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異界渡りの姫君  作者: 京 みやこ
第1章 異界渡りの姫君と鍵
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(23)責任を負う者

 それから少しだけマスタードラゴンと話をして、一緒にお城に向かうことになった。

 竜に乗る機会なんてそうあることではないと、ここに来た時と同じように私はマスタードラゴンの手の平に乗ろうとした。

 この世界でしか出来ない経験なのだから、目一杯味わいたいと思う。あちらの世界では押さえ込んでいた好奇心が、このところムクムクと目を出している最中なのである。

 特に何も言わなくてもマスタードラゴンが手を差し出してきたので、それに乗せてもらおうとする。

 しかし、再会してからずっとサフィルさんに抱えられている私は、彼の腕の中から出ることが出来ない。

 ちょっとだけジタバタ身じろぎしてみるものの、動けば動くほどサフィルさんの腕の力が強くなってしまった。

 後ろから私を抱きかかえているサフィルさんへと振り返る。

「放してもらえますか?」

 脅しともいえる竜の言葉や言い伝え通りに鍵である私の命が散る事態にはならないのだと十分理解してもらえたのだから、今では危険な事など何もない。

 それなのに、サフィルさんは一向に私を放そうとはしないのだ。

「あの、サフィルさん?」

 困った様にほんの少しだけ眉尻を下げる私に、彼は首を横に振る。

「サワは一緒に帰るのだ」

「はい、お城に帰ります。だから、放してください」

「そういう事ではない。私と一緒に帰るのだと言っている」

 さっきより強い口調で言い返されてしまった。おまけにサフィルさんは私の体に回した左腕で更に抱き寄せ、私の背中と彼の胸板がピタリと隙間のない状態に。

 行き先は同じなのだから、別にピッタリくっついていなくとも問題ないはずなのだが。

「でも、私、竜に乗りたいです」

 正直な気持ちを言葉にすると、サフィルさんは渋い顔で再び首を横に振った。

「今は駄目だ。私の腕の中に居てくれないと、サワを取り戻した実感が湧かない」

 宝石のようにキラキラ輝く青い瞳が真っ直ぐに私を見つめている。この人は何をそんなにも不安に思うのだろうか。

「もう取り戻す必要はないですよ。私は食べられないと分かりましたし、マスタードラゴンも私がお城に戻ることを反対はしていませんし」

 だから安心してほしいと言い募れば、

「それでも、だ」

 サフィルさんが強く言い切った。そしてジーグの横腹を軽く蹴って、飛び立つ合図をする。とたんにジーグは緩やかに羽ばたきを始めてしまい、逞しい足が地面から離れてしまった。

 宙に浮いてしまえば、もうどうすることもできない。私はお腹に回されているサフィルさんの腕に大人しくしがみついた。

『予想以上に道は険しいようじゃな。万物の長とはいえ、我には人の気持ちを変えさせる力はない。せいぜい己の努力で何とかするがよいぞ』

「言われなくとも、何とかしてみせます」

 竜の言葉に憮然としながらも力強く答えるサフィルさん。はて、何の事やら。分からないけれど、サフィルさんが努力家であることは知っている。

「大丈夫ですよ、サフィルさん。きっと、何とかなりますから」

 励ますように彼の腕に触れれば、背後から深いため息が聞こえたような気がした。それと同時に、竜が楽しげな波動を伝えてくる。

『何とかなると良いのぅ。……今のところは、さっぱりのようじゃが』

「ですから、これから何とかしてみせます」

『ほほぅ、これは愉快ぞ。この先は面白い物を見せてもらえそうじゃな。長生きはするものよのぅ』

 更に苦い口調で言い返すサフィルさんに、竜は一層楽しげに声を響かせた。

 私たちに並んで飛び立った竜が、こちらをチラリと見遣って目を細める。笑いをかみ殺すように肩を震わせているのは何故だろうか。

 



