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墓守の矜持  作者: ハロルド
11/12

一つの身体に二つの心

 エミリアは己の身体がビクリと跳ねたのがわかった。

 クリストフの唐突な断言に対し、自分としてはどう反応して良いのか解らなかった。クリストフの発言は自分にとってあまりにも寝耳に水だった。

 自分が魔女? 兄を殺され、祖父を殺され、村を滅ぼされ、母や父だって殺されている。被害者である自分がなぜ魔女なのだろう。

 ――と、


「……あ、れ?」


 ふとした疑問が頭をよぎる。

 母と父が殺された? 母と父は駆け落ちしたのではなかったのか?

 村や祖父を置いて、兄や私を置いて。なにもかもを手放して。


「……あれ?」


 村中の人間に祝福され、それなりに大きく育った兄や私がいると言うのに、駆け落ちする理由があったのだろうか?

 自分の中で記憶の綻びが次第に大きくなっていく。

 何だろう。モヤモヤする。

 村の崩壊前に祖父と話していた時のような感覚が衝撃となって競り上がっていく。

 そういえばあの直後、自分は誰かと会っていたような気がした。どんな会話をしたのかまったく思いだせない。たしか、彼女との会話はそう悪いものではなかった筈だ。こんにちは、とか、久しぶり、とか、そんな他愛のないものだった筈だ。村が崩れゆく状況の中で。


 ……彼女?


 彼女とは誰か、黒髪に装飾過多な真っ黒なドレスの少女。煤が大気に混じって漂っている中で汚れ一つなく佇む少女だ。その顔には親しげな笑みを浮かべ、こちらを迎え入れるかのように両手を広げている。自分はといえば、フラフラと吸い込まれるように彼女へと近づいたのではなかったか。そして不思議な事が起きたのだ。彼女と抱き合うような形となったところで、お互いの身体は葉の上を伝う水滴と水滴が重なり合うように、彼女と自分の境界線が唐突に消え失せた。流れ込む情報や思念が自分の物であるかさえ区別が付かず、意識の底にぼんやりと溶けていく。


「……あぁ、そっか」


 当時、自分はこう言ったのだ。

 そして今も。


「そうでした。私は、アタシは、……魔女」


 人々から忌み嫌われ、人を忌み嫌う者。


「くっ!!」


 頭が割れるように痛い。

 記憶がグルグルグルグルと渦を巻き不自然な空白を埋めていく。情報とは熱であり、頭の奥が焼き切れるような感覚を得る。

 当然だ。

 二人分の記憶が一度に一つの脳みそに収まろうとしているのだから。


「痛い、痛い痛いいたい痛いいたぃ!」


 頭を両手で押さえうずくまっても身の内から湧きだす痛みにはなんの対処にもならない。身体をやみくもに動かし、痛みから気を逸らそうとするだけだ。

 そんな時。


「エミリア」


 再び肩を掴まれ強制的に身を起こされた。涙で歪む視線が一つの対象に焦点を合わせていく。晴天の空よりも晴れやかで鮮やかな青の瞳がこちらを覗きこんでいる。明らかに失血により消耗した表情のクリストフはそれでも、苦しそうな表情を見せまいとしていた。

