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マスクマン  作者: 十色市
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第1話〜2つの顔〜

この日も僕はいつものようにコンビニで夕食を買っていた。


ここ最近定番のカップラーメンとパン。

一人暮らしを始めて1ヶ月も経たないうちに、

インスタントフード中心の生活になっていた。


「ただいま」

家に着くと毎日同じセリフを口にするが、誰からも返事はない。

暗闇の中、電気をつけて、散らかったリビングへ足を進め、

お湯を沸かしてコンビニで買ってきたカップ麺へお湯を注ぐ。

なんとなくつけたテレビでは「桜の特集」をテーマにした番組がやっていた。

桜に興味があるわけでもないけれど、

満開の桜の木の下で、笑顔を振りまくアイドルを見ながら、

カップ麺とパンを口へ運ぶ。

味気のない夕食を終えると、沸かしていた風呂に入り適当な時間に寝り、

変哲のない一日が終わる。


一人暮らしの高校生。

このご時世の中では珍しい人種だ。

一人暮らしをするキッカケは僕が高校1年の秋、

親の転勤が決まりこの家を出ることになった事だった。


僕が転校したくないことを理由に、

一人暮らしをしたいという意思を親に告げたとき、

最初は当然、親の猛反対を受けた。

だけど、僕の強い意見と家の大家が親戚の叔父さんであることが幸いし、

最後は渋々ながらも納得し、なんとかこうして一人暮らしを始めることが出来た。


一人暮らしというとクラスメイトからは羨ましがられることが多いけれど、

いざ始めてみると親のありがたみというのが良く分かる。

両親がいたころは当たり前だった夕飯は自分で作らなければならないし、

洗濯も風呂も掃除も自分でやらなければならない。

今更ながら親のありがたみというのを感じる。




―ピピピピピピッ


目覚まし時計代わりにしている携帯電話が鳴り僕は起きた。

今日は僕が高校2年生として1年を過ごす最初の日だ。


いつもの朝食であるバターロールパンを口に入れて、

乾いている口を潤すために、一緒に牛乳を流し込む。

ボサボサになっている髪をジェルで整え、

アイロンがけをしていないせいでヨレヨレになったYシャツを着る。

最後にネクタイを締め、ブレザーを着れば準備完了。


僕の家から通っている高校までは自転車で10分ほど。

家から坂道を一気に下ると図書館が左手に見える。

そのまま直進し、交差点を右に曲がり、

大通りを進めば高校の校門が見えてくる。


真新しい制服を着た新入生を横目に、

僕はヨレヨレのシャツに曲がったネクタイの格好でペダルを漕ぎ、

学校の駐輪場に自転車を止めた。


「よう。今年もヨロシク!!」

高校2年生の校舎へ入ると聞きなれた声がした。

中学時代からの友人の川野だ。


「今年"も"ということはまた同じクラスだったのか」

僕は校門で渡されたクラス別の名簿を見ながら尋ねた。


「ああ、今回は運がいいぞ。運がいいというのはお前と一緒になったことじゃない。小柳に井上由佳、平泉まで同じクラスだ」

川野は学校の美人で有名な女子生徒の名前を口にした。


「女子のレベルが高いってことはそれだけ相手の要求も高いってことだ。まあせいぜい頑張れよ」

「お前は…本当に分からん奴だな。これだけのメンバーを前にしてこう湧き出る感情はないのか。まさか…。お前ひょっとしてホモ?うわっ気持ち悪!!」

川野は挑発するような言い方で僕に言う。


「事実と反するが…。言っておくが僕がホモなんて噂は流さないほうがいいぞ。僕がホモだと疑われたら僕と仲がいいお前も同類扱いされるだろうからな。さて、早いところ体育館に行こう」

