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異界渡りの姫君  作者: 京 みやこ
第1章 異界渡りの姫君と鍵
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(18)私の役割り   

「命を捨てることが簡単なことだと!?馬鹿を言うな!サワは今、生きているじゃないか!!だから生きろっ!!」

 いつもは穏やかな彼が初めて見せた、びっくりするほど鬼気迫る顔。それに、私の肩を掴む大きな手の力が少し強引で痛い。

 優しいサフィルさんが怖いくらい真剣な態度を見せてくれたことが嬉しかった。彼の言葉と気持ちが嬉かった。

 だけど、私が行かなければ竜の怒りは鎮められないのだ。

 少しも怖くないといったら嘘になるけれど、これっぽっちも役に立たないと思っていた自分が、この国のために役に立てるなら、本当に嬉しいと思う。

 どうしたらいいのか分からないまま不安に押しつぶされそうになっていた頃よりも、ずっとずっと気持ちが楽になれた。

 サフィルさんへ言ったように、私は既に死んだ人間。確かにこの世界では生きているけれど、どうしても生きていたいと願う執着心は不思議と私にはなかった。

 だから、この命が再び散っても惜しくはない。まして役に立つのであれば、何を惜しむだろうか。

 私に優しくしてくれたお城の人たちが安心して暮らしていけるなら、竜に体を差し出すくらい、何てことはないのだ。

 肩を掴む彼の手にソッと触れる。

 この国を愛し、そしてこの国を守る為に厳しい鍛錬を繰り返してきた力強い手。その手を指先で撫でる。

「今までありがとうございました。私、サフィルさんに出会えて、とても幸せでしたよ。この世界に呼ばれて、本当によかったです」

 立つことすらできなかった私が自分の足で立ち、自分で身の回りの事をこなす。そのことが寝たきりであった私にとって、どれほど楽しかったのか言葉に出来ないほど。

 以前の世界で経験させてもらえなかったことが、この世界ではほぼ望み通りに実現した。もう、それだけで本当に十分なのだ。

「ありがとうございました」

 その想いを篭めてお礼を告げると、サフィルさんが苦痛に顔を歪め始めた。そして、私の肩に置かれている彼の手がゆっくりと浮き、徐々に離れてゆく。

「くっ……。なんて力だ!」

 サフィルさんが再び私へと手を伸ばすが、震える指先が触れることはない。どうやら竜から発せられる見えない力が働いているみたいだ。

 それでもサフィルさんは私へと手を伸ばそうとする。

「サワ!行っては駄目だっ」

 彼の顔が更に苦しそうに歪み、おでこにはうっすらと汗もかいていた。そんな顔をこれ以上見ていたくなくて、私は静かに頭を下げる。

「本当にありがとうございました。サフィルさん、どうか元気で」

「サワ‼」

 強風で押し戻される様に、サフィルさんがジリジリを後退してゆく。彼の手が完全に届かない距離まで離れると、私は竜に向かってバルコニーを歩き出した。



 

 初めて見る大きな竜。サフィルさんはマスタードラゴンと言っていたから、きっと竜の中でも特別な存在なのだろう。

 大きさにも圧倒されるし、なにより、鋭い光が浮かぶ瞳がとりわけ圧倒的な力を放っている。

 そんな竜の前に立ち、私はまっすぐに見上げた。

『さぁ、我に示せ。異界より招かれし鍵よ』

 響きわたる言葉と共に、竜が右腕を差し出してきた。薄く光を放つ鱗を纏ったその手は、指の先に鋭いかぎ爪がついている。陽の光に当たってキラキラと反射している様子が綺麗だなと、私は緊縛している場に相応しくなくボンヤリとそんな事を考えた。

