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オロチ  作者: 坂本小見山
2/7

 第二幕 「変えられない道」

原題:第二話''Inalterable Course'' (原邦題は省略)

  (一)



 古の都・京都に、「彼」がやって来た。黒い革ジャンバーの中に、白いシャツを秘め、朱赤のスカーフを首にあしらい、癖のついた漆黒の髪を持った長身の美青年。手には、赤い大きなペンを持ち、指でくるくると回している。

 彼こそは、「武道ペン回し」の使い手・麻咲(まさき)イチロウなのである!


 彼は元々、魔界から来る敵と戦ってきた由緒正しい家系に生まれた男である。しかし、彼は、幽霊や怪奇現象から人々を守ることに情熱を傾け、家を継ぐ使命に背き、フリーランスの戦士となったのだ。


 彼が京都に来たのは、四つの怪奇現象を退治するためであった。

「沈み続ける沼」

「死のエレベーター」

「無間地獄へ誘う列車」

「孤独のトンネル」


 彼は、その内「沈み続ける沼」と「死のエレベーター」をすでに退治した。

 そして今、彼は第三の怪奇現象「無間地獄へ誘う列車」に立ち向かおうとしているのだ!



  (二)



 今、彼は、人気のない深夜の駅のプラットフォームに立っている。

「終電はもう行ったな。そろそろだ」

 暫く後、線路の彼方より二つの灯が見え、警笛が鳴った。

「来たな。いつもの通り次の駅で人を乗せ、無間地獄に取り込もう魂胆だろうが、今宵はそうはいかないぞ」

 麻咲は、スカーフと同じ色の赤いペンを取り出し、顔の後ろに構えた。そして、指で勢い良く回し、列車に向けて放った。

 ペンは回りながら飛び、さながら竜巻のごとくなり、列車に直撃すると、列車は光となって消滅した。

(あれはそもそも列車ではなかった。無理に路線を引いたために塞がれた、つまり死なされた『道』の哀しみが具現化したものだ。俺はこのペンで、その哀しみを破壊した)


 麻咲の胸を、達成感が駆け巡った。自分が自分であることが、強く実感された。家を捨ててまで選んだ、この怪奇現象退治こそが、今の彼の生き甲斐なのである。



 そのとき、麻咲はふと、あることに感付いた。線路から、彼の先祖が代々戦ってきた、魔界から来る敵の気配を感じたのだ。


 麻咲は、霊感を線路に集中させた。

 どうやら、強力な敵が、線路を通り道にして、魔界から二匹の「手下」を呼んだようであった。だが、『誰か』が線路を浄化し、通り道を塞いだようだった。

 それは一体誰だろう。麻咲は考え、やがて、ある人物に想いが至った。それは、麻咲を慄然とさせるものだった。

 だが彼は、すぐに気を取り直した。

「さあて。次はいよいよ京都で最後の仕事だ」

 彼の靴の先は、最後の事件現場に向いた。



  (二)



 京都の繁華街は、いかにも華々しく栄えている。人は行き交い、車両は駆ける。夜になれば闇の中に居酒屋のネオンライトが煌々と浮かび上がり、車道をクラクションが鳴り響く。

