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墓守の矜持  作者: ハロルド
7/12

魔女殺し

 何かが喉を正面から貫き、後ろへと抜けていった感覚が確かにあった。

 しかし、クリストフは生きている。それどころか無傷ですらいる。なにが起こったのだろうか。自分でも状況がわからず放心したのは一瞬で、クリストフは後方にステップを踏む事で少女との距離をとった。考えがあったわけではない。本能で危険を読みとっての即断だ。

 しかし少女の立ち姿は先程とはまったくと言っていいほどに変わっていない。両手はだらりと下がり、茫洋とした瞳がこちらの動きを追っている。

 距離を置いたことで少女の全身を確認する事ができた。この場に不釣り合いな黒のドレスに長く艶やかな黒髪。長いまつ毛に縁取られた大きな瞳。年の程はエミリアと同じく十代前半から半ばだろう。美しくも怪しい雰囲気を放つ少女は、緑と茶色に彩られた森の調和を明らかに乱していた。

 その容姿はエミリアの言っていた魔女の特徴と一致する。

 クリストフは警戒を強め、己の喉元をさする。

 やはり、何の痕跡も無い。

 先程の感覚は何だったのか。少女が見せた幻覚とでもいうのだろうか。


「……違う。これは」


 先見。

 あらゆる情報を読みとり視覚に活かす、クリストフの並み外れた感覚が、少女の僅かな機微に過剰反応しビジョンとして現れたのだ。それほどまでに少女の纏う死の気配は強烈だった。


「ねぇ、神父様」

  

 少女が薄く口を開く。あどけなく愛らしい声であるにも関わらず、その音はゾワリと寒気を感じさせる。


「神父様も、アタシが怖いの?」


「!」


 ガラス細工のような無機質な瞳が、胸と胸がくっつきそうなほどの距離からこちらを見上げている。いつの間に距離を詰めたのか。クリストフにはまばたきをした瞬間の出来事だった。

 疑念と共にクリストフは右腕を振るう。危険を感じた身体が自然と動きをとっていた。左から右へ、握った拳が少女の顎を真横から穿つような軌道だ。しかし完全に不意を打つ一打であったにも関わらず、クリストフの拳は空を切った。

 まばたきはしていない。

 切り替わるように、少女を映していた視界が突然地面の土色を映したのだ。少女の姿は綺麗さっぱり消えている。


「なぁんだ。神父様もほかの人とおんなじなんだ」


 耳元で囁かれる少女の声。背筋に緊張が走り、クリストフは振り抜き静止していた右腕を勢いよく後方へ引いた。

 肘打ち。

 己れを軸にした旋回の力が後方の気配にぶち当たる。


「!」


 肘が穿つ感触は柔らかくも重いもので、しかしそれは人体特有のものではない。

 身体ごと振り返ったクリストフが見たものは、人智を越え、人より遥かに下等な存在だった。

 人の形をしていながらも、人としての大部分のパーツが欠落しているそれはまさしく〝土くれ〟だ。

 魔女の使役する使い魔の一種だろう。腕や脚、頭がある。しかし、目や鼻や口は無い。地層からそのまま人の形で切り出したかのような、断面剥き出しの無骨なフォルムは〝ゴーレム〟などという上等な物ではない。

 突然地中から這い出した事により、体表面を虫やミミズが無数に這いまわっているソレは、クリストフに向かって首を傾げている。

 己の脇腹に肘が食い込んでいることすら気付いていないだろう。

 土くれは放心したように立っていた。


「いきなさい」


 頭上から少女の声が聞こえた。

 瞬間。


 オォ。


 土くれが声に反応して両の腕を左右に広げた。こちらを抱擁で迎え入れるような動きであるが、その動作には死の匂いが付きまとう。動作はゆっくりに見えて勢いがある。広げられた太くずんぐりした手が風を伴って閉じた。拍手のような動作だ。

 クリストフは慌てず後方へと転がりながらそれを見た。土くれの両の手が合わさった瞬間、衝撃に耐えらず左右の手が砕け散ったのを。


「下等な……」


 己の身体の限界以上の力を平然と振るう。自壊もいとわぬは魂無きものゆえの攻撃だ。一撃でも貰えばタダでは済まないだろう。しかしクリストフは立て直した体勢から次の行動に移っていた。相手の両腕は砕けており、そこが大きな隙となっているのだ。

