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異界渡りの姫君  作者: 京 みやこ
第1章 異界渡りの姫君と鍵
15/47

(13)役割と呼び名:SIDE サフィル

 しばらく無言でいた父が張り詰めていた空気を和らげ、『間違いない。彼女こそが鍵』と、静かではあるが信に満ちた声で告げる。

 緩められた雰囲気に彼女はわずかに息を吐き、それと同時に自分も小さく安堵の息を吐いた。彼女と同じように、こちらもいつの間にかかなり緊張していたようだ。

 その後は両親である光帝陛下と光帝妃陛下、そして、父の右腕である宰相のカルストとともに、異界渡りの姫君、竜の存在を説明することになった。

 この世界の万物の長である竜たちは、彼らの中で取り決められた地域ごとにその地を収めている。

 ディアンドール光国は現在、三匹の竜によって見守られていた。

 このように大抵の国は二から五匹の竜によって見守られ、その竜たちの頂点に立つのが黄金の鱗と白銀の瞳を持つマスタードラゴンとされている。

 伝承によると、マスタードラゴンはこのディアンドール国のどこかの山奥に身を潜め、万里を走るという竜眼で世界を見据えているとのこと。

 万物の長である竜たちの更なる長であるマスタードラゴンを一目見たいと常々思うのだが、自分のような小さな人間がいざ対峙した時、正気を保っていられるかいささか不安でもある。

 それほど竜の存在は尊いものであり、畏怖の対象でもあった。


 そんな竜たちが今、この国の行く末を案じ、場合によっては国を滅ぼし、その地に新たな国を興させるという竜託を、竜奉殿長官のプーチナが受けたと言う知らせが十日前陛下の元へ寄せられた。

 すぐさま私やカルストが両陛下の間に呼ばれ、光帝陛下、妃陛下とともに、プーチナの言葉を聞いた。

 それを受けた陛下は言葉もなく眉をひそめる。その様子は、分かっていたとでもいうように見て取れた。

「やはりな。このような小さな火種すらも見逃さないとは、流石は竜というべきか」

 そう漏らした陛下の言葉に、詳しく事態を飲み込めていない私は反応した。

「火種とはなんでしょうか?」

 問いかければ、陛下と父親の両方の顔を織り交ぜた表情で問が返ってくる。

「竜たちが最も嫌うものが何か、サフィルは知っているか?」

「いえ、恥ずかしながら」

 そう答えると、苦々しく息を吐いた後、陛下が静かに話し始めた。

「答えは慢心に満ちた人間だ。民の上に立ち、彼らを守り導くべき立場の者が、己の欲に駆られて民を蔑ろにする様を、竜は最も嫌う。彼等は例えごくわずかな人数であったとしても、油断をすればあっという間に広がり、ひいては国を揺るがすという厄介な火種だ」

