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異界渡りの姫君  作者: 京 みやこ
第1章 異界渡りの姫君と鍵
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(2)ペガサスに乗ることになりました

 サフィルイアと呼ばれていた男の人は優雅な足取りで歩み寄ると、私の前にスッと片膝を着いた。

「怖がらせてしまって済まなかった」

 これまでよりも少し声の調子をやわらげて私に声を掛けてくる。それに対して、私は弱々しく首を横に振るのがやっとだった。

 コクリと息を呑んだ私は、改めて目の前の人物に目を向ける。

 大樹の葉により逆光を逃れたお陰で、彼の様相が良く分かった。

 髪は濃い黄金色で、光の加減で輝く様子がまさに極上の金糸。服の立ち襟に少しかかるくらいの長さだ。

 日本人にはないくっきりとした二重の奥にあるのは、青よりも鮮やかで深い瑠璃色。

 さっきも感じたように鼻は高く、白い肌に健康的な緋色の唇がよく映えていた。

 顔立ちも良く、体格もいい。しかも、やたらと格式高そうな軍服姿のその人は膝を着いても私より上に目線があり、そこにいるだけでなんだか圧倒される。

 ゴクリと大きく息を呑んだ後、私はゆっくりと口を開いた。

「あなた、たち……は?」

「我々はディアンド光帝国、帝立騎士団の艇馬部隊だ。そして私は部隊長のサフィルイア=シィ=ディアンドールニア」

 聞いたことのない国の名前と名称だ。『こうていこく』とはどういう字なのだろうか?騎士団は何となく分かるけれど、ていば……とは何だろうか。それに、彼が教えてくれた名前が長すぎて、一度聞いただけでは覚えられない。

 私の困惑が伝わったのか、その男の人は

「ああ、私のことはサフィルと呼んでくれて構わない」

 と、名前を縮めて呼ぶ事を許してくれた。

「……サフィルさん?」

 私がたどたどしく言われた通りに呼べば、これまでの彼の硬い表情の中、極々僅かに微笑を浮かべる。

 もしかしたら、この人は普段から笑うことに慣れていないのかもしれない。そんなことを伺わせるぎこちない笑みだったが、私には優しくて温かいものに思えた。

 きっと悪い人ではない。私のことを理由もなく傷つける人ではない。根拠は無いが確信めいたものを感じて、私は説明を求める為に口を開いた。

「あの、ここはどういった所なんですか?それにディアンドこうていこくってどんな国なんですか?あと、どうして言葉が通じるんですか?」

 そんな名前の国、生きていた時には聞いた事がなかった。ここが天国だか地獄だか分からないけれど、死後の世界には国が成立しているのだろうか。

 それより気になるのが、互いに不自由なく言葉を交わせている事。見た目が明らかに日本人でないサフィルさんや騎士団の人たちなのに、彼らが話す言葉は日本語として聞こえる。どういうことなのだろうか。

 心底不思議そうな顔をしているのが分かったのか、サフィルさんが話を続ける。

「聞いた事のない国名で当然だろう。何しろここは、あなたが住んでいた世界とは異なる世界だからな」

「異なる?死後の世界ということですか?」

 彼はさっきと同じように薄く笑って、首を横に振った。

「違う。“あなたの世界の裏側”と言えば分かるだろうか。裏と言っても、まるで違う世界観が存在し、独立したものではあるが」

「はぁ……」

 分かったような、分からないような。ただ、天国でも地獄でもないことは分かった。

「では、どうしてあなたはこの世界と、私のいた世界の関係を知っているんですか?まるで、地球のことを知っているみたい」

「知っているさ。なにしろ、“地球”に住む者が私たちの世界を救う鍵であることは、この国が出来た時からの教えだからな。そして鍵である者は、この国の言葉を自在に操るという」