 しかし、郊外に出れば、それは一転する。住宅街に向かって伸びる線路は、交通を便利にする反面、多くの袋小路を作る結果をもたらしているのである。

 そして、袋小路の奥には、迷い込んだ者を餌食にしようと目論む、邪悪な存在が潜んでいるのだ・・・。


 夜の静寂を打ち破り、銃声が鳴り響いた。真っ黒の怪物が、飛び上がって銃弾をかわしながら、銃を撃った者に飛び掛った。

 そのとき、怪物の横から無数の弾丸が浴びせ掛けられた。怪物は吹き飛び、地面に落下し、苦悶した。

「班長!」

 戦闘服姿の面々が駆け寄ってきた。

「ナイス・フォロー!」

 そう言うと班長は、機関銃を構え、怪物に弾丸を浴びせ掛けた。怪物は爆発した。

 彼女こそは、在りし日の菩薩峠(ぼさうとうげ)(さき)である。彼女は、民間の戦闘部隊「京都ホラーハンター」の幹部であった。

 菩薩峠は、笑顔で駆け寄る部下達に、笑顔を返した。そして、隊員の一人に言った。

「参謀、助かったわ。まったく、本部は何を考えてるのかしら。『オロチ』の手下が現れたと言うのに。私が独断で行動しなかったら、野放しになってたわ」



 言い終わると、彼女は物陰に視線をやり、今度は強張った声色で言い放った。

「居るのは判ってるの。隠れてないで、出てきなさい」

 部下もまた、その方向に注目した。

 物陰から、男が現れた。彼こそは、あの田中オメガ、即ち菩薩峠の将来の夫である。


 田中は菩薩峠に、「オロチ」との戦いから手を引くように言った。そして、普通の人間は「オロチ」に敵わないのだ、と。

 菩薩峠は言う。

「さっき私たちのことを普通の人間と言ったけど、あなたは何者なの?」

 田中は答えにつまった。


 菩薩峠は参謀に言う。

「先に戻ってなさい」

「しかし、隊長・・・」

「心配しないで。人払いでもしないと、信頼して身の上も話さないみたい」

 菩薩峠は、無用心だった訳ではない。なぜか、田中が敵ではないという気がしたのだ。


 菩薩峠に命じられて、部下達は退却した。

「さあ、これで話す気になったかしら。あなた、誰なの?」

「何も言えない。掟だから」

「ならこちらも信用しようがないわね。私たちの戦いを邪魔するような真似は許さないわよ」

「君たちのために言っているんだ。今すぐ手を引かないと、君たちは全員死ぬことになる。忠告はしたぞ」



  (三)



 田中が言った「オロチ」とは、菩薩峠にとって、母親の仇であった。彼女の母は、京都ホラーハンターの設立者あった。


 菩薩峠は、母の仇を討つために、ホラーハンターに入隊し、オロチについて調べ上げた。その結果は、こうであった。



 三十四年前の、ある雷雨の夜。雷が、轟音を伴い、地を打っていた。

 そこに、不思議なことに、一本だけ空中に留まったままの雷があったという。そして、その中から、二本の長い首を持った、漆黒の竜が現れたというのだ。

 それこそが、後に「双頭の悪竜」の異名を取った、魔獣・オロチであったのだ。


 そのとき、オロチが、こう言ったのを聞いた者があった。

「『あの女』はまだ来とらぬか・・・。時が来たら、この時代を儂のものにしてくれるぞよ!」と。


 ・・・それ以来、オロチは長年消息を絶っていた。しかし、今になって、オロチは突然に暗躍を再開したのだ。


 これがオロチに関して菩薩峠が得た情報の全てである。



  (四)



 つまり菩薩峠と田中の邂逅から二日が過ぎた夜。

 またぞろオロチの手下の怪物が出現し、菩薩峠たちは事件現場に急行した。



 現場に辿り着いた彼女達が戦うことになったのは、これまでの怪物とは違っていた。例の漆黒の魔獣とは明らかに異なる、鬣と、緑色の肌を具えたものであった。


 彼女達が戦っているところに、田中オメガが姿を現した。菩薩峠は、戦いながら、目の前の敵について田中に問うた。

 田中は答えた。

「人間に憑依したんだ。」


 田中の説明に拠ると、この怪物は、例の黒い魔獣と人間が融合して誕生した新たな魔獣「アマノジャク」だというのだ。

 田中は、戦況が不利になってゆく彼女に、助言をした。

「骨格のバランスを崩すんだ。両足が奴の弱点だ!」

 助言に従い、菩薩峠は部下と共に足を銃撃した。

 彼女達の弾丸を足に受け、形勢を逆転せしめられ、巨体に似つかわしからぬ俊敏さで退却するアマノジャクの行く先を、菩薩峠は部下に追わせ、自分は後から行くと言った。


「とりあえず、礼は言っておくわ」

 歩み寄って、そう礼を言った菩薩峠に、田中は、これ以上アマノジャクを追うと、辛い宿命を負うことになると忠告した。

 そのとき、菩薩峠の無線に、部下からの通信が入った。アマノジャクの潜伏場所を押さえたという。


 菩薩峠は男を一瞥して言った。

「背負ってる宿命なら、承知よ」

 菩薩峠は、部下の所に向かって走っていった。



  (五)



