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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

森の魔女

作者: くものす

 薄暗い森の中を二人の男が歩いている。二人とも防具を身に着け荷物袋を背負っている。さらに、一人は髭面の中年で腰に剣、もう一人は人の良さそうな青年で背中に長剣を装備している。一般的な冒険者の出で立ちだ。

 

 すっかり日も傾き、ただでさえ薄暗い森の中がさらに暗くなってきた頃、青年が隣を歩く中年に声をかけた。


 「あそこに明かりが見えませんか?」


 青年が指さす先を見ると確かに木々の間から明かりが見える。

 一応、二、三日野宿できる荷物は背負った袋に入っているが、そろそろ宿を借りている近くの村に戻らねばならないと考えていた二人は最後にその光の光源を確かめる事にした。

 二人が草木をかき分け明かりの方に歩いて行くと小さな道に出た。森の中の小さな道といっても獣道ではなくある程度整備された道だ。どうやらその道沿いにぽつんと一軒だけ建っている建物が明かりの発生源らしい。


 「おい、こんな所に宿なんてあったか?」


 中年の男は建物の看板を確認して言った。冒険者として来る前に一通りこの地域の情報を調べてきたが、こんな所に道や宿があるなどという話は聞かなかった。


 「いえ……ですが、この辺りは冒険者が頻繁にくるようなところではないので」


 冒険者ギルドに集まる情報は冒険者どうしでの情報共有や市井で噂からくるものが多い。冒険者があまり来ないこの森に関する情報は少ない。最新情報となれば尚更だ。


 「俺たちが偶々知らなかっただけってか?」


 「はい、もしかしたら国が帝国との交易路の整備をやる気になったのかも知れません」


 確かにこの辺りは帝国と行き来するのにそう悪くない土地だ。交易路を整備するなら他にもっと良い土地がある気もするが、いかんせん荒れくれ者の冒険者二人に政治のことは分からない。言われてみれば道も宿も新しく、比較的最近作られたものだと分かる。

 とにかく、辺りもすっかり暗くなってきた今、近くの村まで戻るか迷った二人だったが、明日もこの森を探索しなければならないためこの宿に泊まることにした。幸い金も幾らか持ち合わせていた。


 「いらっしゃーい」


 宿に入った二人を出迎えたのはいかにもやる気のなさそうな声だった。見ると恰幅のいい中年男が一人カウンターに突っ伏してこちらを見ている。


 「二人かい? 二人部屋と一人部屋を二部屋、どっちもあるよ」


 青年に伺うような視線を向けられた中年の男が応える。基本的な方針は冒険者としてより経験を積んでいる中年の男が決めることになっている。


 「……安い方で」


 「じゃあ、二人部屋だね。夕食も出そうか?」


 「出せるのか?」


 男に疑いの目を向けられた店主は椅子から立ち上がり肩を竦めた。明らかにやる気がなさそうな上にカウンターに突っ伏して寝ていたのだ、まともな食事が出てくると思う方がおかしい。


 「簡単なもので良ければ出せるよ。まあ、あんたらが持ち歩く保存食よりは良いだろうな」


 確かに冒険者の台所事情はあまり良いとは言えない。干し肉や乾燥パンなど持ち歩ければ良い方で、店主の言う保存食など味しない粉っぽい塊だ。安さと嵩張らないことだけが取り柄である。


 「……頂こう」


 「じゃあ、部屋に荷物を置いたら食堂に来るといい」


 そう言って店主は部屋の鍵を渡した。


―――――――――――


 二人の冒険者が荷物を片付けて食堂に行くと既に夕食が用意されていた。

 食事の用意がされているテーブルが一つしかないところを見ると宿泊者は自分たちだけかもしれない、などと思いながら男達が席に着くと厨房からスープが入った鍋を持った店主が現れた。夕食はスープとパンにちょっとした芋料理らしい。店主の言う通り質素ではあるが一般的な安宿の水準は満たしている。それどころか王都でも悪質な宿はもっと酷い夕食を出す。


 「あんた等、こんな何もない森で何してるんだ?」


 鍋をテーブルに置いた店主が問いかけた。

  

 「この森で最近魔女が目撃されているらしいのですが、何か知りませんか?」


 「魔女ぉ? 知らないな。それがどうしたって言うんだい?」


 青年の返答に店主が素っ頓狂な声を上げる。森に住みついた怪しい魔女など普通は子供向けの童話でしか聞くことが無い。

 大きな都市に行けば魔法を修めた者、所謂魔法使いや魔女、魔術師と呼ばれる人物に会うことも珍しくはないが、そう言った人物が態々不自由な森の中に住むことは珍しい。そんな酔狂なことができるのは不自由をものともしない程魔法を究めた高名な魔法使いだけだろう。


