サワの仕事(12)
自分が無事に結婚できるかどうかで、眉毛を下げてしょぼくれていたサワ。
しかし、彼女のお腹が「クルルッ」と小さな音を立てると、そんな先のことで悩むより、昼食を作らなくてはと思い直す。
それからは暗い表情になることなく、サポート係の青年とアーカの調理にかかったのだった。
話にあったとおり、塩焼きされた魚はとても美味しい。口の中でほろりと解ける身はやわらかく、川魚特有の臭みはなかった。
「味付けはお塩だけなのに、美味しいですね」
サワの言葉に、青年がニコリと微笑む。
「料理は腕前も大事ですが、素材を選ぶ目も大事なんですよ。一緒に勉強していきましょうね」
「はい、よろしくお願いします」
「さぁ、サワ様。次のアーカが焼けましたよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
青年が差し出した皿を、サワははにかみながら受け取った。
適度に脂が乗ったアーカに、サワの手は止まらない。すっかりご機嫌で、パクパクと食べ進める。
そんな彼女の様子に、厨房にいた者たちはホッと胸を撫で下ろした。
それと同時に、まったく気持ちがが通じていない次期光帝の青年を思い、皆は微妙な顔つきで目を合わせていた。
執務室で昼食を終えたサフィルイアは、ミーティア以外の侍女を下がらせた。
「……実は、折り入って話がある」
ミーティアが淹れたお茶を半分ほど飲んだところで、サフィルイアは少々言いづらそうに口を開く。
適度な距離を空けて控えていたミーティアは、神妙な顔で頷いた。
だが、カルストと共に長くサフィルイアの世話をしてきた彼女は、彼自身の言葉もあって、親し気な空気を醸し出している。
「なんでございましょうか?」
侍女長として下の者を従えている時よりも、だいぶ穏やかな表情で問い返した。
すると、サフィルイアはもう一口お茶を飲んでから、静かにカップを戻す。
「サワのことなんだが……。鍵の役目を終えた自分が、なにもせずに城にいることを気にしていてな。今朝、城を抜け出して、街に行こうとしていた。仕事を探して、一人で生活していくつもりだったらしい」
「サワ様が?」
驚きのあまり、ミーティアが言葉を零す。それについてはカルストから詳しく聞き及んでいなかったため、思わず声を出してしまった。
あの幼い少女が、一人で生きていくだと?そんなこと、出来るはずがあろうか。
いや、彼女よりも年若い少女たちが家計を助けるために働きに出るというのは、よく聞く話だ。
だが、サワはこちらの世界に渡ってからそれほど時は経っていない。世間知らずの彼女が、たった一人で生活してゆくなど、あまりにも無謀すぎる。
ミーティアは、衝撃のあまりに一瞬、目が回った。
無意識のうちに額に手を当てる侍女長の様子に、サフィルイアは薄く苦笑を浮かべる。
「彼女の不在に気が付いた私が急いで追いかけ、騒動が起きる前に連れ戻したがな」
「そうでございましたか。サワ様に何ごともなく、安心いたしました」
先程、美味しそうに焼き菓子を頬張っていたサワの姿からは、全く想像できなかった出来事に、ミーティアはそっと安堵の息を吐いた。
健気で儚くて物静かなサワではあるが、思いのほか無鉄砲なところがあるらしい。これは存分に気を配っておかなくてはと、ミーティアは心に書き留める。
そんな彼女に、サフィルイアは先程と同様、言いにくそうに口を開いた。
「そこで……、ミーティアに頼みがあるんだ」
手持無沙汰にカップの持ち手を弄りながら、伏し目がちにしているサフィルイア。彼がチラリとミーティアを見遣ると、彼女は僅かに頷いた。
「サワに、侍女の仕事をしてみてはどうだと話してある。彼女も気乗りしているようだし、取り計らってもらえないだろうか」
そしてミーティアから視線を移し、カップの中のお茶を見つめながら、
「その……、私付きの侍女として」
やや口ごもりながらも、しっかりと申し出た。
それを聞いたミーティアは、即座に口を開くことはできなかった。
カルストの予想通り、自分付きの侍女にしてはと、打診してきた次期光帝。彼の想いもよく分かるし、応援してあげたい気持ちも山ほどあった。
しかし、サワがたった一人で城を飛び出し、仕事を探して生きていこうとしていた話を聞いて、改めて決意した。
世間知らず過ぎて無鉄砲な彼女には、カルストが言ったとおり、段階を踏んでいくことが必要だと分かったからだ。
王族以上に存在意義のあるサワは、自身がその意義をまったく分かっていない。
彼女がいきなり王族付きの侍女となっては、「自分が依怙贔屓されている」と考えかねない。
そう遠くないうちに、「やはり自分は街で仕事を探そう」と、再び城を飛び出してしまうだろう。
沈黙を続けるミーティアに、サフィルイアは尚もオズオズと言い募る。
「サワがいきなり王族付きの侍女として働くには、色々と面倒をかけると思う。だが、協力してくれないだろうか」
滅多なことでは表情が崩れないと評されるサフィルイアが、僅かにはにかみながら頼み込む。
彼は既に、頭の中でサワが侍女として自分の傍で働く姿を思い描いているのだろう。
サフィルイアとサワの恋路は、心の底から応援するつもりのミーティア。
しかし、それは『今』ではない。
ミーティアは何とも言えない笑みを浮かべ、
「善処いたします」
と、答えた。
――善処しましたが、考慮した結果として、王族付きの侍女は無理だと判断いたしました。
サフィルイアにはいずれそう伝えようと、密かな決意を胸に秘めて。




