サワの仕事(1)
自分の役目は終わったとばかりに、城を後にしたサワ。
そんな彼女をサフィルイアは強引に説き伏せ、いまいち納得していない彼女を逃がすものかと言わんばかりに、手を繋いで道を戻る。
この国でも大柄な部類に入るサフィルイアの手の中には、華奢で小さなサワの右手があった。
チラリと視線を下ろせば、はるか下に綺麗な黒髪が揺れている。小柄なサワの背は、サフィルイアの肩にも届いていなかった。
――どこもかしこも小さいな。だが、その存在はとてつもなく大きい。
己の胸の真ん中には異世界からやってきたサワという少女が、ドン、と居座っている。
彼女はとても不思議だ。
何をするでも、何を言うでもないのに、惹かれてやまないのだ。こんな不思議なことがあるだろうか。
だが、けして不快ではなかった。むしろ心地よさも感じるし、幸福感すら覚える。
――これが人を好きになるということなのだな。
国のために強くなろうと鍛錬を重ね、民のために心を砕いてきた今までの生活に悔いはない。
それがこの国を継ぐものとして当然だと思っていた。
しかし、心の奥底では満たされない何かを抱えていたのも事実。
その満たされない何かが、この小さな少女の出現で徐々に満たされてゆくのを感じている。
――竜託の騒ぎも落ちついたことだし、これからはサワとの時間が持てるな。
いつか見せるといったこの国の景色を見に行くのもいいだろう。
いや、城下に出て、買い物をするのもいいかもしれない。サワは甘い菓子を好むようだから、評判の店で菓子を食するのもいい。
ドレスは欲しがらないが、街の娘たちが着ている動きやすい形の服なら受け取ってくれるかもしれない。
ああ、綺麗な黒髪に合う飾りを一緒に選ぶのもいい。
サフィルイアは胸の内で、サワと過ごす時間のことをあれやこれやと考える。
すると、サワに呼びかけられた。
「あの、サフィルさん」
遠慮がちな可愛い声に、部下たちの間で「氷の仮面」と評されている顔が自然と緩む。
「どうした?」
声をかけると、彼女の眉が八の字に下がる。
「私に出来る仕事が、お城にあるでしょうか?私、力もないですし、特別に何かできる訳でもないので」
このままサワが話し続けると『やっぱり、町で仕事を探します』と言い出しかねない。
サフィルイアは繋いでいた手にキュッと力を篭めた。
「大丈夫だ。サワに出来る仕事はある」
「え?本当ですか?」
こちらを見上げて、パチパチと瞬きを繰り返す漆黒の瞳が愛らしい。
いまだ不安そうに眉尻が下がっている彼女の頭を、サフィルイアは空いている手でゆっくりと撫でた。
「本当だ。城にいる侍女たちは、サワと同じ年齢から働きはじめる者も多い。だから、サワだって出来るはずだ」
その言葉に、サワは安心したように小さく息を吐く。
「そうですか、よかった」
この国に渡ったばかりの頃は笑みを浮かべることなどなかったサワは、ようやく笑顔ともいえる表情が取れるようになった。
そのことは、サフィルイアにとっても嬉しいことだった。思わず抱きしめたくなるほど、嬉しいことだった。
髪を撫でていた手をスルリと滑らせ、華奢な肩へと下ろす。二度、三度と丸みを確かめるように肩を撫でた後、肩甲骨が浮かぶ薄い背中へと移動させた。
そして手の平に力を入れて、サワを抱き寄せ……。
ようとしたその時、
『サフィルイア様、どちらにおいでですか?』
通信魔法を通して、カルストの声が脳裏に響いた。
今朝、サワに会いに行ったのちに彼女が部屋にいないことが分かり、慌てふためいて探し回った挙句に、城を飛び出したのだ。
だれにも行先を告げず、そして朝食の時間になっても食卓に現れない己を心配してのことだろう。
しかし、なぜこのタイミングなのだ?
城内の動きを把握しているカルストであれば、サフィルイアが城を抜け出したことなどとっくに知りえていただろう。もう少し早めに通信が入ってもよさそうなものだ。
まさにサワを抱き締めようとしていたこのタイミングとは、まるでこちらの様子を見ているようではないか。
――まさか、本当にどこかから見張っているとか!?
カルストはサワの父親代わりを自称するほど、彼女の事を気に入っている。
そして何くれにつけ、サワに接触しようとするサフィルイアをやんわりと牽制してくる。今のように。
とはいうものの、カルストの目の前のことであれば牽制されるのも分からなくもないが、この場に彼はいない。
――ただの偶然だな。
そうとしか考えられない。カルストは遠見の術が使えないのだから。
だが、サフィルイアは知らなかった。
魔力研究第一人者である叔父が、遠見と探索の術をレンズに篭めることに成功した望遠鏡を完成させていたことを。
その望遠鏡をカルストが手に入れていたことを。
改めてサワを抱き寄せようとした時、
『陛下と妃陛下が食卓でお待ちです。急いでお戻りください』
と、またしてもカルストの声が。どことなく楽しげに聞こえるのは、勘ぐりすぎか?
「なぜだ!?」
腹立たしく零せば、サワがビクリと震えた。
怯えた目を向けられ、サフィルイアは我に返る。
「いや、何でもない。サワ、朝食はまだだろう?早く城に帰ろう」
サワを抱きしめることを諦め、再び華奢な手を引いて歩き出すサフィルイア。
――これから先、サワと過ごす時間はいくらだってあるのだ。それこそ抱きしめることだって、いくらでも出来る。
サフィルイアはそう自分に言い聞かせ、城へと向かったのだった。
●こちらの作品では、かなりご無沙汰ですね。
二章を始める前に、サワちゃんの仕事を巡るあれこれを書いていこうと思います。
本編とは違って、ほのぼの満載になるでしょう。
そしてカルストさん、ある意味では「いい仕事」をします♪
こういうキャラが大好きなんですよね。




