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墓守の矜持  作者: ハロルド
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黒髪の魔女


「私たちの村は見ての通り、周囲を囲む深い森が外部との交流の一切を遮断しています」


 話し始めて見れば、スイッチが入ったかのように、エミリアは朗々と語る。それは魔女と呼ばれる存在が、村人たちの恐怖の対象となるまでの物語だ。


「この村で生まれ、この村で生き、この村で死ぬ。そんな歴史を繰り返してきたこの村は争いを知らず、村人全員が家族のような存在で、誰もが永遠に続く平穏を信じて疑いませんでした」 


 しかし、その平穏はある日を境に打ち砕かれた。


「三か月ほど前のある日、村に一人の女の子が迷いこみました。腰まで届くほどの長く美しい黒髪に、吸い込まれそうな深みのある濃紺の瞳を持った女の子です。とても綺麗な人でした。森を抜けてきたのでしょう。彼女の服はドロドロで、所々を怪我しているように見えました。私たちは彼女を迎え入れ、傷の手当てをしました。村では珍しい外部の人間の存在に、その日の夜は宴も開かれるほどの大盛り上がりでした」


 エミリアの語る言葉には淀みが無く、まるであらかじめ用意された台本を読んでいるかのような印象を受ける。それ程までに鮮烈に焼きついた記憶なのだろう。エミリアの口元は宴の余韻を楽しむような、僅かな笑みの形に緩んでいる。しかし、次の発声からエミリアのあどけない表情は一変する。


「楽しかった宴は終わり。村人たちはある事に気付くのです。会場にあの主役である少女の姿が無い事に。目撃した人の証言によれば、具合の悪そうにしていた彼女を、私の兄であるアデルが介抱するために連れ添ったそうです。しかし、帰ってみると兄と彼女は家におりませんでした。翌朝になっても姿を現しません。いよいよもって異変に気付いた私たちは手分けして村中、森の中に至るまで捜しまわりました。そして――」


 そこで初めてエミリアは言い淀む。何かを堪えるように息を飲み、深くゆっくりと吐き出す。


「兄は森の中で変わり果てた姿で発見されました」


「…………」


 エミリアの表情は完全なる〝無〟そのものとなった。感情を無理に押し殺しているのかもしれない。


「兄の喉元には、私の手首程の太さがある木の枝が突き刺さっておりました。……もうお分かりでしょう。村人たちの恐れる魔女が、誰のことを示しているのかが」


 エミリアの声は冷え切り、先程の異性の裸に過剰なまでに照れていた無邪気さは、毛ほども感じられなかった。エミリアが語り終えるまで、一切の口を挟まなかったクリストフは困惑の混じった口調で疑問をていす。


「君の兄、アデル=ウォーレンが、少女と何も関係ない死を遂げた可能性は?」


 疑問に見せかけた、続きの促しだ。エミリアの話しだけでは黒髪少女を魔女と断定できる証拠が少な過ぎる気がしたのだ。

 案の定、エミリアの話しには続きがある。


「もちろん、それも考えられました。ですが、悲劇はそれだけにとどまりませんでした。それからというもの、村人たちが次々と不可解な死を遂げました。一人、また一人と姿を消し、兄と同じような姿で発見されたのです。遺体が発見された場所には必ずあの女の物と思われるおびただしい量の黒髪が落ちていました。あの宴の夜以降、あの女の姿を見た者はおりません。この森には昔から魔女が住むと言われておりますが、彼女がその魔女であり、一連の事件は魔女の呪いの仕業であると、村人たちは信じて疑いません。」


 兄の死や村人の死を、淡々と語る目の前の少女に、クリストフは思案顔で頷く。火の中でパチパチと音を立てる枯れ木に目を落とし、ただ一言、


「そう……」


 とだけ呟いた。

 二人の間で沈黙が生まれ、その隙間を埋めるように夜鳥の声がけたたましく鳴り響く。オレンジ色の光りに照らされた、整った顔立ちの少女は静かに目を伏せる。過去を思い出し、何かしら思うところがあるのかもしれない。クリストフは落ちていた棒で火の中を掻きまわし、空気の通りを良くする。火が一段と大きく燃え上がり、柔らかな熱が周囲に広がった。今自分はなにを言うべきかを考える。少女と村の状況の大部分は呑み込めた。凄惨な状況だ。それに対して「ひどいね」「辛かったね」という安易な言葉は軽薄過ぎる気がして、口にする事がはばかられた。

 それでも、


「大変、だったんだね……」


 そう言うしかない。ちょっとした好奇心から迂闊な質問をした自分の軽率さを呪うほかなかった。エミリアは沈んだ顔をしたクリストフに対し、やや困り顔混じりの、弱々しい笑みを作った。


「いえ、その、大変でしたが、なんとか大丈夫です」


 なにがどう大丈夫なのだろう。

 疑問に思う暇もなくエミリアが話題を切り替えた。両手を胸の前で左右に激しく振り、あからさまとも言える明るい声音で、


「それよりも、お腹は空きませんか? この辺で食べられる野草やキノコなどは摘んでおきました。お腹の足しになるかは疑問ですが、いかがでしょう?」


 なんて気遣いのできる子なのだろう。クリストフは感心し少女の気遣いに素直に乗ることにする。


「そうだね、いただこうかな。食べられるうちに食べておかないと」


 眼前に並べられた食材を見る。一人での旅を続けていれば、自然と食べられるものとそうでないものの区別はついてくる。そうしないと生き残れないからだ。クリストフは注意深く手にとってキノコなどを判別していくが、フッと、目元を緩ませた。


「すごいね。みんな食べられるよ。これら」


 エミリアが採ってきたキノコや野草はどれも食用として認知されているものばかりで、食べられないものは一つも混じっていなかった。


「地元の子に対してこう言うのもなんだけど、詳しいんだね。この辺の動植物の事に」


 ヒムカデの対処法の事もそうだが、エミリアの持つ知識には驚かされる。


「この村では病気や怪我への処置は限られますから、ある程度予防策としての知識は必要なんです。それに、昔はよく家を抜け出して森の中で遊んでいたんですよ。変な木の実を口にして死にかけたこともありますが」


 ククッと少女の喉が鳴る。笑っているのだ。

 表情がコロコロと変わる子だ。

 クリストフはソレを微笑ましいものとし、笑みを返す。少女の昔話や他愛の無い話しを聞きながら、二人で野草やキノコを調理する。調理すると言っても、大した事はできない。革袋から一人用の小さな鍋を取り出し、水を汲み、野草やキノコを入れ茹でる。あとは適当に塩を振って食べた。「素材本来の味が生きて――」という言葉は必ずしも美味しいという意味で使われるわけではない。茹でて塩を振るだけの単純な調理なだけに、クセのある匂いなどは誤魔化しきれずにそのまま残っている。それでも二人は会話をしながら嫌な顔一つせず食事を続けた。

  

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