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墓守の矜持  作者: ハロルド
10/12

再会、そして

 風を裂く音を背後に流し、クリストフは陽光もまばらな森の中を駆けていた。

 草や木が視界の隅に消えていく中で、疾走感はある。しかし胸騒ぎが収まる気配が無い。鋭敏になった感覚が不穏な空気を拾い続けているのだ。そして、クリストフは思考を呼び起こす。


『アタシの名前は――』


 魔女はそれだけの言葉を言い放つとその場に崩れ落ち、みるみるうちに土に還ってしまった。不気味な因子がクリストフの喉元で棘となって刺さり焦燥を掻きたてるのだ。


「エミリア……」


 頭に浮かぶは笑顔を浮かべた少女の顔だ。常に誰かを心配し、笑えない時にも笑顔を貼り付けるであろう少女はあの時、別れの際に何を言いかけたのだろう。笑顔の裏に引っ込めた言葉は、真意は。

 助けて欲しかったのではないか。連れ去って欲しかったのではないか。あの場所から。あの状況から。

 グルグルと思考がループしている。


「エミリア!」

 

 村が近づくごとに死の匂いが強まる。クリストフの中で胸騒ぎの原因が明確になっていく。間違いなく魔女が動いているのだ。 

 木の焼ける匂いに鉄の匂い、蒸発し空気に混じった脂が肌を湿らせる。人々の声はしない。視界の奥に朱の色が混じり始めてきた。村が燃えている。もうすぐだ。

 もうすぐで村に辿りつく。

 最優先事項は決まっている。エミリアの安否の確認だ。そして――、


「――!」


 クリストフは最後の木に拳を叩きつけ加速を付ける。

 視界が一気に開け、村の全容が一目で確認できた。

 そこはまるで地獄だ。

 村全体に火が回り、額から汗が浮き出ては消えていく。あちらこちらに人だったものがへばりつき、ブスブスと炙るような音を発している。

 人々の生活の風景が、跡形もなく消えようとしている。生存者の存在を否定するような無音。これだけの惨事にも関わらず、人の声は聞こえてこない。もうどこかに避難したのだろうか。それとも全滅してしまったのか。そんな疑問はすぐに頭の奥に引っ込んだ。

 今は。


「エミリアァァァ!」

 

 彼女はどこだ。

 村の中心に立ちグルリと見回してみる。聴覚を研ぎ澄ませることも忘れない。右か左か、前か後ろか、考えたのは一瞬で、即座に方向を転換し地面を蹴り込んだ。






 いた。

 クリストフが駆けつけたのは村の東に位置し、唯一原型を残す建物の裏である。

 そこには頭を抱えるようにしゃがみ込む少女の姿があった。火の色に染まった村の中で強い光を押し返す美しい金髪。身体を丸めていてもわかるほどの華奢な肉付き、エミリアだ。

 エミリアの身体が小刻みに震えている。


「やぁ」


 クリストフが背後から声を掛けると、ビクリと身体が大きく跳ねた。


「あ、ああ……」


 ゆっくりと振り向いたエミリアの顔には濃い怯えの色が滲む。クシャリと、整った顔が歪み、すすで汚れた頬の上を大きな雫が滑る。


「クリス、さん?」


「うん。遅れてごめん」


 微笑もうとした自分の顔は、ちゃんと笑えているだろうか。そもそもここで微笑むのは不適切だろうか。

 自問の答えが出ないまま、エミリアの肩に手を乗せる。布越しに肩の体温を感じながら、次の言葉を重ねた。


「ひどい、状況だね」


 言葉を選んだつもりではあるが、随分と他人事のような響きだと自覚している。それでも自分にはそれ以外の表現が思い付かなかった。

 正面に回って片膝を付けば、エミリアの悲痛に歪んだ表情を正面から捉える事ができる。顔や身体中、汚れていない所が無いほど煤や血に汚れた少女は、この状況においても美しさを損なわない。少女の瞳に映る自分の顔は笑ってなどいなかった。


「私……、ああ、私は……」


 狼狽する少女は全身を震わし、両手で顔を覆う。

 ブチり、と嫌な音を聞いた気がした。クリストフにはそれが何の音なのか、一瞬わからなかったが、直ぐに目の前の光景に目を細める事になる。

 エミリアの顔に赤の色が滲みでてきたからだ。己の頬を削ぎ落すかのように爪を立てている。


「……たし、私……っ!」


 混ざりきらない血と涙が手指を伝い、すすり泣く声が次第に大きくなる。


「エミリア……」


 そっと、手を首の後ろに回し引き寄せる。少女の額を自分の胸にあてがい、あやすように背中を叩く。


「落ち着いて。事情は分かっているから。だから――」


 言葉の続きが出てこない。突如、腹部に焼け付くような痛みが走ったからだ。それは異物が肉を裂き捻じ込まれたことによる危険信号であり、胃にまで達しているのか、クリストフは盛大に血を吐いた。反射的に痛みの元に手をあてがえば、そこに問題の異物が残っており、それを握りしめる手はまっすぐにエミリアから伸びていた。

 当の本人であるエミリアの目が驚愕に見開かれる。


「ち、ちが、私、こんなんじゃ――! ごめんなさいっ、ごめんなさい……!」


 ヌメりを帯びたナイフは横へ投げ捨てられ、傷口が上から両手で強く押さえ込まれる。自分の傷口がエミリアの手の中で大きく脈打っているのがわかった。


「くっ」


 傷が深い。呼吸と同時に胃液を含む血の塊が競り上がり、出口を探して暴れまわる。くの字に折った身体。血液が地面に向かってぶちまけられた。エミリアの手がそれを受け止めようとして空を切る。


「クリスさん!」


 意識が朦朧とする中、クリストフはエミリアを再び引き寄せる。今度は互いの耳と耳を合わせるように、片手で首を抱え込むように。


「エミリア、よく聞いて」


 声は出ている。舌も回る。苦痛に歪む顔をエミリアに見せないで済むのは僥倖だった。

 己の視線の先にはエミリアが手放したナイフが転がっている。林檎飴のように赤い光沢に包まれたそれは、特徴的な装飾が施されており、自分になじみ深いものだった。

 震えを帯びた声がエミリアの胸を突く。




「エミリア、君が魔女だ」




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