはこれで普通においしい。
色々と試してみるものだ。
僕としては納豆ギョーザもなかなかだったが、シーチキンとサツマイモに関しては微妙だ。
「それじゃあ最後いきますか。バナナチョコギョーザ」
「誰から食べるんだ?」
「そりゃ言いだしっぺの大石からでしょ」
「私じゃないよ言ったの。最初に言い出したのは智子だよね」
「いや、あれは冗談で言ったんだけど…。えー、私が毒味するの?」
皆で押し付けあって誰も最初に食べようとしない。
当然、僕だってこんな危険なものをすすんで口にする気にはなれない。
最終的に言い出した人からということで中沢から食べることに。
皆の視線が中沢の口に集中する。
「いや、おいしいよこれ」
「マジかよ!!」
川野が続けとばかりに口に入れる。
「なんか微妙だぞ…」
「タレつけて食べたからじゃね?普通、これにタレつけないだろう」
青田から鋭いつっこみが入る。
「あーおいしいってほどではないけど、悪くはないね」
「私は好きだなこれ」
意見が割れるものの、人によってはいけるようだ。
だけど、ホットプレートにチョコが垂れるのは予想通り。
他の餃子と混ぜると大惨事になっていたな。
「それじゃあまたね。バイバイ」
ギョーザパーティーを終え、適当に談笑し終えたころに、
皆を玄関で見送り、僕はソファーに寝転んだ。
今日は本当に楽しい一日だった。
少し前まで眠れない日々が続いたあの頃が嘘のように、
この日も僕は心地よい眠りにつくことが出来た。