表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/47

サワの仕事(19)

 掴んだ取っ手を引っこ抜かんばかりに乱暴に扉を開け、奥の部屋に乗り込んだサフィルイア。

 そして鋭く言い放つ。

「何者だ!」

 普段の彼であれば、たとえ扉に隔たれていても、その奥にある気配が不穏な輩が発するものであるかどうか察することが出来る。

 だが、今はサワと会えない焦燥が冷静さを失わせていた。

 そんな鬼気迫る表情をした彼の登場に、奥の部屋にいたサワは驚いて飛び上がる。

 零れんばかりに目を大きく見開いた彼女を庇うように、サワと一緒にいたカルストが華奢な少女を己の背に庇った。

「おや、サフィルイア様。ずいぶんと威勢のいい登場でございますね」

 ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべているカルストだが、その目は『王族ともあろう方が、そのような行動をなさるものではありません』と訴えている。

 その突き刺すような視線と、素早く見回した室内には二人しかいない様子に、サフィルイアはようやく落ち着きを取り戻した。大きく息を吐き、カルストの背後からこちらの様子をビクビクと伺っているサワを見遣る。

「驚かせてすまない。このところ、いささが気が立っていたため、つい」

 凛々しい眉を下げて謝罪を口にした彼に、サワはフルフルと小刻みに首を横に振った。

「い、いいえ。私は、大丈夫です。私こそ、大きな音を立ててしまってごめんなさい……」

 ションボリと視線を下げる彼女につられてサフィルイアが床を見れば、その足元にはカップが転がり、お茶と思しき液体が広がっていた。 

 先ほどの音は、カップが床に落ちたことが原因だったようだ。

「あ、あの、私、お茶を淹れる練習をしているところなんです。でも、すごく不器用だし、それに、ちょっとでも緊張すると、すぐに手が震えて。それで、さっきもカップを落としちゃって……」

 なにも載っていない受け皿をギュッと握り締め、サワが身を縮めた。

 サフィルイアは泣きだしそうな顔をしている彼女にゆっくり歩み寄り、静かに口を開く。


 ……が、サフィルイアがなにかを言う前に、カルストが受け皿を握り締めているサワの手に優しく触れた。

「サワ様の努力は、いつもそばで見ているこの私が、よく存じ上げております」

 それを聞いて、サフィルイアは内心穏やかではない。


――なんだと?この私を差し置いて、サワを『いつも』、『傍で』、見ているだと?


 再び表情が険しくなる。が、これではサワを怯えさせてしまうと、慌てて表情を戻した。

 しかし、次に耳にしたセリフで、表情がまたしても強張る。

「ありがとうございます。お父さん」

 小さな愛らしい笑みをカルストに向けるサワ。


――お、お父さん!?いつの間に、そんな親し気になったんだ!?


 思わず腕を伸ばしてカルストの胸倉を掴み上げそうになったサフィルイアの肩を、ポンと優しく叩く者がいた。この場に割り入ることが出来たのは、丹力のある侍女長ミーティアだ。

「サフィルイア様」

 静かな声にハッと我に返り、緩く首を振って大きく息を吐き出すサフィルイア。

 サワに関することにおいて、彼の氷の仮面は容易に霧散してしまう。

 一国の王子で、しかも多くの部下の上に立つ長がそのような様子では、あまりいいことではない。

 だが、これまで感情というものをほとんど表に出すことのなかった彼が、こうまで表情を変えるようになったことを、ミーティアは嬉しく思っていた。

 とはいえ、サワを怯えさせることは避けるべきである。

「サワ様がサフィルイア様の前に現れなかったのは、それなりの事情がございます。その辺りのお話を、ご本人から伺ってみてはいかがでしょうか?」

 これ以上、二人が顔を合わせないままでいると、サフィルイアは氷の仮面を脱ぎ捨てる代わりに氷の鎧を纏い、全身から冷気を吹き出すことになるだろう。

 すでにそのような事態となり、彼の部下であるエーメルドが精神的被害を受けていたとは、この時のミーティアはまだ知らない。

「もちろん、お気持ちを十分に落ち着かせてからでございますよ」

 王子が幼少の頃から仕えてきた者の親しさと、侍女見習いであるサワを守る立場の侍女長としての厳しさを合い混ぜ、ミーティアはサフィルイアを嗜める。

「ああ、分かっている」

 その言葉に深く頷き、彼は深く大きく息を吐き出した。

「サワ」

 呼びかけた声は、この部屋に入った着た時のものとはまるで違い、優しさが存分に感じられる。

 こちらに顔を向けてきたサワの表情にも、怯えた様子は微塵もない。

 サフィルイアは、改めてじっくりと彼女を眺める。

 淡い黄色の布地で出来た制服は、サワによく似合っていた。

 ただでさえ彼の目には愛らしく映っていたのに、今はその何倍も、いや、何十倍にも愛しさが膨れ上がっている。

 氷の仮面が脆くも崩れ落ちた。今度は違う意味で。

「とてもよく似合っている」

 フワリと口角を上げ、形の良い目が優し気に細められる。

 その表情にサワは僅かに頬を上気させ、はにかんだ笑顔を浮かべた。

「みなさんのおかげで、こんなに素敵な制服を作っていただきました」

 彼女の笑顔は本当に嬉しそうで、サフィルイアの表情もさらに優しいものになる。。

 サワがこの国に現れた時は、すぐにも消えてしまいそうなほど儚げな風情で。笑ってくれたとしても、どこか寂しそうだった。

 それが、こんなにも喜びを素直に表してくれるとなれば、嬉しくないわけがない。

 今なら、心を波立たせることなく接することが出来そうだ。

「サワ。どうして、私の部屋に来なかったんだ?私付きの侍女になるようにと、話をしておいただろう?」

 穏やかな声の問いかけを聞いて、サワが僅かに視線を泳がせた。

「あ、あの、実は、そのお話は、冗談だと思いまして……」

 サフィルイアは表情を曇らせたが、瞬時に穏やかな笑みを取り繕う。

「私は、冗談でそのようなことを言ったのではないんだぞ」

 サワが顔を伏せたまま、コクコクと首を縦に振る。

「は、はい。サフィルさんが私の事を考えてくれて、それで、そういう風に言ってくれたんだろうなって、後で分かりました。でも……」

 ここで言葉を区切ってしまったサワに、サフィルイアは優しく続きを促す。

「でも?サワ、なんでも正直に話してほしい。私はいきなり怒り出すほど、心が狭い男ではないと思っているんだが」

 彼の言葉に、少し離れたところに立っているカルストとミーティアが生温かい視線を向けてきたが、サフィルイアは綺麗さっぱり無視したのだった。


●少々、中途半端なところで区切りましたが、この後のシーンを含めて投稿すると、かなりの長さになってしまいそうなんです。

どうぞご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