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墓守の矜持  作者: ハロルド
2/12

アルカ村、邂逅

 青年・クリストフ=ロアは不死者である。

 食事もしなければトイレにもいかない。怪我をしなければ病気にもならない。睡眠も、性欲も、老いも、彼には無縁の長物であった。何故なら彼は死なないからだ。

 生命を維持するための努力を、彼の身体は放棄している。光の届かない洞窟に潜む魔物の目が、まるで機能していないのと同じで、人間の本来持っている〝老い〟という概念が機能していないのだ。

 それは目に見えない不可視の力が、彼の遺伝子に組み込まれた死の概念を喰い潰してしまったからであり、それが外的要因によりもたらされたことにより、青年は世界から切り離された存在となった。

 なぜ、青年は不死者となったのか、それは十年ほど前にさかのぼる。






 大陸の中でも辺境に位置し、外周を深い森に囲まれた村・アルカ村は閉鎖的な気質を持っていた。外部からの交流は一切無く、古い風習がいくつも残っている。〝魔女の大釜〟と呼ばれる深い森が外部からの繋がりを遮断しているのだ。

 そんな村に足を踏み入れたのは、燦々(さんさん)と降り注ぐ陽光の下、フードを目深に被った黒いローブの青年だ。青年は森の中からフラフラとおぼつかない足取りで出てくると、力尽きたように倒れ込んだ。全身が軋むように痛む。どこで挫いたのか右足首がズキズキと痛みを訴えているし、地面を這う木の根や岩を避けるように歩いたためか、腰が悲鳴を上げている。そしてなによりも、


「み、水……」


 青年の喉は砂漠のように渇いていた。呼吸する度に嘔吐えずきそうになるのを堪え、青年は視線を上げる。涙にぼやけた視界に映るのは、木造の人口物だ。森が明け、集落に出たのだと確信した。安堵の気持ちが胸に湧き、極度の緊張から解放されたことにより意識が遠のいていく。自分は助かる。意識を手放す直前、誰かが自分の目の前に立つ気配がしたが、そこで途切れた。






 周りがやけに騒々しい。青年が目を覚ました際に真っ先に抱いた感想だ。

 陽の光りが瞼に与える刺激に眉を寄せる。どうやら自分は仰向けになっているらしい。背に当たる感触は未だ硬いままである事を考えると、場所は変わっていないようだ。


「う……っ!?」


 身体全体が熱を持つように痛みが走っている。

 

「おい、こいつ髪が銀色だぞ」


「なんだ。森から出てきたのか?」


 周囲から沢山の人の気配を感じる。青年は目を開けると周囲にどよめきが走る。


「青い眼だ」


「異邦者!異邦者!」


 ぼやけた視界が徐々に鮮明になっていく。最初に青い空が目に入り、続いてこちらを覗き込むように見ている老若男女の顔だ。それぞれは不信感と恐れを滲ませた表情でこちらを見ている。


「水を……」


 青年が口を開くと人々が一斉に後ずさる。まるで人あらざるものへの反応だ。青年が、苦痛に顔を歪ませながら手を伸ばす。身体を動かす度に熱は強くなり、全身からおびただしい量の汗が噴き出す。それでも、救いを求めるように青年は手を伸ばす。誰かがこの手を取ってくれることを祈って。しかし、人々は恐れの色を濃くするばかりで一向に救いの手を差し伸べる気配が無い。青年の腕も限界だった。激痛に耐えられなくなり、力なく腕が地面に落ちた。

 しかし、それを受け止められる感触があった。

 温かく柔らかいものだった。


「助け、て……」


 青年の絞り出すような声に返ってきたのは、凛とした少女の声だった。


「絶対に助けます。ですから、もうしばらく耐えてください」


 止めどない涙が青年の目を覆う。身体が体内の熱を冷まそうとしているのだ。再びぼやけ始めた視界の中で、青年は少女の顔を見ていた。ウェーブがかった長い金髪に、白磁のような白い肌。両手で包めてしまいそうな小さな顔に、宝石のように並んだ琥珀色の瞳。なにもかもが整い過ぎていて、痛みを忘れてしまうと同時に自分の呼吸が止まってしまうのではないかと思ったほどだった。


「エミリア。そいつから離れろ。なにをしだすかわからん」


 戸惑う人垣を割って、杖を突いた老人が姿をみせる。顔中に深く刻まれたシワが老人の威厳を際立たせていた。周囲の人間が口々に声を漏らす。


「村長……」


「村長だ」


 この老人こそがアルカ村の長であるグリム=ウォーレンという人物だ。

 老人が青年に厳しい視線を送っている。


(これは、助からないかもしれない……)


 そう思った。

 しかし、青年と老人の前に立ちはだかる人物がいた。

 エミリアと呼ばれた美しい少女だ。

 エミリアは青年を己の背に隠すように両手を広げ立つと、グリム老人に牙を剥いた。


「お爺さま! この人は死にかけています!」


 力強い叫びだった。

 しかし、対する老人の声はあくまで冷淡だ。


「村の掟じゃ。得体の知れない輩を村に連れ込むことはできんのだ。エミリアよ。お前もこの村長の孫なら理解しろ。いや、理解しないでも良い。受け入れろ」


 諭すように和らいだ声音。それでもエミリアはかぶりを振った。子を護る親のように。


「この人の顔を見てください! 私たちと同じ人間です! 彼はヒムカデの毒で苦しみもがいているんですよ!? 早く適切な処置をしないと――」


「黙れ! うつけ者めが……! 今の村の状況を分かっているのか!? そやつが魔女の仲間でない証拠がどこにある!?」


 グリム老人が発した魔女という言葉に、大きな悲鳴があがった。人垣の中の一人の女性が真っ青な顔で頭を抱えてうずくまっている。その症状を青年は知っている。トラウマを刺激されたことによるショック症状だ。

 魔女という言葉が女性のトラウマを刺激する発端であったとするならば、どれほどの畏怖を含んだ単語なのかがわかる。しかし、


「――くっ! ああ!!」


 青年の身体が仰け反りながら跳ねた。身体全体が痙攣を起こしているのだ。すでに思考を継続する事が不可能になりつつある。


「それでも……、私はこの人を見殺しにはできません!」


 沈黙が、周囲に満ちた。

 エミリアとグリム老人はしばらくの間、睨み合いを続け、その場にいる誰もが、事の成り行きに固唾を飲んだ。

 先に沈黙を破ったのはグリム老人だ。


「村には入れん。その男を助けたいのなら、お前がそやつを連れて村を出ていけ」


 そういうと老人は背を向けて歩き出した。

 冷徹な、決して家族に発するべき言葉ではない。エミリアはしばしの間、呆然と老人の背中を見送っていたが、青年の呻き声に気付くと、自分よりも大きな身体を持つ青年を己れが引っ張られそうになりながらも背負い上げた。


「エミリアちゃん……」


 小太りの婦人が心配そうに手を伸ばすも、隣にいた村人がそれを制した。

 青年を引き摺るように歩きだしたエミリアは、時折何かに耐えるように立ち止まるも、ゆっくりと、しっかりした足取りで森の中に入っていった。

 森の中に行けば、解毒用の薬草が手に入るからだ。


4話じゃ、終わらない、かも。

起承転結の〝承〟

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