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墓守の矜持  作者: ハロルド
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幽霊少女は気遣った

 忘れ去られた村がある。地図からもその存在は抹消され、人々の記憶からも忘れ去られ、時の流れから切り離された村がある。

 村には人が住む。当然だ。人が住むから村なのだ。

 村には墓が有る。当然だ。人は死ぬものであるからだ。

 しかし、その村には墓しかなかった。建物は風化の限りを尽くし、原型を留めてないものがほとんどであった。崩れた土壁、風が吹く度に崩壊が進む様は、滅びという言葉がピッタリくる村だ。

 滅んだ村の、訪れるものなど誰もいない、狭い面積に密集するように墓標が立ち並ぶだけの墓場。

 ただ一人、その男はいた。

 一つの墓標の前に腰を落とし、ピクリとも動かない。まるで幾年もの間そう佇んでいたかのような、石像のような雰囲気を醸し出している。目深に被った黒のフードは男の顔を覆い隠し、闇から切りだしたかのような黒いローブが全身を包んでいた。形容するならば、聖職者のなれの果て、人間だった者の抜け殻。そんな言葉がしっくりくる。

 しかし、男は生きていた。

 僅かな動きによってフードが揺れる。男が顔を上げたのだ。


「眠れないのかい?」


 独り言のように放った言葉は、久しく声を発していなかったのだろう。掠れ混じりに無人の墓場に響く。誰もいない筈のこの場所で、返る筈の無い返答。

 しかし、あり得ない筈の応答が背後から聞こえた。


「あーあ、驚かそうと思ったのに」


 場にそぐわない、あどけない少女の声。

 さして驚いた様子も無く、ゆっくりした動作で青年が振り向けば、そこには予想通りの人物が立っていた。稲穂を思わせる柔らかくウェーブがかった金髪に、星々が照らしだす夜空のような、深い藍色の瞳を持つ少女。見た目は十代前半から半ばぐらいだろうか。小柄な体に少女趣味なフリル全開の白いワンピースが見た目年齢を大きく引き下げている。

 もう十年ほどすれば、羨望や嫉妬を一身に集める絶世の美女となっていたことだろう。

 が、それはすでに過去形だ。彼女はその容姿以上に変わった特徴を持っていたのだ。


「どこで気付いたのかな? 姿も気配も消していたのに」


 少女の身体は青白い燐光を纏い、身体が半透明に透けていた。フワリと足が地面から浮き、身体が僅かに上下に浮き沈みしている様は、この世ならざる者の証明であった。

 少女はフラリと地面の上を浮遊し、青年の目の前に回り込むと、額から血を流しながらニッコリと笑った。


「ねぇねぇ、アタシ、怖い?」


 両頬に人差し指を添えて白い歯を見せている少女は、怖がらせる気があるのかどうか。

 青年は微笑み、少女の額から流れ出る血を親指で拭う。実体は無い。ただなにも無い空間を指でなぞるだけだ。それだけで少女の額は青白い光を散らせ、綺麗になっていく。


「君にはいつも驚かされているよ」


 そう言って、フードの中の疲れた表情が淡く微笑んだ。


「アタシ、あなたが驚いているところ、見たこと無いんだけど」


 少女は椅子に腰かけるような姿勢で宙に浮き、腕と足を組みながら唇を尖らせた。尖らせてはいるものの、指が額を撫でる度に唇の端がヒクヒクとニヤつきそうになっている。生来という言葉が幽霊に当てはまるかは謎だが、生来〝喜び〟という感情を我慢できない性質であるらしい。

 その姿があまりにも死者の持つ〝負〟のイメージとかけ離れており、青年はクスリと笑い声を上げた。


「驚いているさ。幽霊というのは死してなお、記憶を蓄積出来るのだね。生前の記憶はないのに」


「記憶がなくて悪かったわね。これでもアタシ、気にしてるんだから」


 と、青年の質問に対し、少女がやや機嫌を損ねたように言う。失言だったかと眼を細め、誤魔化すように手を少女の頭の上に置く。置く仕草をする。撫でるように手を動かせば、少女がククっと喉を鳴らした。これが少女が機嫌のいい時に出るクセだと言う事を、青年は知っている。しばらくの間、少女は目を瞑って脱力したように口元を綻ばせていたが、不意に口から出た言葉が青年の手を止める。


「そういえばさ、あなたはここを出ていかないの?」


 なにげない、しかし、妙に感情のこもらない問いかけだった。青年は直ぐには答えず返答に悩む。言葉を迷っているわけではない。どのような声音で口にすべきかを迷っていた。


「私が出ていくと、寂しがる子がいるからね」


 半ばおどけるように、青年は答えた。


「あ~ぁ、随分おモテになるようで。こんな幽霊以外に誰もいない場所で、いったい誰が寂しがるというのかしら」


 拗ねたように小言を垂れる少女だが、やがて一つの事に思い至るや、直ぐにその表情を明るく輝かせた。


「あ! それアタシ? アタシのこと!?」


 空中にうつ伏せになった少女が、尻尾を振る犬のように足をバタつかせる。凄まじい変わり身の早さに、思わず苦笑が漏れる。

 そんな少女の表情をずっと見ていたい気持ちもあるが、それよりも、と青年は話題を変える。


「私に出ていってほしいのかい?」


 やや意地悪な問いだ。少女は別段気にした様子も無く答える。


「べっつにぃ。でもさ、アナタはもう何年もそこに座り込んでるじゃない。退屈にならないの? 余所に行って生活しようとか、思わないの? ただなにもせずにそこに座って、無駄に時間が流れるのを待つなんて、勿体無いじゃない。アタシと違って生きてるんだから」


 生きてるんだから。その言葉がやけに胸に響く。きっと、少女はこちらを気遣っているのだ。青年が自分を気にしてここを離れられないのではないかと。青年はその気持ちを嬉しいものだとし、言葉を紡ぐ。


「私に時間の概念はないよ。身体は生きているけど、君となんら変わらない存在さ」


 青年は生者である。しかし、死という概念が抜け落ちた存在だった。

 端的に言うならば不老不死。死の無い生と死の無い死、どう違うというのだろうか。青年と少女の違いはそれぐらいでしかなかった。


「私はこの星が寿命により爆発した後も、真空の中で生き続けるだろう。今更、普通の人間達に馴染めやしないさ」


 そう言うと、少女が難しそうな表情で黙りこんだ。


「……アナタって、非常識な存在だったんだね」


「君がそれを言うのかい?」


 他愛の無い会話だ。決して笑えない自分達の境遇であるが、この少女はそれを他愛無い会話として話し掛けてくる。それを有り難いものだと青年は思う。

 限りなくバッドエンドなこの物語を、唯一救ってくれた存在。

 それが青年にとっての彼女であった。



起承転結の〝起〟

四部作の予定。

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