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異界渡りの姫君  作者: 京 みやこ
第1章 異界渡りの姫君と鍵
26/47

(24)旅立ちの日

 目まぐるしい勢いで一日が終わった。

 マスタードラゴンによって悪事を暴かれた貴族の人たちは、あれから一人残らず捕えられた。

 隙をついて逃げようとしていた人は竜が持つ不思議な力で動きを封じられ、お城の地下にある牢屋に入れられているらしい。

 お城にいなかった貴族の人たちは、やっぱり竜の力でお城に連れてこられたというか飛ばされてきたというか。気が付いた時には、騎士団が大勢押し寄せていたお城の庭やバルコニーに突然現れたのだ。

 治療するための魔法は別として、攻撃魔法や動きを封じる魔法というのは、この国では人に向けて使ってはいけないのだとか。

 だけど、竜たちは別なんだって。

 マスタードラゴンが協力してくれたおかげで、日が暮れる前に片が付いた。サフィルさんたちだけだったら、もうちょっと時間がかかっていたみたい。

 私は特に何もしなかったんだけど、見ているだけでも心臓がどうにかなってしまいそうなほどハラハラしていた。それほど緊迫した空気が辺り一帯に張りつめていたから。

 騎士団の人たちに大きな怪我がなくてよかった。それでも怪我した人はいたから、そういった人たちは、強力な竜の力であっという間に治してもらった。


 とりあえず、この騒動は落ち着きを見せたのだった。




 私はいつもと同じく夜着の上にピャークの上着を羽織って、バルコニーで月を見上げていた。

 両手を胸の前で組んで軽く息を吸ったその時、苦笑いが漏れる。

「あ……。お祈りする必要はないんだ」

 この国にやってきてからの習慣で、無意識のうちに外に出てしまっていたのだ。

「次の王様としてサフィルさんはマスタードラゴンに認めてもらえたし、悪いことをしていた人たちも捕まったんだし、もう大丈夫なんだよね」

 クスクスと小さく笑いながら、夜風に吹かれて乱れた髪を手ぐしでそっと直す。

 心の底から良かったと思った。

 サフィルさんは頭もいいし、優しいし、強いし、なによりこの国を大切に思っている。

 もともと今の陛下の後継ぎとして誰もが何も心配もしていなかったが、竜のお墨付きとなればさらに安心だろう。

 だけど、私の中には小さな不安が芽生えていた。

「私、これからどうしたらいいんだろう……」

 マスタードラゴンは、私が望むならば元いた世界に戻してくれるという。

 だけど、どうしても戻りたいと思う気持ちはなかった。

 竜たちの頂点に立つマスタードラゴンの力をもってしても、私がこの世界にやってきた数日前に時間を巻き戻すことしかできない。私の病気をなかったことには出来ないらしい。

 それならばこの世界に残って、生活していたほうがいい。私には思い残したことはなく、改めて家族に伝えることはない。

 それに、家族が泣き崩れたあの瞬間を、もう一度味わいたいとは思わなかった。

「でも、このお城に居られないよね」

 これまでは“鍵”という役割があったから、お城にいる事が許されたのだ。今の私は、何も出来ないただの女の子だから。

「ありがたいことに読み書きはできるし、向こうの世界にいた時と違って体もそこそこ丈夫みたいだから、何か仕事を見つけて暮らしていけばいいよね」

 ずいぶんとのん気な考えかもしれないけれど、とりあえずはやってみようと思う。

 私は遠くの方でポツン、ポツンと明かりの灯る街を眺めてそう呟いたのだった。


 翌日、私はお城のみんなが動き出す前に起きて身支度を整える。

 まぁ、身支度と言ってもワンピースや下着、ちょっとした小物をバッグに詰めこむくらいだが。

 使わせてもらっていたベッドを出来る限りきれいにして、ぐるりと部屋を見回す。

「これでよし。あとは、手紙を書いて」

 お世話になった人たちに直接会って挨拶するのが礼儀だろうけど、顔を合わせたら甘えてしまいそうだから。

 慣れない羽ペンを使って、一生懸命丁寧に言葉を残す。


 今までお世話になりました。皆さんと会えてとても楽しかったです。

 これからは街の片隅から皆さんの幸せを願っています。

 本当にありがとうございました。

          伊東 佐和             


「こんなものかな」

 手紙を何処に置こうか迷ったが、この部屋にはベッド以外の家具はない。なので、ベッドの上に手紙を置いた。

 扉に手を掛ける前に、大きく息を吸う。

「これからが、本当に新しい人生の出発なのかもね」

 うん、と大きく頷いて、私は扉を開けた。


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