「それは、もしや……」

 私は陛下の話を聞きながら、とある噂を思い起こす。

 ディアンドール国はあらゆる面で豊かな国で、民はつつがなく暮らしている。

 しかし近頃では、そのつつがなさに飽いた者達が現れたらしい。今の暮らしでは満足できず、更に豊かな暮らしを求め、財を蓄えようとしているのだと。

 人間は“欲”をもつ生き物だから、更なる豊かさを求めるのは仕方がない。その欲求があるからこそ、人は勉強し、研究し、努力してその先にあるものを得ようとする。

 向上心と言うのは、国の発展のために必要不可欠。

 だが、己の努力に拠らずに欲求を満たそうとする場合もある。それが、とある貴族達が民より執拗な搾取を行っているという話だ。

 彼等は自分たちの地位を利用し、逆らうことの出来ない民達から年貢と称して今までの倍も取り立てているらしい。

 私の耳にはまだ噂の域を出ない話しか届いていないが、特別な諜報部隊を抱えている陛下の耳にはより確実な情報がすでに届いていたようだ。


 竜が何を嫌うのか。


 それについては厳しく制御され、両陛下、宰相、竜奉殿長官のみが知っている。

 私とすれば、全民が『竜が嫌うもの』を知っていれば、このような事態が避けられるのにと思う。

 陛下いわく、『この国をいずれ背負う者の真価を問う為に、情報の制御はどうしても必要なこと』だとか。

 どうにも分からないが、陛下が「これまで」といって終わらせた話を追求することは出来なかった。


 制御されていると言えば、異界渡りの姫君が実際どのように竜を諌めたのかという話も、広く知られていない。

 建国以来、竜による託言がもたらされたことは何度もあったようで、そのたびに異界渡りの姫が国に現れたという。

 ところが、姫が竜に何を告げ、何を施したのかは、ほとんどと言っていいほど知られていなかった。

 これまでにあった竜託とそれに関する出来事のすべては、重要書類保管庫にある書物に記載されている。しかし、その保管庫の鍵は光帝陛下にのみ反応する魔法が掛けられていて、次期陛下とされている私ですら開ける事が叶わないのだ。

 されど、異界渡りの姫君は数十年おきに現れるのだから、前回姫が現れたときの様子を覚えている者がまだ存命であることもある。

 書物に目を通さずとも生き証人たちから話を聞き出せばよいのだと誰もが行き着くが、どういうことか竜が姿を消すと同時に、現両陛下と次期陛下、現宰相と次期宰相、現竜奉殿長官と次期長官といった重要な位置にいる者たちの間にしかその記憶が残らないのだ。

 そして、その記憶はけして口外してはならず、関する記載書物も、けして他の者の眼に触れる事が許されてはいなかった。

 ちなみに、婚姻を成して妃陛下となった暁には、その女性にも記憶が分け与えられる。

 なので、嫁いだ当初の母は何も知らなかったが、今では夫となった光帝陛下と竜や異界渡りの姫気味に関する記憶を共有しているのだった。 




 十日前の事を思い起こしている私のそばで、カルストが姫君に名前や年齢を尋ねて、手元の書類に書き込んでゆく。

 その際、彼女は『自分を姫君と呼ぶのはやめてほしい』と、真剣に申し出てきた。

 カルストとしては姫君と呼ぶ事が自然であり、当然であることなのだが、彼女にしてみればたまらなく落ち着かないことのようだ。

 居心地悪そうに困り果てる彼女が可愛そうになって、つい口をはさんでしまった。すると、彼女が私のことを『サフィルイア様』と呼んできた。

 ディアンド光帝国の王子である自分はそう呼ばれるべき存在であることは、幼い頃から理解している。

 だが、彼女にそう呼ばれることが、たまらなく寂しかった。“身分”という不可視の分厚い壁で、自分と彼女を容赦なく分断されたかのように感じたからだ。

 私はつい先ほどのことを思い出す。

 彼女を迎えに行き、そこで自分の名前を明かすと、おぼつかない口調で彼女に『……サフィルさん?』と呼ばれた時、心の奥が静かに温度を上げた。

 たかが名前を呼ばれただけなのに、そして家族や幼馴染からはこれまでに何度も『サフィル』と呼ばれてきたのに、どうして、彼女に呼ばれると自分の名前が特別なものに感じるのか。

 この不思議な感覚は初めの一回だけではなく、彼女が私の名を呼ぶたびに同じように心の奥に芽生える。いくら同じ彼女の声でも、『サフィルイア様』、『サフィル様』と呼ばれた時には味わえない、この温もり。

 どうしても手放しがたい感覚に、おとな気なくも意地を張ってしまった。そんな自分を見て、父や母が笑いを堪えているのは分かっているが、どうしても譲れない。

 小さな子どもの意地の張り合いのようなやり取りを繰り返す俺と彼女に、父の援護が入る。

 結果、これまでと同じように、『サフィルさん』と呼んでもらえた事が、すごく嬉しかった。


 改めて光帝陛下、妃陛下、そして主にカルストによりこの国の伝承や異界渡りの姫君が竜の怒りを収める役割を果たす存在であることをサワに説明する。

 そこでも例の通り、詳しいことは話されなかった。

 ただ、彼女がするべきことはいずれ分かり、そしてそれが私にも深く関わることだけは知らされた。


―――自分にとっても重要とは?竜に関しては、姫がすべて行うのではないのか?もしやそれ以外に別の意味が?


 追求しようにもいずれ分かるとしか陛下は口にせず、その場は黙るしか出来なかった。


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