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サワの仕事(15)

 ミーティアと共に部屋へと戻ったサワは、さっそく侍女用の制服を作るための採寸に取り掛かった。

 年に数回しか通えなかった中学校の制服はセーラー服だったので、侍女の制服とはまるで違う。それでも、自分と同じ年頃の者たちと同じ格好をするというだけで、サワはワクワクした。細かく面倒な作業でも、嫌な顔一つしない。

「サワ様、お疲れ様でございました。どうぞ、こちらへ。お手に触れて、肌触りをご確認くださいませ」

 必要な個所の採寸を済ませると、次は生地選びだ。仕立て屋と手伝いの者が、いくつもの布の束を並べてゆく。

 ただ、そのどれもが同じような色合いであある。

 サワは、ひよこみたいな色の生地たちを眺めながら盛大に首を傾げた。

「どうして、私の分は色が違うのですか?皆さんと同じでいいんですけど」

 その問いかけに、ミーティアが答える。

「実は、侍女見習いという扱いは、この城に存在しないのです。ですから、他の侍女たちと区別するために、あえてサワ様だけ淡い黄色とさせていただきました」

 侍女はいくつかのグループに分かれて仕事に当たっている。グループリーダーは紺、他の侍女は焦げ茶といったように色分けされているのだ。

 ちなみに、侍女長であるミーティアは深い緑の衣装をまとっている。

 サワ用の制服がどれとも違う色であることを、ミーティアはそう説明する。

 ところが、それは建前だった。

 カルストいわく、「一見してサワ様だと分かる色にしておかないと、心配でたまらない!皆と同じ色では、城の若い者たちが何をしでかすやら……。ただの侍女だと思って、どこぞに連れ込むかもしれないではないか!」とのこと。

 城で働く者たちは、侍女として働く女性も、文官、武官、護衛に至るまで、どの男性も出自が明らかで、品性もそれなりだ。

 しかし、サワの素直さと儚さは男性の庇護欲を大いに刺激する。

 いや、庇護だけであれば問題ない。それが行き過ぎて、嗜虐心に火をつけてしまったらと思うと、カルストは胃に穴が開きそうなほどである。

 城の誰もがサワという存在を知っているが、彼女の容姿を知らない者もいるのだ。その者たちが万が一にも、サワだと気づかずに手を出すようなことがあったら……。

 カルストは、禁忌とされている破滅の黒魔術をもってして、その不埒者に天誅を下すかもしれない。

 ミーティアとしても城が全壊するような事態になるのは恐ろしいし、何より、この愛らしい少女が不届きな輩の手にかかってしまう事だけは避けたい。

『淡い黄色の侍女服を召された方は、鍵であるサワ様である』と城内に触れおいておけば、彼女の顔を知らない者も手を出すような馬鹿な真似はしないだろう。これでサワの身の安全は図れるというわけだ。

 そうとは知らないサワは、素直に頷く。

「私は見習いですもんね。それに、私はこのひよこ色、可愛くて好きです」

 まだまだ上手に笑えないサワが、本当に嬉しそうに小さく笑う。

「サワ様。ひよことは、どういうものでしょうか?」

 ミーティアの質問に、生地を撫でながらサワが答える。

「にわとりという卵を産む鶏の赤ちゃんで、こういう色をしているんです。実物を触ったことはないですけど、本で見たことがあります。すごく可愛いんですよ」

「さようでございますか。では、この制服を着たサワ様も、さぞかし可愛いらしいことでしょうね」

 ニコリと笑うミーティアの言葉に、そばにいる仕立て屋の女主人も頷いている。

 二人の様子に、サワの頬が少し赤らんだ。

「私なんて、やせっぽちで、全然可愛くないですよっ」 

 照れた顔を生地に埋めてモゴモゴと呟くサワ。

 そんな彼女の様子は、女性であるミーティアでも庇護欲を駆り立てられる。


――カルスト様の不安がよく分かりました。サワ様を手籠めにしたいと考える男性がいても、まったくおかしくありません!ですが、カルスト様の心配には及びません。そのようなことが起きないように、このミーティアがしかと目を光らせておきます!


 恥かしそうにしているサワのつむじを見下ろしながら、ミーティアが心に強く誓う。


――万が一にもサワ様に無体を働く輩は、この私が氷漬けにしてやりましょう!


 若い頃は一族の中でも一、二を争う程の氷術魔法の使い手であったミーティアは、この少女を守るためなら、城を半壊する覚悟も辞さないのであった。




 サワの制服は三日後に出来あがった。

 早速袖を通して嬉しそうにほほ笑む様子に、カルストもミーティアも満足げだ。

「お似合いですよ。サワ様の綺麗な黒髪と、やわらかい黄色が、とてもいいですね」

「ええ、本当によく似合ってらっしゃいます」

「ありがとうございます。私、この制服、好きです」

 豪華なドレスではなく、仕事着である制服で喜ぶとは。その控え目な様子に、カルストはいっそう相好を崩す。……使われている生地は下手なドレスよりも値が張るのだが、もちろん、サワ本人だけが知らない。

 仕事の邪魔にならないように、サワは長い髪を後ろで纏め、フワリとやわらかいお団子状態にした。

 その頭に、真っ白なヘアバンドを乗せる。用意されたエプロンとお揃いの意匠だ。他の侍女たちよりもレースが多目に使われて愛らしい仕上がりになっているのは、カルスト、ミーティア、仕立て屋の共通した意見によるものだった。

 すっかり身支度を整えたサワは、本当に可愛らしい姿である。あまりに可愛らしい様子に、これでは逆効果ではないかとカルストが心配になったほどだ。

「さぁ、サワ様。今日からお仕事ですよ。少しずつで構いませんから、一つ一つ覚えていきましょうね」

 パンパンと手を打ち鳴らしたミーティアは、これまでよりも幾分顔を引き締める。それに倣って、サワも背筋を伸ばす。

「よろしくお願いします!」

 小さな侍女見習いは、元気よく返事したのだった。


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