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墓守の矜持  作者: ハロルド
9/12

呼び覚まされた記憶と災厄

修正し、投稿し直しました。

 エミリアはふと目を覚ました。

 同時に、いつの間に自分は寝ていたのかと疑問を抱く。目の前には天井があり、視認できるぐらいの明るさがある。昼は過ぎた頃だろうか。それすらもよくわからない。しかし目が覚めたのなら身体は起こすべきかと考え、


「っ!?」 


 身を起こそうと腹部に力を加えれば、腹部から胸下の辺りまで痛みが駆け、背筋が反りかえると共に身が大きく跳ねた。「何故?」と頭が思い、「ああ」と納得の吐息が喉から漏れる。

 いつも通りの目覚めだと。

 エミリアはなるべく身体を捻らないように身体を横に向けた。視界が天井から部屋の全容を映しだし、自分の記憶が正しかった事を証明する。

 己れの部屋だ。

 クローゼットに姿見、自分が今寝ているベッドと、簡素な木机が置かれただけの殺風景な部屋だ。

 外からの光りが極端に少ないのは窓が無いからではない。唯一ある南向きの窓が外から木板で塞がれているからだ。木の板と板の隙間から僅かに漏れる陽光が狭い室内に温かな熱と湿気を籠らせ、嗅ぎなれた木の匂いが鼻を突く。

 エミリアは鼻の先を拭う。拭った指の先に、カサカサと黒く固まったカスが付着している。また自分は鼻血を出したのだろう。自然に出たものではない。後頭部に僅かな鈍痛が残っている。


「ん……」


 自分は戻ってきた。この場所に。

 エミリアは浅く自分の身体を抱く。痛みが存在を主張するも、それでも構わなかった。膝を抱えるように背中を丸め、自分の身体が存在していることを確認する。

 大丈夫、脚はある。両手や指もまだ付いている。

 自分はまだ生きている。

 そんな確認を、自分は毎日続けてきた。それはきっとこれからも続く事だろう。

 キィ……と、視界の隅でドアが音を立てて開いた。自分の心臓が一瞬だけ早く鼓動したのを自覚する。開いたドアからは痩せ細った白い手が出て、それに握られた金属性のステッキが床に硬い音を響かせる。


「お爺さま?」


 エミリアは横になった姿勢でそれを見た。

 年の割に背が高く、厳めしい顔つきに白い髭、白い眉毛を蓄えた老人、グリムだ。

 グリムはステッキの支えをほとんど必要としない歩みでエミリアに近づくと、右手に握ったステッキを大きく振り上げた。


「うっ……!」


 瞬間的に衝撃が抜けていき右肩が熱を持つ。自分が杖でぶたれたのだと、理解よりも先に身体を丸めた。

 二度三度、痛みは身体を駆け巡った。


「結局、戻ってきおったのか。貴様は」


 痛みと同時に冷淡な声が降ってくる。


「そのままいなくなれば良かったものを」


 ステッキを振るう腕に躊躇いはない。体の部位で痛みを感じない所はなくなり、エミリアの意識は鈍化していく。祖父は事あるごとに自分を殴る。なぜ、自分はぶたれているのか、その理由を考えるという段階はとうに過ぎていた。自分にとってはそれが日常となっていたし、祖父がこれだけ怒るのだから、基本は自分が悪いのだろうと考えている。

 不思議と、祖父を憎む気持ちは浮かんでこない。

 こういう時は憎むべきなのだろうか。いまでは唯一の肉親となった祖父を。

 叩かれれば痛いし、物を取り上げられれば悲しい。人の死には涙を流すし、理不尽には憤ることもある。それでも、エミリアは自分が抱えているこの感情が何なのかわからないでいた。憎しみでもない、ニュートラルな感情。

 これは、一体何なのだろう。回らない頭の中で考えていると、グリムが蔑むような瞳で口を開いた。


「貴様は母親に似てきた……。貴様を見る度にあ女の顔が頭の中をちらつく……」


「え……」


 何故だろう。覚えていない筈なのに、母という単語を聞くだけで気持ちがざわつく。


「ある日突然村に現れ、図々しくも居座りおった」


 聞きたくない。


「異邦者など受け入れること事態が間違いだったのじゃ」


 やめて。


「綺麗な娘だった。金糸のように輝く美しい髪、希少石を磨き上げたかのような芸術的な瞳。この世の全ての美を集めたかのような完璧な肢体。この村であの娘に惚れていない男などいなかった。そんな娘をものにした息子は大したものだろう。しかし、周囲の信頼を得ておきながら、幾年もの恵まれた平穏を享受しておきながら、村を出て行きおった」


