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サワの仕事(7)

「カル……、お、お父さん。あの、私に頭を下げないように、言ってもらえますか?」

 思わず『カルストさん』と口にした瞬間、ニッコリと意味深に微笑みかけられ、慌てて言い直すサワ。

 ミーティアは丁寧に織り込まれた絨毯の模様に目を落としながら、そんな二人の様子を気配だけで察する。


――なにがどうなって、「お父さん」なのかしら?


 しかし、疑問も嫌悪も反発も顔に出してはならないと、日頃から侍女たちには口を酸っぱくして教育している侍女長。これまでに鍛え上げた鉄の表情筋のおかげで、心の呟きをおくびにも出さなかった。

 静かに頭を下げ続け、サワとカルストの様子をひっそりと窺う。

「そうはおっしゃいますが、サワ様はこの国にとって、特別なお方ですから」

 カルストが優しく言い聞かせようとする。

 それを聞いたサワの口から、とんでもないセリフが飛び出した。

「で、でも、私が侍女として働くなら、この人が私の上になるんですよね?」

 

――サワ様が侍女に!?しかも、サワ様の上司が私!?


 さすがのミーティアも、これについては動揺を隠せなかった。ハッと息を呑み、体を固くする。

 そんなミーティアの様子に、カルストがクスリと小さく笑った。

「侍女長。そろそろ、姿勢を正してください。このままではサワ様が落ち着かず、話が進められそうにありません」

 彼の言葉に、ようやくゆっくりと顔を上げた。

 シャンと背筋を伸ばした時には、既にいつもの顔に戻っていた。そういったところは、やはり侍女長を任されるだけのことはある丹力の持ち主だ。

「私があなたにお願いしたいというのは、今、サワ様がおっしゃった通りのことです」

「失礼を承知で、言葉を返させていただきますが。本当に、サワ様は侍女になるおつもりでしょうか?」

 サワと目を合わせるのは恐れ多いと、ミーティアはカルストに視線を合わせる。表情は変わりないが、その目は僅かながらも不安と戸惑いで揺れていた。

 ミーティアを安心させるように、カルストは優しく笑みを浮かべる。

「ええ、本当ですよ。実はそのことで、少々込み入った話が……」

 含みを持たせた表情のカルストに、ミーティアはいささか緊張した。

「かしこまりました。よろしければ、あちらの部屋で」

 品よく頭を下げる侍女長に軽く頷いたカルストは、穏やかな笑顔に切り替えてサワを見遣る。

「サワ様の仕事について、彼女と少しばかり相談をしてまいります。そちらのソファにお座りになって、お待ちいただけますか」

 それを聞いて不思議に思うサワ。


――私の仕事のことの話なのに、どうして、二人で話し合うんだろう?


 だが。


――仕事の内容とか、決まり事とか、新人に聞かせたらいけない話とかあるのかもしれない。


 カルストに全幅の信頼を寄せているサワは疑うことなく、ソファにポスンと腰を落とした。

「では。サワ様にお茶をお出ししてから、お話を伺います」

 ミーティアは手際よく飲み物と軽く摘まめそうな焼き菓子をサワの前にあるローテーブルに並べると、カルストを奥の小部屋へと促したのだった。




 木製のしっかりしたドアをパタリと締め、ミーティアはカルストに向き合った。

「カルスト様。込み入ったお話とは?」

「サワ様はすっかりこの城の侍女として働くおつもりですので、その取り計らいや諸々のことをお願いしようと思いましてね」

 先ほどの話はにわかには信じられず、自分の耳がおかしくなったのかと思った。しかし、本気でサワは侍女の仕事をするつもりらしい。それがずっと続くのか、一時のものなのか分からないが。とにかく、仕事をすることは決定事項のようだ。

「サワ様が望んで侍女の仕事をしてみたいとおっしゃるならば、私は反対などできませんが……。ああ、でも、異界渡りの姫君であるサワ様に、本当にそのようなことが許されるのでしょうか?」

「許すも何も、サワ様が絶対に譲らないのですよ」

 苦笑するカルストに、ミーティアは何とも言えないため息を吐いた。

 立場はカルストの方が格段に上だが、長きにわたって城に勤めているため、気心が知れた二人だ。他人がいない場所では、お互い気安い態度で接することが常である。

「謙虚の塊であるサワ様は、何もせずに城で暮らすことに居心地の悪さを覚えるようです。何か仕事をさせてもらえないのであれば、街で働くとまでおっしゃいまして」

 ミーティアの鉄仮面が一気に崩れる。

「街で働くですって!?」

 あのいたいけな少女を街に出すなど、考えられない。いや、考えたくもない。

 サワはあまりに華奢で、人を疑うことをしらない。そんな彼女が街に出たら、あっという間に餌食になるに決まっている。

 城下では騎士団が目を光らせているので、治安はそれほど悪くないだろう。

 しかし、騎士団の目を掻い潜った悪党が、どこかに潜んでいるやもしれないのだ。そのような場所で国を救った姫君が働くなど、到底ありえるはずがない。

 なんとか大声を出すことは避けられたものの、さすがに表情まではどうにもできなかった。

 ミーティアが驚愕の面持ちでカルストに視線を向けると、苦笑を浮かべて頷く。

「サワ様に仕事をさせるとなれば、まさに身を切るような思いを抱えることになるでしょう。それでも、目の届く城内に留まっていただいた方が、サワ様にとって安全ではないかと。我々の心臓にとっても」

「……ええ。そうですね」

 ミーティアも苦笑する。

「では、早速サワ様のお仕事担当を考えなくては。あまり負担がかからない担当は……」

 すぐさま頭の中で城内での仕事を思い浮べるミーティアに、カルストがやんわりと制止の声をかけた。

「そこで、あなたにお願いがあるのですよ」

「もちろん、サワ様のお立場を考えた担当をご用意しますよ」

 いくら本人が望んで働きたいとは言っても、侍女たちとまるで同じ仕事をさせるわけにはいかない。それはミーティアもよく理解している。

「それはもちろんですが……」

 彼女の言葉に対して、フフッと楽しげに笑うカルスト。それは、彼がなにやら企んでいる時の表情である。

 ミーティアは長年の付き合いから、少しばかり厄介ごとに巻き込まれそうだと直感したのだった。

 


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