 菩薩峠が到着したのは、とある廃工場であった。彼女の部下が包囲しているのは、いくつものドラム缶が積まれている場所である。部下の一人が、ドラム缶とドラム缶の間の狭い隙間を指して言った。

「あそこにいるんです」

「あそこに?人間が一人入れるぐらいじゃない」

「そうなんですが、あそこに逃げ込んだんです」

 菩薩峠は怪訝気にドラム缶の中央部に迫った。

 やがて中が見えてくる。そこには、一人の女性が縮こまって座っていた。

 菩薩峠は驚いて言った。

「寺井?寺井じゃないの?」


 寺井と呼ばれた女性は、菩薩峠を凝視していた。

「一ヶ月も、どうしていたの。みんな心配していたのよ」

「うるさい。お前のせいだ」

 そう言われて面食らった菩薩峠に対して、寺井は述懐した。



 寺井は財閥の息女として生まれ、淑女としての所作を教え込まれてきたが、そのことに彼女は強い反骨心をもっていた。

 しかし、優等生としての振る舞いを余儀なくされていた彼女にとってそれは表に出ることの叶わぬ心であった。


 ある日、彼女はオロチの手下の怪物に襲われた。そのとき彼女を助け、怪物を倒したのが、「京都ホラーハンター」の先代会長であるとともに創始者であり、そして菩薩峠咲の母・菩薩峠玲美であった。それ以来彼女は、オロチと戦う、勇敢な戦士としての人生を夢見るようになり、遂に家を出、京都ホラーハンターに入隊し、玲美の娘が班長を務めている「菩薩峠部隊」に配属された。しかし、彼女の心の不具合がこれで解決したわけではなかった。


 彼女の心には、無意識のうちに、寺井財閥令嬢としての「義務感」が根付いていたのであった。彼女は、家を出たことへの罪悪感と、戦士であろうとする「意志」との狭間で苦しんだ。そして、この苦しみの原因は己の出自と考え、親を憎み、社会を憎むようになってしまった。

 そしてその憎悪は、「僻み」を生み出した。家柄と意志が矛盾しないで済んでいる者を、彼女は嫉むようになったのだ。母と同じ道を往く菩薩峠班長こそが、その僻みの絶好の対象だったのである。


 その嫉みに対する自己嫌悪に耐え兼ね、寺井は一月前、電車に身を投げて自殺しようと考えた。しかし、土壇場になって彼女の脳裏に彼女の親や兄弟の顔が過ぎった。自分が死ねば、家族は私の死を責め、永久に自分を否むであろうと考えたのだ。彼女はその心理的呪縛によって、死の自由さえ奪われたと感じた。

 そのときであった。彼女の耳に、声が聞こえたのだ。

「お前の迷いを断ち切ってやろう。私に魂を売り渡せ」と。

 彼女の目から、鼻から、口から、耳から、ありとある毛穴から、「闇」が入り込んできた。彼女の魂は闇に侵食され、人間としての彼女は、底無く破滅したのである。彼女は、オロチの手下と融合し、魔獣・アマノジャクとなったのだ。



