(6)豪華なものには慣れません
私が連れてこられた部屋は、王族に連なる者が通される客室だった。何もかもが豪華で、壮麗で、重厚で、その迫力に圧倒される。
―――む、無理。こんな部屋、落ち着かない……。
部屋に控えていた侍女さんたちへ忙しそうに指示を出しているカルストさんに、私はマントを引きずらないようにして静かに駆け寄った。
「すみません」
「はい、なんでしょうか?」
ニッコリ優しい微笑を浮かべて、カルストさんが私を見る。
「部屋を替えてもらえないでしょうか?」
おずおずと申し出る私に、『おや?』と軽く首をかしげるカルストさん。
「お気に召していただけなかったでしょうか?客室の中で一番上質な部屋なのですが」
その言葉に、私は違うのだと首を横に振る。
「だからです。私なんかにこんな立派な部屋、もったいないです。寝る場所さえ確保できれば、物置で十分ですよ」
私がそう言うと、カルストさんとサフィルさんが驚いて目を丸くした。
「物置だなんて、そんな恐れ多い。サワ様は大切なお客様なのですから、この客室でも申し訳ないくらいなのですよ。少しだけお時間をいただければ、サワ様用に屋敷を建てさせます」
「そうだぞ。ああ、部屋の調度品で何か足りないものがあれば、遠慮なく言ってくれ。すぐに用意させる」
今度は私が目を丸くする。
「お屋敷を建てるだなんて、それこそ申し訳ないです。それに、足りないものなんてありません。雨風に晒されない場所であれば、それ以上は欲しいものはありませんから」
もともと物欲はない上に、自分の足で立つことが出来る健康な体を手に入れた今の私にとって、望むものは何もなかった。
私の言葉に『なんて欲のない』と、二人が揃って口にする。
「屋敷が必要ないのであれば、この部屋をお使いいただくということでよろしいでしょうか?内装がお気に召さなければ、替えさせていただきますが」
私はまた首を横に振る。
「気に入らないのではなく、立派過ぎて怖いんです。何かの拍子に躓いて壊してしまったら、私には弁償できませんし。そう思ったら、とても落ち着けなくて」
そんな私に、カルストさんは私が部屋を変えてほしいと言い出した理由を理解して、柔らかい口調になった。
「たとえサワ様が誤って壊されても、弁償していただこうなどとは考えておりません。ですが、落ち着かないというのであれば、不要なものは運び出すこともいたしますが?」
「お願いします。ベッドがあれば十分ですから」
できれば、今この部屋にあるベッドも簡素で小さなものに替えて欲しかったけれど、大きくて重いベッドは運び出すのが大変そうなので、それはそのまま使わせてもらうことにした。でも、なんだか緊張して眠れないかも……。
「ご遠慮なさらなくてよろしいのに」
カルストさんは少し寂しそうに言う。私が喜ぶと思って、この部屋を用意してくれたのだろう。
せっかくの厚意を無駄にしてしまったことは悪いけれど、緊張して一歩も動けない事態になるのは避けたい。
「遠慮とか、そういうことではなくて。ええと、その、日本での生活では、こんなに豪華なものに触れる事がなかったので、逆にどうしていいのか分からなくて困るんです……」
小さな病室で色々な機械や管に繋がれていた私は、他の人にとっての『ありふれた日常』ですら、遠い世界の話だった。そんな私には、この国の偉い人たちが利用するという部屋なんて、本当にどうしたらいいのか途方に暮れるばかりなのだ。
病院での生活が当たり前で、豪華なものどころか一般的なものすら身近になかったというのは、あえて言うことでもないだろう。
黙る私に、カルストさんが『かしこまりました』と告げ、侍女さんや下男さんたちに部屋の家具を運び出させる。
その様子を見守っていると、カルストさんとサフィルさんが今度は私の服についてあれこれ言い出した。
「家具がなくなってしまった代わりに、その分、サワ様のお洋服にはお金を掛けさせていただきましょう」
「そうだな。よし、今から城付の仕立て屋を呼ぼう。クローゼットに入る限りのドレスを作ればいい」
またまた私が驚いて目を丸くする。
「ま、待ってください。服にお金をかけるなんてしないでください。それに、ドレスなんて要りません」