 もう一度改めて竜の瞳を見上げる。銀よりも更に透き通った白銀色瞳が、ひたりと私を見下ろしている。

爪と同じように、その瞳もキラキラしていた。瞳そのものが光を発しているみたいだ。


―――こんな綺麗な竜になら、殺されてもいいな。


 私は短く息を吸うと、差し出されている手の平に乗る。ためらいのない私の様子に、竜が少しだけ目を大きくした。

『随分と勇気のある姫君じゃな』

 淡々とした口調の中にちょっとだけ驚きを含んだ言葉が頭の中に響く。

「勇気なんてありません。何もないからこそ出来るんです」

 私は首を横に振った後、自分を見下ろしてくる存在をジッと見上げた。

 軽く開いている口から覗く牙。私はこの鋭い牙で噛み殺されるのだろうか。それとも、鋭い爪で引き裂かれるのだろうか。

 今更望むことはないけれど、出来ることなら苦痛は一瞬で終わらせてもらいたい。

「あの、ここで?」

 私はみんなが見ている前で殺されるのだろうか。

 あまり気持ちのいいものではないだろうから、それはやめてもらえるとありがたい。

 私の考えを読み取った竜が、フン、と不満げに鼻を鳴らす。

『野蛮な獣と一緒にするでない。まずは我の住処に向かおうかの、姫君よ』

 とりあえず、みんなには死に目を見せずに済むらしい。ホッと息を吐いてその言葉に頷けば、竜は飛び立とうと翼を羽ばたかせる。

 私を乗せた竜はフワリと浮き立ち、三階にあるバルコニーよりも高い位置で一旦停止した。

 私は振り返り、こちらを見上げているみんなの顔をゆっくりと見遣る。

 驚いている顔。恐怖に引き攣っている顔。そして、私を心配している顔。中でも、サフィルさんが一番心配そうにしている。


―――将来の王様なんだから、私一人の命でこの国が助かることを喜んでくれなくちゃ。


 そんな事を心の中で呟いた瞬間、これまで息をするのも苦しいくらいだった圧迫感が薄れた。身動き取れなかった人たちが、呆気にとられたように自分の体を動かして確かめている。どうやら、竜は力を消したようだ。

『……さて、どうなるかのぅ』

 なぜか、竜が楽しそうに告げる。

 何のことだろうかと首を傾げる私の視界の先で、力から解放されたサフィルさんがこちらに向かって駆け出そうとしていた。

 しかし、すぐ傍に控えていた兵士達に取り押さえられる。その中にはエーメルドさんの姿もあった。

 そんな状況でも、彼は私に向かって腕を伸ばす。

「サワ、行っては駄目だ!戻って来い!」

 彼の優しさは本当に嬉しい。

 その優しさが真っ直ぐに私に向かっている事で、胸の奥がジンワリと温かくなる。 

 そんなことは、あちらの世界で味わった事がなかった。

 それでも、サフィルさんが伸ばした手は取れない。あそこに戻ることは出来ない。

 竜は二、三度大きく羽ばたき、その風圧でみんなが後ずさりする。

 そんな中、サフィルさんは体を押さえ込まれているにも拘らず、ジリジリと前に出てくる。

 そして自分を押さえつけていた人たちを、おそらくは魔法を使って吹き飛ばすと、腰に下げていた剣を抜いて駆けてきた。

「サワッ‼」

「サフィルさん、危ないです!下がって!」

 私は大声で叫ぶ。なのに、彼は私に向かって腕を伸ばし続ける。

「戻ってくるんだ、サワ!」

 その様子を見ていた竜が、幾分翼の動きを緩めた。

『ほう、我に刃向かうか。ずいぶんと骨のある人間がいたものじゃ』

 竜はゆっくりと瞼を閉じた後、カッと見開く。

『面白い。では、いいことを教えてやろうぞ。鍵の命なくとも、我の怒りを収める方法はある。それは……』

 竜が少し上を向いて、喉元を晒す。そこには虹色の鱗があった。

『ここにある一枚だけ色の違う鱗を奪えばいい。なれば、我の怒りも静まる。むろん、容易くは渡さぬがな』

 牙の並ぶ口を大きく開け、竜がサフィルさんを威嚇する。

 あの鱗を奪うということは、この竜と戦うということ。こんなにも力溢れる竜を相手にするなんて、あまりにも馬鹿げている。

 サフィルさんは強い人だ。だけど、それは人間を基準にした場合で、竜を相手にした場合とは話が違う。ましてや、この竜は普通の竜じゃない。

 だけど、サフィルさんは力強く言い放つ。

「分かった」

 それを聞いて、私の背中が寒くなった。


―――ありえない!何を考えているの、サフィルさんは!


 私が竜に命を捧げれば、全てが簡単に片付く話なのだ。

 それなのに、危険を承知で竜に戦いを挑むだなんて、そんな馬鹿げた話があるだろうか。

「サフィルさん!あなたは次の国王なんですよ!こんな無茶なこと、する必要なんてないんです!」

 私の叫びに竜が頷いた。

『我に挑むということは、とても危険なこと。そして、不可能に近いこと。それでも我と戦うというのか?』

 挑発するように、竜は背中の翼を何度か羽ばたかせる。そんな竜をギッと睨み上げ、

「そうだ」

 一言力強く放つと、サフィルさんは剣を構えた。

 すると竜は楽しそうに目を細める。

『ここは狭すぎるゆえ、我も存分に力を発揮できぬ。本気で挑むのであれば、我についてくるがよいぞ』

 そう言った竜は大きく翼を震わせ、天高く舞い上がった。


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