体育館での始業式は退屈なものだった。

ありきたりな校長の挨拶に始まり校歌斉唱。

校長の挨拶の間は前にいるクラスメイトがどんな人なのかを眺めていて、

校歌斉唱は口パク。

始業式だっていうのにつまらない一日になりそうだ。

僕はそんなことを考えながら、これからの1年間を過ごす自らのクラスへ移動した。


「これからみんなの担任を勤めさせてもらう野本です。担当の教科は英語です。教師を始めて丁度10年で…」

何の変哲もない担任の自己紹介、授業の時間割の話と進み、

これまたお決まりの自己紹介が始まる。


自己紹介の順番は出席簿順。

つまり"あいうえお順"での自己紹介となる。

一人目、二人目が自己紹介を終ると僕の番になった。


「えー、石橋陽一です。部活はやってません。よろしくお願いします」

差し障りない、我ながら単調で面白みのない自己紹介を終え、

着席しようとすると担任教師から声を掛けられた。


「石橋君の趣味はなんですか?」


趣味…

特別に趣味なんてものはないし、

弁護士になりたいだとか、医者になりたいとか、そういう夢だって持っていないし、

お金持ちになりたいとか、名声を得たいなんて野心もない。

普段の僕は変哲のない一日を過ごすだけの人間で、

ゲームで言えば勇者でもなければ魔法使いでもない、

かといって正義の味方と戦うモンスターでもない、ただの村人だ。


そんな僕だけれども、一人暮らしの高校生ということともう一つ、

普通の人とは違う顔を持っている。

それは決して通常の学園生活では見せることのない仮面を被った顔。



パソコンが急速に発展した現代において、

情報収集やコンサートの予約など様々な分野で大活躍しているインターネット。

それは便利さと同時に裏サイト、エロサイトに出会い系と

多くの社会の闇も作り出している裏の顔のある世界。


僕はそんなインターネットの世界を利用して、

平凡な日常にちょっとした刺激を求めとして活動していることがある。


僕は特殊なスキルを持っているわけではないので、

ハッキング行為を行うわけではないし、

漫画に出てくる殺し屋のような仕事をするなんてことでもない。

あるいは、匿名掲示板で特定の人間の誹謗中傷をするような、

そういう行為にも興味はなかった。


僕が行っていること。

それは学校の俗に裏サイトと呼ばれているWEBサイトを利用して,

同じ高校の生徒から同じ学校の生徒の陥れたい相手の名前を聞き出し、

その対象者を一方的に理由もなく陥れること。


1学年が1800人からなるマンモス学校のこの学校では、

同じ学年の人と言っても顔を見たところで名前すら知らない人がほとんどだ。

つまり、同級生と言っても赤の他人がほとんど。

そんな学校だからだろうか?

学校の裏サイトの匿名掲示板では誹謗中傷がものすごい数だ。

毎日のようにクラスメイトの中傷や、部活内での不協和音の噂なんかが書き込まれている。

そんな環境だから僕のような人間が誰かの不満を聞きだすことは容易かった。


僕は依頼者から依頼されたことを実行することで、

依頼者から金を取るわけでもなく、

代わりに何かを奪ったりするなどメルヘンな取引があるわけでもない。


依頼者の対象に対してなぜ対象を壊したいのか?

その内容から僕がやる気になれば実行。

やる気にならなければやらない。

そんなことをかれこれ半年ほど行っている。


自分でもなんでこんなことをしているのか分からない。

ただ、平凡な日常に刺激と誰かがそれで満足したり、

陥れられたりするのが愉しいだけの精神異常者なのかも知れない。


「趣味は音楽鑑賞です。邦楽も洋楽も聴きます」

僕は相変わらず差し触りのない返事をして席に着いた。

自己紹介を終えるとやる気のない拍手が聞こえた。


「それじゃあ川野」

僕の自己紹介が終わり、暫くすると彼の名前が告げられる。


「川野慎太郎です。サッカー部所属です。みんなこれからよろしく」

それだけ言い終わると彼は席に着いた。

彼らしくない面白みのない自己紹介だった。


「ちっ。川野ボケろよ」

「この空気じゃボケれないつーの」

他の人の自己紹介など全く聞いていない僕らを置いて、全員の自己紹介が終わる。

最後に今年使われる教科書が配布され、

今日はこれで終わりということになった。


新学期早々、部活がある川野や友人に別れを告げ、

寄り道することなく家に帰る。


家に帰るなり早速、僕はいつものようにPCの電源を入れた。

さて、今日は僕宛に依頼メールが届いているか・・・。


"新着メール5通"


見る気の起きないメールマガジンの中に紛れて、


【はじめまして】

というタイトルのメールがあった。

おそらく僕に対する依頼のメールだろう。

どこで僕のことを知ったのか知らないが内容を読んでみる。


"同じクラスの連中にイジメを受けている。仕返しがしたいからなんとかして欲しい"


簡単にまとめるとそんな内容のものだ。

イジメられて仕返しがしたいという気持ちは分からなくもない。

だけれども、その仕返しの方法がどこの誰だか分からない僕にお願いするようでは、

一時的にイジメがなくなったところでロクな人生送らないだろう。


呆れた奴だ。

それに俺は誰かを助ける正義のヒーローじゃない。

即却下、としたいところだが、僕には自分で決めたルールがあった。


1、友人には手を出さない

2、私利私欲ははさまない

3、気に入らない内容のものでもサイコロを振り、"1"が出たら実行するというルール。


最後の3つ目は変わったルールだが、

今までどんな内容のものでもこのルールは守ってきた。


机に転がっているサイコロを振る。

カツンと音を立て僕の眼に"3"という数字が見えた。

却下だ。


近頃はイジメの仕返しやら女子生徒の盗撮画像が欲しいとかそんなものばかりだ。

こんなのばかりじゃやる気にならない。

そんなことを考えていると新たにメールが届いた。


【依頼したいこと】

同じクラスの横山という人がいます。

彼女は推薦入学を狙っているようで、教師に媚を売ってばかりで目に余ります。

彼女の推薦入学の話がなくなるようなことにしてくれないか



横山、横山友美。

聞いたことのある名前だった。

確か生徒会の副会長をしている女子生徒で、表面ではいい顔をしているものの、

影で教師に媚を売って点数稼ぎをしているという噂がある奴だ。


こいつは面白い。

教師に媚を売って点数を稼いでいるこの女を陥れてたろうじゃないか。

いいだろう。


どこの誰だか分からない君の望みを、

どこの誰だか分からない僕が叶えてみせよう。


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