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墓守の矜持  作者: ハロルド
8/12

魔女、その少女の名は――

「こうならない事を祈っていたのだけどね」


 森を駆けながら、クリストフは呟いた。

 森は深い。己のいる場所を常に記憶して走らねばすぐに迷ってしまうことだろう。しかしその歩みに躊躇いはなく、ヒラヒラとしたスカートを翻す魔女の後ろ姿を追っている。先程から違和感がチラチラと頭の隅をよぎる。なぜ、魔女である少女がこちらに背を向け、ただ真っ直ぐに逃げているのだろうか。先程までこちらに剥き出しの殺意を向けていたというのに。今では欠片も感じられない。これでは、


「キミを殺してしまうよ」


 クリストフはナイフを投擲した。余計な装飾はなく、風の抵抗を極限まで減らした形状のナイフは、尋常でない膂力をもって音もなく森の暗がりに吸い込まれていく。狙うは魔女の背だ。どんなに暗く離れていても、獲物の背を割り心臓を貫く自信はあった。クリストフにとっては、止まっている的に直接ナイフを突き立てるぐらいに容易なことだ。

 しかし、確かな軌道を描いていたナイフは唐突に行方を眩ませた。クリストフの目を持って捉えられなかったとすればそれは怪しげな術であり、クリストフは踏み込みの足を強く地面に叩き付け跳躍した。

 すると先ほどまでクリストフのいた位置の右横に突如暗がりが出現し、消えた筈の魔女が銀色の刃を突き出してきた。その刃はクリストフが放ったものだ。

 クリストフは空中で右足を振る事で身を回し、振った右足を魔女の突き出された手の甲へと上から下に叩きつける。力の向きを強制的にずらされた魔女は、その勢いで前のめりになり、こちらにうなじを晒すこととなった。

 クリストフはその隙を見逃さない。


「――!」


 息を強く吐きながら空中での動作を続行した。両腕を頭上に掲げ、左の袖から新たなナイフを抜き放つと同時に魔女の首に向かって上段より振り下ろす。手刀に似た動きだ。下を向かされた魔女からはこちらの動きは見えていない。骨までは無理でも急所は充分に断てる。

 その筈だった。

 魔女の姿が唐突に消え失せた。

 「またか」と思うと同時に、「どこに?」と思考する。

 魔女の追撃はない。どういう事かと疑問すれば、再び四方から声が聞こえた。

 魔女の楽しげに笑う声が重なるように増えていく。聞いているだけで常人の精神が不安定になるような状況において、クリストフの目は冷たかった。


「逃げ回らないでほしいな。キミが逃げ、再びあの村をおびやかす可能性があるとすれば、なんとしても君を排除しないといけない。わかるかな?」


 声を荒げるでもない。周囲の闇に融け込ませるような静かな声。それでも魔女には聞こえているという確信がある。


「君が選ぶべき選択肢は二つある。あの村にはもう二度と手を出さないと誓うか、僕と本気で殺し合うかのどちらかだ。どちらか好きな方を選ぶと良い。僕としては前者をオススメするけどね」


 反応はあった。クスクスと笑いの余韻を残し魔女は言う。


「神父様はどうしてあの村にこだわるの? わざわざこんな危険に身を晒してまで、そんな事をする義理が神父様にはあるの?」


「…………」


「村の人から頼まれた? 大金を積まれた? それともぉ……」


 木の枝の上に姿を現した魔女が、顎に指を当てわざとらしく小首を傾げた。


「あぁそっか」


 と、すぐに分かったとばかりに手を叩く。


「〝あの娘〟を報酬にいただくのかしら?」


 クリストフはベルトから十数センチの鉄針を引き抜くと、魔女目掛けて放っていた。直径5ミリ程の細く鋭い針だ。正面から放たれれば視認することは難しい。しかし鉄の針は魔女の額をすり抜けた。立っていた魔女の姿が幻影のように薄くなりやがて見えなくなった。

 そして新たな影として後方の枝に魔女が立っている。


「ふふふふ、ムキになっちゃっておかしいのぉ」


 楽しげに身体を揺らす魔女の姿を、クリストフは憎々しげに見つめた。魔女の言う〝あの娘〟とは、おそらくエミリアの事であろう。自分と行動を共にしている所を監視していたのかもしれない。


「ねぇ……」


 魔女がクリストフの無言の圧力にひるむことなく話しかけてくる。


「どうしてあの娘を連れて村を出なかったの?」


 クリストフには一瞬、何を問われたのかがわからなかった。

 その問いにより魔女はなにを知りたいのか、意図がどこにあるのかを考え、数秒の時間を消費し捻り出した返答は単純だ。


「君には関係ない。」


 突っぱねた。

 ここで話しをつければ、そもそもエミリアが村を出る必要も、生活を脅かされる事もなくなるのだから。しかし、


「関係なくはないの」


 魔女の言葉はそれを拒絶した。

 足を揃え、直立のまま木から飛び降りる魔女は、舞い上がるスカートを押さえることすらしない。振動もなく地面に降り立ち、ゆっくりとした動作で右手を地面に当て、撫でた。先程ゴーレムを生み出した時と同じような仕草だ。


「無駄なことを……」


 クリストフはローブの裾に隠したナイフへと手を伸ばす。魔女に向かって前傾となる姿勢だが、一歩踏み出せばそのまま斬撃へと繋がる構えだ。

 だがそれを制止したのも魔女の声だ。


「アタシがどうして村の人間を襲っていると思うの? 警戒しなくてもいいわ。ねぇ、神父様には特別に教えてあげる」


 そう言うと、魔女の身体が不自然に震えた。

 表情には変わらず薄っぺらい笑みを貼り付け、しかし身体は力を失ったかのように徐々に傾いでいく。何らかの変化が起きているのだと、すぐにわかった。


「アタシの名前」


 魔女の言葉に、クリストフは再び首を傾げる。


「君の名前? それが――」


 どうしたというのか。

 疑問を最後まで良い終える事は出来なかった。魔女の言葉がそれを遮ったから。


「アタシの名前は――」


 口元が三日月のように裂け、紡ぎだされた音の並びに、クリストフは目を大きく見開いた。

前話の投稿が6/29……。遅いですなぁ……。

妖怪のせい妖怪のせい……。

次話はもっと早く投稿したい、です。

いや、遅くなるかな。次話だけに、執筆もジワジワと――いえ、

なんでもありません。

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