 それが伝わるからこそ、エミリアは、


「どうして、どうして私にそんな、アタシは、皆を殺して、クリフさんも刺したのに……」


 クリストフはエミリアの頭に手を置き、言葉を重ねる。


「君だからだよ、エミリア」


 意味がわからなかった。

 自分の中で痛みとは違う別の感覚が激しく疼いているのがわかる。殺したい衝動と殺したくない理性。その狭間の中でエミリアは揺れていた。


「アタシはアナタを殺したい。でも、私はクリフさんを殺したくない……」


「うん」


「みんな、私の感情なんです。優しくされるような、そんな資格なんてないんです」


「それは――」


「違わないっ!!」


 エミリアは叫んでいた。

 次々と胸を満たす感情のうねりは、自己の制御を軽々と振り切り、クリストフへの牙となる。

 エミリアの手が、クリストフの傷口にめり込んでいた。

 同時、クリストフの身体がくの字に折れ地面に倒れ伏す。呻きの声は聞きとれないが、歯を食い縛る気配が伝わってきた。

 声ぐらい上げれば良いのに。


「最初はちょっとした事だったんです」


 先ほどとは打って変わって穏やかな声で、エミリアは言葉を吐く。


「大人たちが狩ってきた動物を捌くのは、この村の子供たちの役目でした。私が初めて動物を捌いたのも四歳のころでした」


 最初は小さな野兎だった。まだ温かい兎の血を抜き、肉を取り分ける。それだけで村の男達の歓声が上がる。「えらいね」「よくできた」「上手だね」小さな命を奪う事に始めはあった罪悪感も、自分が上手く役目を果たせていることに対する高揚感が塗り潰した。


『ワシの自慢の孫じゃ』


 あのカタブツの祖父をそう言わしめた自分の解体技術に誇りすら覚えたものだ。

 それからは積極的に村の役目を果たした。

 兎や鹿に鳥に猪、捌けない物はない。肉を捌けば廻りが喜び歓声が飛び交い、父や母がよくやったと頭を撫でてくれた。いつからだろう、それが楽しくなってきたのは。

 足りない、まだ足りない。いくら解体しても快感が満たされる事はない。動物の死骸に飽き足らず、生きた動物も殺してバラして秘密裏に埋めた。秘密にするぐらいには自分の異常性に気付いていた。それでも肉を解体する事は止められなかった。表向きは村長の孫として村の子ども達の模範となるように振る舞い、裏では己の快楽を求め続けた。

 そんなある日、村の子供たちと共に村で使う薪を集めに森に入った。

 皆で手分けして薪を探していると、一人の男の子が近寄ってきた。当時七歳だった自分よりも二つぐらい下の子だ。幼いとはいえ自分への好意に気付かないほど鈍感ではなかった。だからだ。

 エミリアは男の子と二人きりになったところで一つお願いをした。


『ちょっとだけ、その身をちょうだい』


 男の子は頷きはしたが、その言葉を理解はしていなかったのだろう。エミリアがナイフを取り出し、腕にそれを押し付けるまで不思議そうに首を傾げていた。当たり前でありながら、エミリアにとって予想外の事が起こった。男の子がもの凄い勢いで泣きだしたのだ。絶叫と言ってもいい。生きた兎を絞める時もこんな声は出さないとエミリアは困惑した。

 その時、


『なにをしている!?』


 子供たちに付き添っていた父が泣き声を聞きつけて現れた。

 血を流し泣きじゃくる子どもと、その子の腕にナイフをあてがっている我が子を見てからの父の反応は速かった。


『!!』    


 乾いた音が空気を叩き、エミリアの小さな身体が衝撃に倒れ込んだ。父が初めて自分をぶったのだと理解した頃には、父の怒声が雪崩のように流れ込み自分の耳を圧迫し、あらゆる感情がショートした。ショックのあまり泣きもせず、茫然自失といった自分に対し、父は罪悪感のような顔を見せ背を向けて歩き出した。怪我をした少年を連れて、自分を置いて。

 エミリアにはそれがショックで仕方がなかった。

一人残されたエミリアは村とは別の方向に歩きだす。意図などなかった。フラフラと歩き出して、森の奥に呼ばれるようにして歩いていった。

 そこで奇妙な物を見た。

 人の顔をもった木の実だ。

 素直に気持ちが悪いと思った。しかし、その実が言うのだ。


 タベテ、タベテ。


 丁度手の上に落ちてきたソレが、しゃがれた老人のような声で、優しい笑みと共に甘い香りを放出してくる。好奇心旺盛な少女の目にはそれがとても魅力的な秘密を隠し持っているかのように映った。

 一口だけと、誰にでもなく呟き、その実を口にした。シャリシャリ感はなかった。ヌルリとした感触が口を満たし、完熟した甘味は頬を蕩かせる。

 あっという間に一つをたいらげた事は覚えている。しかし、それ以降の記憶が曖昧だった。気付けば自分は自宅ベッドの上で眠らされており、目を覚ました時には父と母に強く抱きしめられていた。数日間眠っていたらしい。

