サワの仕事(6)
食事を終え、サワとカルストはお茶を飲みながら穏やかな時間を過ごしていた。
「それで、サフィルイア様は仕事についてサワ様にどのような話をされていましたか?」
サワは小さく首を傾げ、サフィルイアとの話を思い起こす。
「私と同じくらいの歳から、侍女として働き始める人が多いと聞きました。だから私にも出来るはずだって」
確かにその通りだ。
しかし、侍女になる者たちとサワとでは、あまりに身分が違う。
行儀見習いも兼ねて城勤めする者たちは、もちろん家柄もしっかりとしているのだが、
サワはこの国を左右するほどの重要人物だ。そのような者たちと比べることすら烏滸がましい。
その彼女が侍女たちに混じって仕事をするなど、本来はあってはならないこと。
侍女の仕事は洗濯場や調理場の下働きに比べれば比較的楽ではあるものの、サワは侍女たちに傅かれる立場なのだ。
――サワ様が侍女として働くことなど、もってのほかです!
そう言えるのであれば、カルストはどんなに気が楽になるだろうか。
しかし、普段は自分から望みを口にしないサワが、期待に目をキラキラさせて己を見遣ってくるのだ。
そんな彼女に「侍女の仕事はさせられない」と言っては、むやみに悲しませるだけだろう。
それにいくら彼女に説き伏せようとも、自分がいかに重要な立場であるのかを理解してくれそうにないことは、これまでの言動で明らかだ。
さらには仕事がないとなれば、またコッソリ城を抜け出して、街で働くと言い出しかねない。
――駄目だ!サワ様を城の外に出すなど、絶対に駄目だ!父として、そこは死守せねば!
他の仕事、例えば妃陛下の話し相手であるとか、二ホン文化についての書物を編纂するとか、そういった類のことであれば頭を悩ませることはなかったのだ。
侍女を従える立場の彼女に侍女の仕事を勧めたりするなど、カルストにはサフィルイアの考えがさっぱり理解できない。
この華奢な手は仕事をするには不向きだ。というよりも、あまりに儚くて、仕事などさせたくない。
今だって、慣れない料理によって出来た小さな切り傷や火傷がいくつもある。
それを見ただけで、カルストの心臓はナイフがズブズブと突き立てられているような痛みを感じているのだ。
――いっそのこと、『私の家で行儀見習いをしてみませんか?』とかなんとか丸め込んで、花嫁修業をさせるか?
我ながら名案だ!と、思わず膝を叩きそうになるカルスト。
しかし、それはできない。
いくら反対したくとも、王子であるサフィルイアが口にしたことをそうそう覆せる立場にないのだ。
なにより、すっかり侍女の仕事をする気になっているサワに、別の仕事をさせるのも気が引ける。
カルストは穏やかな微笑みを貼りつけながら、心の中で次期光帝陛下に雷を落とした。
――それにしても、サフィルイア様!なぜ、侍女の仕事をサワ様にさせようとしたのですか!
そこでハッと気が付いた。
――そうか!サフィルイア様はサワ様を自分専属の侍女にする気なのですね!そして、いたいけなサワ様を自分の執務室に連れ込むつもりですね!
サフィルイアの瞳には、いつでもこの少女を庇護してやりたいという思いが強く浮かんでいる。
それと同時に、深い恋情を抱いていることも、カルストはとっくに見抜いていた。
だからこそ遠まわしに嫌がらせ、……ではなく、臆病な少女を怖がらせないよう、サフィルイアには冷静になってもらおうと策を巡らせているのだ。
――執務室にサワ様と二人きりで籠るだなんて、そのようなことは、この父が許しませんよ!
様子からして、おそらくサワはサフィルイアから単に『侍女になってみては?』という話しかされていないようだ。
王子付きの侍女という仕事を持ち出されれば、控えめな彼女のことだ。困惑したのちに断わろうとしてくるだろう。
そうさせないためにも詳しい話をせず、彼女の知らないところで王子付きの侍女として取り計らってしまおうという魂胆なのだ。
――ようやく生きることに前向きになったサワ様なのですから、恋をするのもいいでしょう。ですが!ですが、今はその時ではございません!私が「お父さん」と呼ばれる日々を堪能しまくるまでは!
この国を預かる宰相は、すっかり親馬鹿と化している。
しかし、彼を留められる人物はこの場にはいなかった。
カルストはお茶を飲み干し、サワに微笑みかけた。
「では、サワ様。よろしければ、お仕事を取り計らいましょうか」
「はい、ぜひ!」
コクコクと素直に頷くサワに、カルストの表情は嬉しそうに緩む。
サワも残っていたお茶を飲み干すと、手早く食器を片付けてカルストの後に続いた。
そしてやってきたのは、侍女長の部屋だ。
「ここは侍女たちを纏めている者の部屋になります。この中で少々、お話しましょう」
品のあるノックをし、応えを確認したカルストが室内へと入る。それに倣って、サワも踏み入れる。
中にいたのは濃紺の立て襟仕立てされたドレスを着た、五十代半ばと思しき女性だった。
濃い茶色の髪には数本白いものが混じっているものの、その立ち振る舞いや表情にはエネルギーが溢れている。
ハッキリとした二重に囲まれた瞳は少し厳しい印象を受けるが、そこに浮かぶ光は慈愛に満ちていた。
「カルスト様、どうかなさいましたか?」
突然の来訪に、侍女長であるミーティアがわずかに表情を強張らせる。
「ああ、どうか、そう構えずに。今日は、お願いがあってこちらに伺ったのですよ」
「お願い、ですか?」
不思議そうに訊きかえすミーティアは、カルストの陰に隠れるように立っていた少女の姿に気づく。
「まぁ、サワ様!」
マスタードラゴンと共に去り、そして、再びマスタードラゴンと共に城に現れた稀有な存在である少女に、ミーティアは深々と頭を下げた。
それに対して、サワは肩を跳ね上げて驚く。
「あ、あの!頭を上げてください!」
サワはワタワタと声をかけるが、ミーティアは姿勢を戻そうとはしなかった。
「カルストさん、どうしましょう!?」
眉尻を下げて横に立つカルストを見遣れば、
「サワ様。私のことを呼ぶのであれば、そうではありませんよ」
と、苦笑が返ってくる。
「え?」
パチパチと瞬きを繰り返すサワに、カルストは目を細める。
「私は、あなた様にとってどのような存在ですか?」
「……あ!お父さん」
「ええ、そうです」
今はそんなことにこだわっている場合ではないのだが、カルストに突っ込める人物はまたしてもここにはいなかった。




