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ノスタルジックな文章ください

ノスタルジックな田舎の文章ください

作者: 林行

 小学校の屋上から裏山の山頂まで、一本の吊り橋でつながっている。

 放課後、不注意な用務員の部屋から盗み出した鍵を使って、年齢、背格好、それから服装にもいくぶんのばらつきのある子供たちの群れが屋上に侵入する。暮れかけた陽を反射する校庭を眺めて感動もあらわに叫びだしそうな少年をおとなしげな少女が引っ張る。ふせてふせて、と年嵩の眼鏡の少年が息を潜めるようにして言い、全員が慌ててしゃがんだ格好のまま、あふれだす笑いを抑えきれないでいる。

 校庭が見晴らせる位置とは反対側、屋上から少しだけ突き出した、普通なら給水タンクでも載せていそうな凸型の基部の上に、木製の天蓋をそなえた一種の東屋がある。子供たちは身をかがめたまま、突然の嵐と雷を避けるようなどこか滑稽な姿勢で、その目指す場所へと駆け出していく。

 東屋の中には碑とも卓とも見える石が置かれ、近づいてみれば八角の形、縁に十二支が刻まれている。これ方位石だ、と見るなりおさげの少女が声を上げる。

 あっちが南で、と少女は校庭の側を指さす。

 こっちが北ね、と向き直った方角には裏山があり、その鬱蒼と茂る林の中へ吊り橋が細く、長く伸びている。


 吊り橋の先には赤い鳥居が見える。

 一番年下の女の子が、真っ先に吊り橋の上へと足を踏み出していき、両脇のロープにつかまったまま、木の板の上で飛んだり跳ねたりを繰り返す。幸いなことにロープは細かい網目模様に編まれて、吊り橋をほとんど一本の細い管のようにしているので、いくら小さな子供でも潜り抜けて落下する危険はない。とはいえ今、少女をあきれた顔で見つめる子供たちのほとんどは、これから吊り橋を渡ることにほのかな恐怖を感じているのだが。

 風を受けてわずかに揺れていた吊り橋がきしみ始める。

 ある子供は一人で、別の子供は誰かに手を引かれて、結局九人全員が橋に体重を預けた。

 ここから左右を見渡せば、点在する林を島のように囲んで地平線まで広がる大水田が見え、執拗な波状紋を描き出す毛細血管に似た畦と、没落する太陽の残照を映して暗く輝く水田が、終わりのない地と図を描いている。この遠浅の海の遠近には案山子が立っていて、昼のあいだ戯れていた鳥たちの帰巣を見送っている。案山子のうちの幾人かはこの時、山頂の神の社へと急ぐ影法師の群れを、空に架かる橋の上に見たように思う。

 最近遠くの街から引越してきた少年が、初めて海を見るような目で眼下の光景へと見入っている。

 それ以外の村育ちの子供は橋からの光景にさほどの注意を払わず、目指す大鳥居へと進んでいく。

 

 鳥居の先には見慣れない境内があった。

 おそらくは禁裏の神域に足を踏み入れたのだろうという予感が、日ごろ神社回りで遊ぶ子供たちの心に兆した。とはいえ石畳の参道、手水舎、奥の本殿など、どれもふつうの構え、特に目を引くようなものはない。ここまで来たんだから中に入って探検しよう、とひときわ日に焼けた少年が本殿を指さす。

 神主の爺さん、こっちにもおるとかね。

 どうだろう、この神社、いつも行く神社よりちょっと上の方にあるみたい。

 なんか隠しとるね、これ。

 なんやろか。

 ――あそこ、誰かいる。

 皆が額を寄せ合っているなか、一人輪から外れて周囲を見張っていた小柄な少女が鋭い声を上げた。

 一斉に顔を上げると、なるほど、本殿の脇に作りつけられた小屋の陰から、顔だけ出すような格好で、誰かがこちらをうかがっている。

 ――どっかで見た顔だけど、だれかあの子知ってる?何年生?

 小柄な少女の問いに誰も答えられないうちに、妙に青ざめたような印象を与える顔はついと引っ込んでしまう。

 あそこから中に入れそうやん、とひとりが声を上げ、子供たちはぞろぞろと社へ向かい歩き始める。


 小屋の中では今、別の道を通ってすでにここに来ていた他の子供たちの一団が、突然の訪問者たちを驚かせようと息を殺しているところだ。うたたねをしていた神主も、やがて子供たちの笑い声で目を覚ますだろう。

 

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