 寺井は菩薩峠を激しく責めた。菩薩峠はそれに反駁した。

「あなたの気持ちは判ったわ。でも、それは私のせいではないわね」

「黙れ!あたしは真っ当に生きるはずだった!」

「誰も悪くはない。社会も、あなた自身も。今からでも間に合うわ。自分にしっかりと向き合って、葛藤を克服するの」

「うるさい、黙れ!」

 寺井はアマノジャクに変身し、菩薩峠に襲い掛かってきた。部下達の弾丸がアマノジャクに浴びせかけられた。

「加減するのよ。」

 菩薩峠は指示を出した。


 彼女の背後から、言葉が掛けられた。

「菩薩峠。もう遅い」

 田中であった。彼は更に言う。

「彼女の魂は死んだんだ」と。


 ・・・どんなに親しい人間でも、たとえ親でも、オロチの手下と融合したら倒すしかない。それがオロチと戦う者が背負わねばならぬ、惨憺たる宿命だ、と田中から聞かされるうちに、アマノジャクと化した寺井に向けられた菩薩峠の瞳の奥に、絶望が宿ったのだった。


 アマノジャクは、菩薩峠たちを薙ぎ払うと、菩薩峠をその巨大な手で掴み、廃工場の煙突を昇っていった。

 アマノジャクの手は、アマノジャクが煙突の頂に達した時点で開かれた。菩薩峠は落下した。地面を背中で感じたとき、間一髪、田中が両腕で受け止めた。そこは先ほどの場所から、廃工場を挟んで反対側の道路であった。そこに、アマノジャクが煙突より飛び降りてきた。

 アマノジャクは、邪魔な田中を先に片付けようと考え、拳を握り、彼に向けて放った。

あわや田中は攻撃を受けるかと思われた、そのときだった!


 朱赤のペンが回転し、竜巻を成しつつアマノジャクの拳を直撃したのだ。田中と菩薩峠はペンの戻ってゆく方を見た。



 そこには青年の姿があった。

 そう。彼こそは誰なろう、希望という名の後光を放ち、ペンを回して絶望を叩き斬る無敵の英雄、麻咲イチロウである!

 電車を倒した後、彼は、京都最後の怪奇現象「孤独のトンネル」に見事勝利し、そしてここに来たのである。


「必殺、武道ペン回し!」

麻咲の第二の攻撃を受け、アマノジャクは激しい閃光を放ちながら吹き飛び、そして地面に叩きつけられたときにはその姿は既に寺井のものに戻っていた。


 菩薩峠が寺井に駆け寄り、抱き起こした。

「班長、ごめんなさい・・・」

 寺井の心は最期に人間に戻ったのであった。

「いいのよ」


 そして寺井は、最期にある告白をした。その告白は、菩薩峠の全身に戦慄を走らせるものだった。

 寺井は、実は一ヶ月も前から人を襲っていたというのである。

 そして、彼女に人を襲うよう命じていたのは、こともあろうに京都ホラーハンターの現会長・信楽なのだというのだ!


 言い終えると、彼女は菩薩峠の目を見つめ、こういった。

「最後に、ありがとうございます。最後まであたしに希望を捨てずに言葉をかけてくれたこと、嬉しかった」

 言い終わると、寺井は光になって消えていったのだった。



 田中が菩薩峠に歩み寄った。菩薩峠は、しゃがんだまま田中を見上げた。その瞳に決意が漲っているのを見て、田中は言ったのだ。

「どうやら覚悟ができたようだな。」と。

 その後、田中は自己紹介をした。田中は先祖代々、魔界から来る怪物と戦ってきた者、つまり、麻咲の家系と同業の者だというのである。

 聞き終えると、菩薩峠は立ち上がり、田中と握手を交わした。


 そして彼女は、麻咲の方に向き直り、歩み寄って言った。

「彼女を救ってあげるのは私だったのに」と。

 彼女には、自身の責任を果せなかったことへの無念があったのだ。

 それに対し、麻咲はうっちゃるように

「恨むがいい。俺は『破壊者』だから」

 と言って、踵を返して東に歩き始めたのだった。



 東京に帰るつもりだった麻咲は、引き続き京都に留まり、信楽と戦うことを決意した。


 そのとき、彼の去り行く方の地平線から、太陽が昇り始め、瞬く間に彼の影を包みこんだ。

 曙光に呑まれる英雄の後姿は、大いなる威風を湛えていたのであった!



  第二幕・終

2013/11/13第二話起筆

2023 本文手直し(セリフ以外)

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