3 キャベツ・クスクス
赤口示はただの一般人である。
なんて言っても、説得力は皆無であろう。示自体はあまり誇ってはいないが、彼も立派な「手紙の世代」を担う一人である。
望めさえすればそれなりの生活が出来る基盤は整っているものの、示は贅沢はしようとしない。
なんて言えば嘘になってしまうのが示だ。ただ金欠なだけである。きゅうりのためならば贅沢はするが。
世代の仲間入りしたとはいえ、ちゃんとその誇れる仕事をしないとお金は貰えないのだ。それが世間一般の常識であり、それは「手紙の世代」にも共通する。
示は仕事をしたいのだが、行動範囲が広い同族に勝手に持ち分を拐われるか、きゅうりを熱心に食べていたのを自宅の窓から見られ、気を遣わせてしまいそもそも依頼がこない……なんてことがしょっちゅう。
そろそろ本気で生活しなければ、と思っていたところだ。
でも示はいい人で、どんな依頼でも受けた限りは必ず成し遂げてみせる逸材(?)であった。
頼んだ日程より早く届けてくれたり、報酬の交渉も上乗せも図らないし、依頼主と届け人にはきゅうりをプレゼントしたりと、細かいところまで配慮に磨きがかかっていた。
それが周囲からの評価であり、示の変わっているところでもあった。
それがあって、示は周りの人たちからもすこぶる評判が良い。
ただ、きゅうりが異常に好きで、レモンジュースと一緒に食べるところは囲いの人々も謙遜してはいるが。
示は世代入りしてからそれほど経たない内に、この村にやって来た。
王都から遠すぎずも近すぎずもない、極々平凡な村であった。
唯一自慢出来ることと言えば……他の村よりも施設やスポットが充実している事くらいだろうか。
何故こんな村に住んでくれるのか、という問いには答え飽きた。
──ここが、落ち着くからだよ。
以前、いつかここを訪れた時、示は妙な安心感を覚えた。
何だろう…………いいな、ここ。
という訳で、前に住んでた王都間際にある借家の家主に「郵便配達員様をこんな所に止めさせるなんてっ!」と言われ、半ば暴走状態で追い出されたついでにここにやって来た。
その時は、貴重なメッセを使うことに惜しみを感じることはなかった。
「やっぱ…………いいんだよな、ここ」
「そうだよね、うん。それより、手紙を読んでみたら?」
「あ、あなたは……」
玄関前でぶつぶつ言ってたら、いつの間にか数分が経っていたようだ。恥ずかしいな……。
声をかけてきたのは、この村でも一番と噂される美人村娘、カスミ・スークだ。穏やかな佇まいと、低めの身長は他の人にも人気がある。
歳は多分俺と同じくらい……だと思うけど、聞くとなると恥ずかしいから聞かない。多分これから一生。
「はい、ぼーっとしない。シャキッとしなさい!畑で採れるキャベツのように」
「きゅうりのように、が良かったな」
「キャベツもおいしいのよ?」
「きゅうりには勝てないよ」
手紙には、こんなことが記述されていた。
なんども言うが、腹立たしいことこの上ない。だけど、少し興味はあった。
いままで、集会だなんていって集まったことも、そんなことがあると聞いたこともない。
それに、意味深に「臨時」と書いているだけのことはあるはずだ。そう信じたい。
用が検討違いだったら、俺はきゅうりを食べる。覚悟しておくがいいさ、配達長さんよ。
──精読、開始。
『この度はこの手紙を読んでくれてありがとう。読んでくれなかったらどうしようかと思ったよ』
「実際ガキに破られかけたし、読む気が向くなんて思ってなかったよ」
「…………ふふっ」
余裕の澄まし顔で突っ込むと、隣から手紙に顔を覗かせるカスミの笑い声。
何気に嬉しくて、つい調子に乗ってしまいたくなる。
『さて、早速本題に入ろう。長々しい世間話は、皆後免のはずだからね』
「いいからとっとと本題に入れよ」
「お、お厳しいのね……」
『今回は、君たちに臨時集会のため、王都まで足を運んでほしいんだ。とある事件が発生してね。その解決のための知恵と勇気と愛を貸してほしい』
「事件……?何だろう」
「まさか、手紙泥棒でもあったのかしら……とびきり重大な」
手紙泥棒は、このメイル王国ではトップクラスに罪の重い非行である。
他人の手紙を勝手に読み、行方も分からせないままそれだけが取り柄の逃げ足で逃げる。それだけの最低な奴等だ。もちろん郵便配達員──「手紙の世代」の敵であり、憎むべき存在だ。
中には、奴等の名を聞いただけで発作を起こすほどの人もいるという…………。
『その件については、また王都で話そう。それよりも、だ』
「ま、まだ何かあるのか?もう俺疲れたよ?これ読むだけで」
「手紙さんに失礼だこと」
そういうカスミこそ、どこか楽しそうにクスクスと笑っていた。
笑顔に一通り癒され終えると、俺は少しの元気を取り戻す。空元気なのに違いはない。けど、頑張れる気がする。
さてさて、一体何が…………。
『王都で「手紙の世代交流会」を開催することの方が重要だね』
「…………へ?」
「楽しそうね!どんなことをするのかしら」
俺は呆気にとられたけども、彼女を不安にさせないために、四割放心状態の中、手紙の続きに目を通し続けた。
カスミの名前を漢字で書くとすれば「架墨」と書きます。
墨は手紙を書くときの羽ペンのインクからとってます。なんか日本で見たら凄い個性的な名前ですね……。