 それ以来、自分の生き物に対する破壊衝動は無くなっていた。自分でも不思議なぐらいであったが、時が進むにつれてそんな衝動があったことも忘れていた。

 今日この時までは。


「結局、私の殺意は消えてなんかいなかったんです。どういうわけか、私の殺意の衝動だけが身体から抜けおちて、アタシになったのよ」


 自分は何を言っているのだろう、とエミリアは首を傾げた。倒れ伏したクリストフは浅く呼吸しているが、頭を上げることも喋ることもできないでいる。そんな彼の背中に足を乗せ、エミリアは笑みを浮かべる。


「私の分身のアタシは殺意のみを自我として暮らしていたの。森の中で一人で」


 その時の記憶は今、エミリアの頭の中にある。同じ時間に別々の場所で過ごした記憶が混在する感覚は、なかなかに奇妙な物だ。それが何年にもおよんで記憶が連なっているものだから、自分の頭はどうにかなってしまうのではないか。否、もうどうにかなっている。


「何年も何年もアタシは森で生き物を狩って生活をしていたわ。でもある日、森に迷い込んだ少年を見たわ。私たちがまだ一つだった頃、私がナイフで切りつけた少年です。今度は大人もだれもいない、たった一人の状態よ」


 二つの自我の記憶語りは結末が読めてしまって面白くない。クリストフがなにかリアクションをとってくれればいいが、苦痛に喘いでいて今にも息が止まりそうな有り様だ。

 しょうがない、とエミリアは息を抜く。


「その少年、殺しちゃった。人間を殺したのは初めてで凄く良い経験だったわ。そしたらね」


 事態はそれだけでは済まなかった。

 少年の死に、疑念を抱いたのはエミリアの両親だった。娘の異常な過去を知っている父と母は静かに寝ていたエミリアを森に連れ出した。


「あんなに私を愛してくれてた父と母が、もの凄い気味の悪い物を見る目で私を見たんです。アタシをずっと独りにしたのはアナタ達なのに。父は私をぶちました。母は泣きながらそれを見ていました。当時の私には身に覚えのない事でしたから、ただただ小さくなって泣いていました」


 すると突然、父の振り上げた手が止まった。

 エミリアが不思議そうに顔を上げると、母が驚愕に目を見開いているのが見えた。父がどうしたのか、その答えは顔に降ってきた赤い液体が教えてくれた。

 振り仰げば、父の振り上げた拳が土でできた巨大な手で包まれていた。包まれていたというのもおかしなもので、土くれの指と指の隙間はびっしりと閉まっており、そこから生えて見える父の手首はほとんど厚みを持っていなかった。拳が潰されたのだと、理解した時、父の聞いたことも無いような叫び声が鼓膜を揺さぶった。

 続けざまに母の絶叫を聞いた気がする。

 父に駆け寄った母がもう一つの巨拳により殴り飛ばされたのだ。宙を軽々と舞った母親は木に激突し、激しく血を吐いて倒れ、そのまま動かなくなった。。


「私の記憶はここまで、気絶したから。でもアタシは覚えてる。父の怯えと怒りの入り混じった表情を」


 父は死ぬ寸前までそんな顔をしていたと思う。

 父と母が死に、気絶したエミリアを村の近くまで運び、土くれと共にその場を去った。両親を手にかけた直後であるにもかかわらず、今までに類を見ないほどに最高な気分と高揚感だった。理性というものから解き放たれ、心の底から自分が魔女であることを受け入れたのだ。


「ねぇ、クリフさん。私は最低な存在です」


 自分を〝人間〟と表現する事はもうできないのであろう。


「アタシは兄を殺した時も笑みが止まらなかった」


 兄が死んだ時、〝私〟は涙が止まらなかった。


「沢山沢山壊して、アタシは笑い、私は絶望しました。ねぇクリフさん」


 エミリアは目を伏せた。今の自分の、精一杯の良心を込めて声を喉の底から押し出した。


「私は、どうしたらいいんでしょうか?」


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