 やめて、母の話しをしないで。

 自分の気持ちが激しく動揺するのがわかる。それは徐々に振れ幅を大きくし、グラグラと視覚に影響が出るまでに己の気持ちを揺さぶった。


「貴様ら兄妹を捨て、ワシの跡取りである一人息子を連れてじゃ」


「やめてくださいっ!!」


 聞きたくない、そう思い両の掌で耳を塞ぐも、両手首を掴まれ強引に顔を引き寄せられた。呼気が鼻に掛かる近距離から、グリムの険しくも憤怒に満ちた瞳が見据えている。まるで壁に釘で打ち付けられたかのように身体が動かなくなる。


「惨めなものだのう。ワシも、貴様やアデルも。心許した者に大事なものを奪われた。 ワシは息子と孫を、貴様は父親と兄を。貴様の顔を見る度にあの女への憎しみが湧き上がってくる……!」


 杖がカラリと音を立てて地面に転がるが、音は鈍く響かない。

 カタカタ、カタカタと。やがてそれは杖ではなく自分が発する音だということに気付いた。得体の知れない恐怖感が頭を支配し、身体が異常なまでに震えているのだ。壁や寝台がグラグラ揺れている錯覚すら覚える。そんなエミリアの様子にグリムは気付かない。


「あの女が出て行ってからじゃ。この村の不幸が続いたのも、あの黒い髪の娘が現れおったのも。全てがあの女の行動に起因する。ワシはお前の母が憎い。 あの女こそが、本物の魔じ――」


「――――!」


 言葉を遮るように、エミリアは叫んでいた。なにかが、『母』という言葉に反応して自分の恐怖心を煽っている。そしてその気配は徐々に強くなっていくのが解り、


「あああああああああ!!」


 来る、何かが来る。

 エミリアが発狂したような声を響かせた。ここにきてようやく異変に気付いたグリムが目を見開くも、事態は既にそれ以上の反応を許さない所にまで来ていた。


「な、なんだ!? ――ぬぉ!?」


 突如グリムの背後の壁がメキメキと音を立てる。木片を巻き散らかしながら、何かが壁を突き破ってきたのだ。

 それは、巨大な手だった。

 人の物ではない。とてつもなく巨大で、土くれでできている。

 巨大な手はグリムの腰を鷲掴みにし、再び出てきた壁の穴を戻ろうとする。しかし、


「や、やめろ! あ、がっ!」


 拳が開けた穴は拳分の大きさでしか開いておらず、当然、人が通れる筈もない。壁に阻まれるグリムの身体と穴を出て行こうとする拳の力が拮抗し、やがて鈍く枯れ木を折るような音を立てる。それは壁が壊れる音だったのか、グリムの首や脚の骨が限界を迎えた音なのか、半狂乱のエミリアには区別がつかなかった。

 全てが一瞬過ぎた。

 今、目の前には穴の開いた壁からドス黒い雲が見えている。グリム老人の姿はない。


「おじい、さま……?」


 茫然と、言葉を落とす。

 突然巨大な拳が壁を突き破って現れたと思うと、グリムを鷲掴み壁の向こうへと消えてしまった。穴の縁に付いた血痕を見る限り、グリムの生存は考えられない気がした。


「あ、あぁ……」


 なにが、どうして、こうなった?

 一つ一つの物事を頭に落とし込んでいると、もう一つの事実に気付く。

 この壁の向こうには隣家があった筈なのだ。

 なぜ空の雲の動きが見えているのか。答えは単純だった。

 エミリアはフラフラとした足取りで壁へと近づき穴を覗き込んだ。


「――っ!」


 息を呑む光景が目の前に広がっていた。

 家屋は跡形もなく倒れ、元の村の形からは想像できないほど滅茶苦茶に残骸が広がっている。自分が雲だと思っていたものも、雲ではなく黒煙だった。村のあちらこちらから火が上がっているのだ。

 まだ人々の声が聞こえる。叫び声だ。

 村人の逃げまどう声には地面の振動が伴い。ひと際大きく大地が揺れると共にその数を減らしていった。

 土の化け物が人を襲っている。見知った者の悲鳴が上がっては消えていく。

 頭を抱えたくなる光景に、エミリアが動けないでいると視界の外で砂利を踏む音がした。まるでこちらに存在を気付かせるための、わざとらしさすら感じた。

 エミリアは音の方向に首ごと視線を動かす。


「あら、お久しぶりね」


 そう言って視界の先に立つ彼女が手を振った。古くからの友人に偶然の再会を果たしたかのような、晴れ晴れとした表情で。

 

かなりの間が空きましたが、終盤へ向かっております。

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