 突然始まった戦闘の流れであるが、心は落ち着いている。

 クリストフは周囲に視線を走らせると、土くれに向かって正面からの急接近をかけた。


 オォ。


 迎え撃つように、土くれの無様な回し蹴りが正面から迫る。

 だが低い。もともとが太く短い脚なのだ。両腕というウエイトを失った今、バランスをとらねばならず、必然的にその軌道は低くなる。


「ふ……!」


 クリストフは相手の軌道を見極めると、その蹴り足を足場に跳躍した。軽い身体は元々の膂力に加え、人外の力によって大きく飛び上がる。身を回転させたクリストフは、天を覆うように伸びた太い枝に真下から両足を踏み込んだ。それは蝙蝠のように上下逆さまにぶら下がって見えただろう。しかし、それも一瞬だ。

 クリストフを受け止めた枝が下から上に跳ねあげられ、それが反発の力を生む。

 足でタイミングよく枝を蹴り込み、クリストフは地面に垂直に落ちながらも宙で縦に回転した。その時、足は鋭く弧を描き軌道上にあった土くれの無防備な頭を――


 蹴り抜いた。


 重たく渇いた音と共に土くれの首が破裂し、弾き飛ばされた頭がゴロリと地面に落ちて砕けるのを、クリストフは四肢を使って地面に着地しながら見ていた。

 土くれは動かない。頭を飛ばした事で完全に活動を停止したのだ。

 クリストフが軽く胸を小突くと、土くれの巨体はボロボロと原型を崩していく。いや、それが本来の姿であったのだろう。地面に小さな山ができ、体内にいた生物が驚いたように慌てて地面に潜っていく。眉をひそめながらもそれを踏み越えるクリストフの視線の向きは決まっていた。

 上へ。

 高い木の上からこちらを見下ろす瞳がある。


「少し、話しをしないかい?」


 太い枝に腰かけ足をブラつかせている少女は不機嫌そうに唇を尖らせているが、クリストフは構わず少女に向かって呼び掛けた。


「あ~ぁ、アタシのお人形、壊れちゃった」


 スカートを枝に引っ掛けないよう、少女は手でスカートを押さえながら身を後ろに向かって倒す。枝を軸に回した身を宙で立て直し、5メートル以上ある高さからなんなく地面に着地してみせた。音も無ければ風も無い。物理法則から切り離されたような動作だ。

 軽く足の先で地面をつつき、少女は笑みを浮かべる。


「ま、いっか。」


 白い手を躊躇い無く地面に這わせながら言う。


「また作ればいいもの」


 少女の手が離れた瞬間、触れていた地面が大きく盛り上がり。

 再び無骨な巨躯が姿を現した。それは先程倒したモノとなんら変わらない、土でできた人形。少女は満足気に頷く。


「威嚇のつもりかい? そんなもので僕は殺せないし、何度も多様できるモノではない」


 断定する口調には確信があり、痛みを伴っていた。知識を引き出す度に忌まわしき記憶が纏わりつく。フラッシュバックする過去の惨状を無表情の裏に隠し、クリストフは吐き捨てる。


「魔術は異界の力。僕たちとは異なる性質を持った異界の住人が、自分達の為に編み出した秘術だ。僕達人間の身体はそれに耐えられないし、元人間である魔女も例外ではないよ」


 魔女の力は無尽蔵ではない。その証拠に、土の人形は腕を失っても再生する事はなかった。それは魔力を常に供給しているわけではなく、一定量を土に循環させる事で動かしているからだ。使い捨ての戦力。それでも数に訴えてこないのは魔力に限界があると自覚あっての事だろう。


「試してみる?」


 魔女が笑い、目を三日月のように細める。


「試すまでもないさ」


 クリストフは袖口からナイフを抜き放っていた。

 刃渡り10センチほどのナイフを指の延長に構え、手刀の様に薙ぐ。そのための接近は滑るような動作で相手に動きだしを知覚させなかった。裾の長いローブが足の運びを隠し、衣服を揺らすことなく前方へと飛び込んだのだ。敵からすれば知覚した頃には間合いを詰められている事になる。動きの鈍い土くれ人形に対応する術は無かった。

 刹那の間、振るわれた銀の光りが土くれの首を撫でたかと思うと、首が力なく胴体の上を転がり落ちた。この時、この場において動きをとっていたのはクリストフのみであり、斬られた土くれ自身も状況を理解していなかっただろう。

 クリストフは少女の背後に立ち、静かに言葉を作る。

 それは優しく諭すような声音で、


「話し合いをしよう」


 己の身体が、昔の感覚を完全に思いだし始めている事を自覚しながら。


「僕に君を、殺させないでおくれ……」


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