 「その魔女が水と水晶の国への入り口の秘密を知ってると王都で噂になっているのです」


 「そりゃあ…また、突拍子もない話だな」


 水と水晶の国は伝説に語られる「隠された土地」の一つで、見れば魂を奪われると言われる程美しい景観の土地に永遠の若さを保つ美しい種族が暮らしていると言われる。


 「その噂を聞いた国王が魔女の生け捕りをギルドに依頼したってわけだ」


 そう言う中年の男の顔には呆れと疲れの入り混じった表情が浮かんでいる。森の魔女と伝説の土地などと言う胡散臭い噂を信じて何も無い森まで行こうと思う冒険者は当然のように皆無で、冒険者ギルドでは扱いに困ったその依頼をそこそこ腕の立つ二人に任せたのである。二人としてはとんだ貧乏くじを引かされてしまったようなものだ。


 「俺は先に寝るぞ」


 隣に座る長剣の男に声を掛けて席を立つ。

 テーブルには彼の分のスープがまだ残っていた。


 「おや? 口に合いませんでしたか?」


 「いや、食欲がないだけだ」


―――――――――――


 夜、二人の冒険者が泊まってる部屋の扉が音も無くゆっくり開く。

 いびきをかきながら眠っているに青年に音もなく近付いた人影は青年の首に手に握っているナイフを突き立てた。


 「……」


 青年の事切れる手応えを襲撃者が感じた瞬間、もう一つのベッドから飛び出した男が手に持った鞘から素早く剣を抜きナイフを持つ人影に叩きつける。

 その一撃が襲撃者の頭を叩き割る寸前で両手で支えられたナイフの腹が剣を受け止めた。ナイフの刀身に刻まれた文字が光を放ち店主の顔を照らし出す。


 「魔剣かっ!」


 ルーン文字が刻まれた武器は強力な魔法が宿った貴重品だ。それを持つ店主は魔女について何か知っているかも知れない。さらに、魔剣を制作出来るとなると魔女自身も相当な術者ということになる。

 店主が怪しいと考え青年を囮に一撃で蹴りを付けるつもりだった男は、自身の考えが甘かった事に気付き唇を噛む。店主が想像以上の手際で青年を手に掛けたことも誤算だった。そんな男に店主が声を掛ける。


 「お仲間を見捨てるとは、酷い方だ。あなた、夕食のスープに睡眠薬が入っていた事にも気付いていましたね?」


 「そいつが死んだのは半分自己責任だ。それにお前程度、俺一人でも」


 「倒せますか?」


 剣を止められナイフが通常のものではないと気付いた男は、背後に飛び退き態勢を立て直そうとする。しかし、店主は即座に床を蹴って射ち出された矢の様に飛び出すと、その勢いのままナイフを突き出した。その鋭い一撃を身体を捻ってなんとか躱した男は店主に横殴りの斬撃を叩き込む。


 「くっ」

 

 片手で受けきることができないと判断したのか、店主はナイフで受け止めながら後ろに飛び退くことで衝撃を殺す。

 男に吹き飛ばされた様な形になった店主は、壁に叩き付けられる寸前で壁を蹴り宙に飛び出した。さらに、その体型からは想像出来ない身軽さを見せ空中で宙返りして天井を蹴ると、あっと言う間に追撃に移っていた男の背後を獲った。

 しかし、そんな曲芸を見せられた男は僅かな動揺も見せず、背後の店主に正確な回し蹴りを繰り出す。


 「ぐっ」


 回し蹴りはクロスした両腕で防がれたものの手応えを感じた男はさらに剣を降り下ろす。

 蹴りの威力を殺し切れなかったのか、これまでの顔色一つ変えなかった店主が苦悶の表情を浮かべながら飛び退く。


 距離を取った店主の左手には既に次の攻撃のための光が灯っている。店主が何かを呟きながら左手を軽く振ると、部屋に置かれていた椅子が吹き飛び剣を持った男の右手から襲い掛かった。

 

 「くそっ!」


 椅子の方に男の注意がそれた一瞬で店主は男をナイフの攻撃範囲に捉えていた。防御しようと咄嗟に挙げられた左腕が驚くほど容易く切り落とされ宙を舞う。


 「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…っ……」


 続く一撃は流れる様な動きで男の心臓を捉えた。

 心臓にナイフを突き立てられた男が支えを失って人形のように崩れ落ちる。


 何事も無かったかのようにナイフを鞘に納めた店主が何かを呟くと、その体はみるみるうちに引き締まり、女性的な体つきに変化し髪は伸び、服のサイズも体に合わせて小さくなる。

 変化が終わるとそこには美しい青髪の女性の姿があった。


 「ここはもうダメね」


 そう言って溜息をつくと部屋の扉に手を当て、呪文を唱える。

 彼女が薄く光を放つ扉を開くとその向こうは安宿の廊下……ではなく、夜空の下で薄く発光する草花で覆われた丘の上だった。眼下には大きな都市が広がり、その中で一際大きな建物は水晶の様に月明りを受けて煌めいている。


 「我らが女王陛下に永遠の繁栄を」

 

 そう呟いた彼女はゆっくりと丘を下っていった。

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