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サワの仕事(13)

 腹も膨れてすっかり元気を取り戻したサワは、部屋に向かって廊下を歩いていた。

「侍女って、どんなお仕事するんだろう。それに、あの制服が着られるのも楽しみだなぁ」

 異界渡りの姫君であるサワには、いつだって豪華な衣服と贅沢な生活が用意されている。

 だが彼女自身がそういった者をいっさい望まず、いまだにサワの服装は簡素なワンピースだ。

 サフィルイアだけではなく、彼の両親も弟妹もサワにドレスを贈ろうとしているものの、どうしたってサワは受け取ろうとはしなかった。

 そんなサワは、侍女の制服には興味があるらしい。

 まともに学校生活を送れなかった彼女なので、皆と揃いの服装というものに憧れがあったようだ。

 わざわざ自分用に作ってくれると言われた時は気が引けたが、この国は男性も女性も日本人よりもはるかに平均身長が高く、体格もいい。

 だから、華奢で小柄な自分用の制服は、誰かのおさがりなどでは無理なのだろう。

 採寸して作る服というものがどれほど高くつくのか分からない。

 それを考えると、せっかく取り戻した元気がシュルンと萎んでしまった。歩みが止まり、その場でため息。

「私、我がままを言っちゃったのかなぁ?」

 サワがボソリと呟きを漏らす。

 しかし、すぐさまブルブルと首を振って、弱気な自分を振り払った。

「せっかくカルストさんがお仕事を探してくれて、ミーティアさんが協力してくれるんだから、頑張らなくちゃ!それに制服のお金は、お給料から引いてもらえばいいんだよね!」

 この国に渡りついて体が少しずつ丈夫になってきたように、サワの心も少しずつ強くなっていったようだ。

 家族に遠慮し、自分の存在を否定してきた以前に比べ、きちんと前を向いて進もうという気力が今の彼女にはあった。

 決意を新たに拳を握っていると、「サワ」と呼び掛けられる。

 振り向くと、サフィルイアがこちらに向かってやってくる姿が目に入った。

 ペコリと頭を下げたサワの前に、サフィルイアが立つ。

「昼食は済ませたか?」

 その声も、その表情も、普段とは比べ物にならないくらい優しかった。『氷の仮面』と密やかに囁かれている彼がこのような態度であることに、部下たちは白目を剥くであろう。

 そして、年頃の女性たちは、そんなサフィルイアを目にすれば、さぞ胸をときめかせたことだろう。

 しかし、サワがこの国に渡ってきた時から目にしてしてきた彼は、いつも、このように穏やかで優しい。

 さらには、意外と表情が豊かであった。カルストの前では焦ったような態度であったり、バツが悪そうに視線を逸らせりこともあった。

 恐ろしいほど真剣で必死な表情をしていたのは、サワがマスタードラゴンに命を捧げようとしたあの時くらいかもしれない。

 だから、サワは目の前のサフィルイアが特別なものだとは感じておらず、白目を剥くこともなければ、頬を赤らめることもなかった。

「はい、アーカを焼いて食べました」

 ぎこちないながらも、これまでに比べればはるかに自然な笑みを浮かべて答えるサワ。

 どこか諦めたような表情ばかりだった彼女が、自分に微笑みかけてくれること。

 また、身長差のせいで、自分を見上げてくる仕草に、サフィルイアは胸の奥がトクトクと小さな音を立てていることを感じる。


――これが、人を好きになるという感情なのだな。


 この国における自分の立ち位置と性格ゆえに、二十三になるまでまともに恋愛をしてこなかった彼は、初めて味わうこそばゆい感情に照れくささを感じるが、幸せでもあった。

 しかし、このままで終わりにするつもりはない。今よりも親密な関係にならなくては。

 サフィルイアはコホンと咳ばらいをすると、サワの目を見詰めながら口を開いた。

「今朝、話した件だが。サワには王族付きの侍女になってもらおうと思っている」

 それを聞いたサワは、ポカンと棒立ちになった。

 侍女として働かせてもらうことはカルストとミーティアから聞いていたので、その二人からサフィルイアに話が行ったのだろうと、不思議ではなかった。

 だが、王族付きの侍女だとは聞かされていない。「まずは侍女見習いから」という話しだったはず。

 とはいえ、サフィルイアは下手な嘘や冗談を言うような人物ではない。

「王族って……、私、ジル様とアミィ様の侍女になるんですか?」


――もしかして私が緊張しないように、仲の良いジル様とアミィ様の侍女になれるようにしてくれたのかな?


 サフィルイアよりも歳が近く、そして、彼よりもはるかに人懐っこい双子は、サワのことを実の妹のように可愛がっている。

 自分たちを「ジル」、「アミィ」と略称で呼ばせ、空いた時間にはサワの部屋に押しかけているのだ。

 サフィルイアも何かにつけてサワの部屋に訪れては、そんな弟妹達の様子をしばしば目にしているので、そういった取り計らいをしてくれても不思議ではない。


――やっぱり、サフィルさんは優しいなぁ。


 そんなことを考えていると、彼の眉間にうっすらと縦ジワが入る。

「……二人の侍女には、絶対に就かせない。これ以上、サワとの時間を奪われてたまるか」

 小さな声で、何事かをボソボソと呟くサフィルイア。

 あまりに小さなものだったので、サワには聞き取れなかった。

「あの、今、なんて言ったんですか?」

 首を傾げて見上げてくる彼女に、サフィルイアは再びコホン、と咳払い。

「いや、独り言だから気にしないでくれ」

「そうですか」

 追及するつもりもなかったサワは、別に気にした様子もない。

 パチパチと瞬きをしている彼女に三度目の咳ばらいをすると、ややためらいがちに口を開くサフィルイア。

「サワには、私の侍女として働いてもらいたい」

 目元を薄く赤らめ、照れくさそうに告げてくる。氷の仮面は見る影もない。

 ところが、サワはそんな彼に目を奪われることもなく、忙しなく瞬きを繰り返すばかり。

 呆然としていると、彼女の華奢な肩にサフィルイアの大きな手の平が乗る。上体を軽く倒し、サワの瞳を覗き込んだ。

「この話はまだ誰にも言ってはいけない。色々と手回しがあるからな」

「手回し?」

 コテンと首を傾げるサワに、サフィルイアはゴホン、ゴホンとわざとらしく咳払い。

「あっ。な、なんでもない。また、後で会いに行くから、部屋で待っていてくれ」

 口早に告げたサフィルイアは、そそくさとその場を去っていった。



 早足で廊下を歩くサフィルイアは、まだ気が付いていなかった。

 彼の思惑を、カルストがとっくのとうに察していたことを。

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