 お城に戻ると、バルコニーにはまだ大勢の人がいた。そして騒ぎを聞きつけた他の貴族や権力者たちも馬車などで乗り付けたのか、庭にもたくさんの人が集まっていた。

 その人たちの前に無傷の私とサフィルさん、さらに再びマスタードラゴンが現れたのだから、ハチの巣をつついたような騒ぎとなってしまった。

『皆の者、鎮まれ』

 竜の住処で聞いた響きとは違う、深くて威厳のあるものが全員に伝わる。これまで大騒ぎしていた人たちが一斉に口を閉ざし、辺りはしんと静まり返った。

『次期王の心意気、しかと受け止めた。よって、これより竜の裁きを行う』

 裁きと聞いて、その場にいる人たちの間に緊張が走る。

チラッと目を向けた陛下と妃陛下は落ち着いた顔をしていて、私と目が合うとゆっくり頷き返してくれた。

 事情を知っている人たち以外は蒼白になりながら、竜の言葉を待つ。

 ややあってから、マスタードラゴンはスッと右手を前に差し出した。そして何ごとかを呟くと、巨大な水晶の玉を出現させる。

『これは真実を映す宝珠。皆の者、とくと見るがよい』

 その言葉と共に水晶の内部が揺らぎ始め、影のようなものが浮かび上がった。時間が経つにつれ、ぼやけていた映像が徐々に鮮明になり、最後には誰が何をしているのか、みんなの目にはっきり見えるようになる。

 その映像に、一部の人たちがますます蒼白となってゆく。つまり、陰で悪行の数々を繰り返していた貴族たちだ。

 光帝陛下はじめ、国の偉い人たち全員が映し出された貴族達の行動を見ていたため、言い逃れなどできなかった。

 それでも、自分の罪を認めない貴族達もいて、必死に罪とその場所から逃げようとする。

 そんな貴族たちを、マスタードラゴンは魔力を使って一纏めにし、懲らしめたのだった。


 こう言うと簡単なようだが、実際はちょっとした戦争みたいになったのだ。

 貴族達はお金に物を言わせて魔法を放つことが出来る魔道具を装備していたのと、死に物狂いで逃げようとしていたため、かなり危険な攻撃魔法が飛び交った。

 更には見るからに恐ろしい召喚獣まで出現する始末。腕が四本もあるクマとか、絨毯みたいに大きな毒蛾とか、頭が二つある狼とか、尻尾が五つに分かれている大蛇とか、なんか、もう、とにかく怖い。

 でも、サフィルさんたち騎士団の人たちは怯まなかった。断罪前に貴族たちの命を奪うわけにはいかないようで、そういう意味では苦戦を強いられていたようだけど、確実に追い詰めてゆく。

 私は竜の手の平に乗って、戦いの様子を見ていた。

 サフィルさんたちの強さは疑わないけれど、禁忌とされる召喚獣を相手にしているのを見てハラハラしっぱなし。

 あまりに苛烈な様子に、目を閉じてしまいそうになった。

 その時、竜の言葉が頭に響く。 

『佐和、しかと見ておくが良いぞ。優しさだけでは国を護れないということを。例え自国の民に対しても、間違いを正す為には剣を振るわねばならないということを。それが、国を継ぐ者の責務じゃ』

 そう言われて、私はサフィルさんに目を遣った。

 彼の力は、本来、自国の民を守るための物。それが今、民に向けられている。

 貴族たちの罪は許せないものではあるけれど、だからと言って、そんな彼らに剣を向けることは気分のいいものではないはずだ。

「責任を負うって、大変なんですね」

 思わず零せば、マスタードラゴンが頷く。

『そうじゃな。だからこそ、あの者の近くで支える存在が必要なのじゃよ。心の拠り所となる者がのぅ』

 顔を上げれば、マスタードラゴンなぜか私を見つめていた。

 首を傾げる私に、牙の並ぶ口元がクッ上がる。

『さて、そろそろ我の出番かのぅ』

 先程『一掃してやろう』と言ってくれたマスタードラゴンは、その言葉を反故にすることはなかった。

 万物の長である竜がいれば、貴族達の必死の抵抗なんて子供の悪戯程度で、悪あがきは幕を引いたのだった。


 マスタードラゴンが力を貸したとたんに、あっけなく勝敗がついてしまった。

 それならば、お城に到着してすぐに片付けてくれたら、サフィルさんたちも楽だっただろうに。

 こっそりそんなことを考えていると、まるで子供が種明かしをするような口調でマスタードラゴンが私にだけ告げてくる。

『それでは、我の存在をありがたいものとしてもらえぬではないか。国の憂いを断ってやるとは言ったが、我がすべてを片付けるという意味ではない。まずは、己たちで立ち向かわってもらわぬと』

 確かに。いくら協力してもらえることになったとはいえ、竜に丸投げという姿勢は失礼だ。

 コクコクと頷いていれば、また脳裏に言葉が響く。

『それにのぅ、主役は最後に登場するものじゃ』

 ニンマリといった感じで波動を響かせてくる。竜という生き物は、あんがいお茶目さんなのかもしれない。


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