 私の質問に淀みない調子で答えるサフィルさんの話の中に、また分からないことが出てきた。

「鍵、ですか?」

 問いかければ、サフィルさんが頷く。

「その話は戻ってから詳しく聞かせよう。その格好でいつまでもここにいては、風邪を引く」

 私としては特別寒さを感じないが、マントまでしっかり着込んだ彼らの目から見れば薄い生地で出来たワンピース一枚の姿は寒々しいのだろう。

 見る側からすれば気休め程度にしかならないだろうが、私は自分の腕で自分を抱きしめ、手でむき出しの腕を隠してみる。

 すると、

「そんなことをするより、こちらのほうが温かい」

 と言って、サフィルさんが自分のマントを脱いで私に着せてくれた。

 見るからに上質の白いマントは、纏ってみれば本当に上質だと分かる。

 背の高いサフィルさんの膝下までゆったりと覆うマントには、たっぷりの生地が使われている。それなのに、フワリと軽いのだ。おまけに滑らかで肌触りがいい。

 こんな立派過ぎるマント、貧相な私には明らかに分不相応だ。

 他の人もそう感じたらしく、

「サフィルイア様のマントを使うことなどありません。その者には自分のマントを」

 と、一番近くにいた人が手早く外した深緑色のマントを差し出してきた。そのマントは今の私の肩を覆うものよりは幾分気軽に羽織れそうなもの。

「ありがとうございます」

 私は頭を下げ、掛けられているマントを脱ごうと手を添えた。……が、その手をサフィルさんに掴まれ、動きが止められる。

「そのままでいい。あなたには白が良く似合う」


―――そんなこと、初めて言われたんですけど。


 色はともかく、質の良すぎるマントが自分に似合うはずなどないと思った私は彼の手の中で自分の手をモゾモゾと動かし、マントを外そうと試みる。

 しかし更に強く手を包まれ、指一本すら動かせない。

「あの……」

 困って見上げれば、サフィルさんは真っ直ぐに私を見ている。

「そのままでいいと言ったはずだが」

 感情を窺わせない硬い声に、私は俯いてしまった。 

「でも、こんなに綺麗で真っ白なマント、汚してしまったら」

 万が一にもこのマントを取り返しの付かないほど汚してしまったと考えると、多少寒くてもワンピースのままのほうがどんなに気が楽だろうか。

 なのに、サフィルさんは首を横に振り続ける。

「そのようなことはあなたが気にすることではない。代わりなど、いくらでもあるのだから」

 実際は羽根のように軽いマントなのに、プレッシャーによってとてつもなく重く感じていた。身に余るマントの中で、私は口ごもってしまう。

「そ、そう言われても……」

「持ち主の私が許可をしているのに、何を惑う?」

 一歩も引かないサフィルさんに対して、本当に困ってしまった。

 でも、ここで押し問答してもおそらくどうにもならないことは予想できるので、言われるまま白いマントに包まれることに。

「すみません、お借りします」

 小さな手で大きなマントの前を合わせて掴むと、サフィルさんは初めてやわらかく微笑んだ。




 それからまた、サフィルさんと周りの人たち(彼が部隊長なら、他の人たちは部下だろう)が、ちょっとした言い合いを始めた。

 私のことは二頭のペガサスに繋がれている籠に乗せて運ぶことになっていたらしい。それでぜんぜん構わないので、深緑色マントの人に言われるまま籠に乗り込もうとした。

 ところが、踏み台に登って籠の縁に手をかけたところで、後ろからフワリと抱き上げられる。

 私のお腹の前で逞しい腕が交差し、そして自分の腕と脚をダランと下げている私は、小さな子供が親に抱っこされているようだ。

「え?」

 首を捻って振り向けば、逞しい腕の主はサフィルさん。

「籠で運ぶと飛ぶ速度が落ちるし、ペガサスの負担が大きい。そしてなにより、あなたの身にとって危険だ。だから一緒に私のペガサスに乗ればいい」

「え?でも、それは……」

「お待ちください、サフィルイア様!」

 私を含め、部下さんたちの反論も聞かずに、サフィルさんは私を自分のペガサスに乗せ、そしてその後ろに颯爽とまたがった。

「サフィルイア様、何を!」

 深緑色マントの人が血相を変えて走ってきた。

「異界渡りの姫が見つかったことは、即刻光帝陛下に知らせなくてはならないのだ。こんなところでグズグズしている場合ではない。皆の者、早々に戻るぞ」 

 ところがサフィルさんはその人のことをチラリと見ただけで、ペガサスのお腹を軽く蹴って出立を促す。

 するとペガサスが一つ嘶き、純白の翼を羽ばたかせて宙に駆け出した。

「ひゃっ」

 突然体が斜めになり、ガクンと後ろに仰け反りそうになった私を、後ろのサフィルさんが支えてくれる。

「ご、ごめんなさい。ちょっと驚いてしまって」

「気にすることはない。ペガサスには初めて乗るのだろう?慣れないことに驚くのは当然だ」

 私の後頭部が結構な勢いで彼の鎖骨辺りを強打したはずだが、サフィルさんは怒ることもなく許してくれた。

「戻る場所は遠いんですか?」

「ペガサスで翔けても1時間はかかるだろうか」

 話しかければ、やはり硬い声で事務的な答えが返ってくる。

 私も人との会話に慣れていないのでかなりぎこちない感じだから、そこはお互い様だ。

「そうですか」

 短く言葉を返して、私は手元に視線を落とした。

 ペガサスが時速何キロで飛ぶのか分からないけれど、サフィルさんの物言いから察するに、相当な距離なのだろう。その道中に飛んでいるペガサスから落ちるわけにはいかないので、私は両手で手綱をしっかりと握りこむ。

 するとサフィルさんの左手が私の手に重ねられた。

「今からずっとそのように力んでいたら、着く前に疲れてしまう」

「でも放したら、確実に私は落下します」

 この世界が魔法で空を飛べるのであればいいけれど、おそらく私にはそのような魔力がない気がする。だからこうして、しっかり手綱を握り締めるしか方法がないと思うのだが。

「ならば、こうすればいい」

 そう言って、サフィルさんは左腕で私の身体を抱きしめてくる。なので、今の私は彼の胸に背中をピッタリ預ける形となった。

 しっかりとしたマント越しにサフィルさんの体温が伝わってくることはなかったが、肉の薄い私の背中に彼の逞しい上半身を感じ取る。

 思わずドキッとした。

「あ、あの、これですと、サフィルさんが危ないのではないですか?右手だけで手綱を操ることになりますよ?」

 急いで身を起こして手綱に手を伸ばそうとすると、身体に回された彼の左腕がそれを阻み、そして元の位置へと引き戻す。

「心配は無用だ。私の部隊長という実力は伊達ではないし、それにこのペガサスはとても利口で、けして無茶な飛び方はしない」

 サフィルさんの言葉に、首を捻ってこちらに顔を向けたペガサスが『そうだ』と言わんばかりに小さく鼻を鳴らした。

 ここで私が再び手綱に手を伸ばせば彼の実力を信用していないことになるし、かなり失礼なことになるだろう。

 出逢って間もないサフィルさんのことは名前と役職以外知らないから、彼を信用できない私に非はないとは思う。 

 ただ、このペガサスのことは信用しても大丈夫だろうと感じていた。

 ほんの少しの時間だったけれど、私を見つめていたこのペガサスの瞳は何処までも穏やかで優しくて、そして私を心配していた。

「わかりました」

 そう言って、私は無駄な強張りを解く。

「よろしくお願いします」

 首だけで振り返りペコリと頭を下げる私に、サフィルさんは静かに頷いた。

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