「そうは言うが、サワ。そのワンピースだけでは、この先困るだろう。着替えは必要だ」
サフィルさんの言うことはもっともだ。
「確かに着替えは欲しいですけど、慣れないドレスは動きづらいですよ。これと同じ簡単なワンピースを二、三着と、上着を一枚用意してもらえれば十分です」
そのくらいなら、お願いしてもバチは当たらないよね?布代もドレスに比べたらそこまで高くないだろうから、いつか働いて代金を返そう。
しかし、この提案にサフィルさんは顔をしかめる。
「それではつまらないではないか」
つまらないとはどういうことだろうか。ドレスを着るという話は私のことであって、サフィルさんが着るわけではないのに。私がワンピースでいいと言っているのだから、問題ないはずなのに。
「つまるもつまらないも、私はお金を持っていません。ドレスを作ってもらっても、代金は払えませんから。なので、ワンピースを何枚か用意してもらえれば。あ、そうだ。余った布とか、捨てる布で作ってもらえませんか?」
少しでもかかる費用を安くしようとする私の言葉に、サフィルさんは淡々とした声で言う。
「金の心配などするな」
だけど、彼の言葉に従うわけにはいかない。
私の両親は治療費を払うために、一生懸命仕事してくれた。だから、お金の大事さはよく分かっている。
まだ何もしていない私が、この国の人に余計な出費をさせたくない。子供じみた意地だけど、やっぱり頷けない。
「そうはいきません。何をするにも対価は必要です。この国の人たちも、服や食べ物を手に入れる為にはお金を払うのでしょう?」
私がサフィルさんにそう言えば、彼は一瞬言葉に詰まる。
「それはそうだが……。では、私からサワに服をプレゼントしよう。それなら、サワがお金を払う必要はない。だから、ドレスを」
私は彼の親戚でもないし、友人でもない。たとえ今日が誕生日だとしても、ついさっき会ったばかりなのに、贈り物をされる間柄じゃない。
「サフィルさんにプレゼントしてもらう理由がありませんよ」
首を軽く傾げて見上げれば、
「うっ」
私の言葉に、サフィルさんが短く唸った。
それを見ていたカルストさんが、やっぱり楽しそうに笑う。
「サワ様。サフィルイア様からのプレゼントは、受け取ってさしあげてください。この事態に巻き込んでしまったことへの、国を代表した詫びだと思っていただければよろしいかと。そうしていただければ、こちらとしても心苦しさが多少なりとも消えますし。私達の為にも、どうぞお願いいたします」
そう言われれば、納得できないこともない。交換条件を呑まない事には、サフィルさんたちもやりづらいというのは分かる。
「……はい」
私はコクンと頷いて、正面に立つサフィルさんを改めて見上げた。
「見ての通り私の体は痩せていて、とてもドレスが似合うとは思えません。なので、今着ているワンピースと同じような服をプレゼントしてもらえるなら、受け取ります」
私が納得したのはあくまでも『受け取る』という行為で、『ドレス』には納得していないのだ。
ところが、諦めの悪いサフィルさんはまたしても提案してくる。
「着てみたら、似合うかもしれないぞ?せめて、ドレスの一着くらいは」
そう言われて、パチパチと瞬きする私。
彼の目は節穴だろうか?それともガラス玉がつまっているのだろうか?一体、私の何処をどう見ればドレスが似合うというのだろうか。
「いえ、似合いません。ですから、ワンピース以外の服はお断りさせていただきます」
きっぱり答えれば、眉を寄せるるサフィルさん。
それを見て、カルストさんは盛大に吹き出したのだった。
後で侍女さんから話を聞いたのだが、この国では男性から女性にドレスを贈るのは、とても大事な意味があるらしい。交際を申し込んだり、プロポーズをしたりとか、そういう意味のようだ。
サフィルさんは部隊長で戦いには詳しそうだけど、そう手の話にはちょっと疎いのかもしれない。だから、私にドレスをプレゼントしようとしたのだろう。
良かった、断っておいて。
万が一にも変な誤解が生まれたら、サフィルさんが可哀想だもん。
●サフィルさんはドレスを贈る云々について、もちろん知っています。
だからこそ、佐和に受け取ってもらいたかったのですがね(苦笑)