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異界渡りの姫君  作者: 京 みやこ
第1章 異界渡りの姫君と鍵
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(11)響く木霊

 この世界に降り立って、とうとう二週間が過ぎてしまった。いまだに自分が何をすればいいのか、具体的なことは全く分からないでいる。

 月に祈ることで何かの力を発揮するわけでもないのに、祈りを捧げることしか出来ない情けない私。

 皆が驚くほどの強い力があるわけでもない。

 誰かの役に立つほどの賢明な知識があるわけでもない。

 人の助けになる高度な技術なんてない。

 この世界の誰もが持っている魔力すらもない。

 『鍵』であるはずなのに、私はなんて役立たずなのだろうか。

 それなのに陛下や妃陛下、サフィルさんをはじめとしたお城の人が、私に優しい。娘のように孫のように、妹のように姉のように、みんなが当たり前のように優しく接してくれる。

 私に残る記憶の大半は、病院のベッドで横になって点滴を受けていたものばかり。家族ですら私に気を遣って、不自然な優しさで接してくれていた。

 お城の人たちのように自然に人から優しくしてもらうことに慣れていなくて、うまくお礼が言えないでいた。笑顔を返したいのに、浮かべる表情がぎこちない。感謝の気持ちはたくさんあるのに、それをうまく表現できない。

 我慢と諦めしかなかった人生を送ってきた私には、嬉しいと思っている気持ちを上手に伝えられない。

 それでも、みんなはいつも温かく迎え入れてくれていた。言葉が上手じゃなくても、表情が強張っていても、態度が素っ気無くても、いつもいつも優しくて温かい。

 でも、私にはそれが心苦しくてたまらなかった。

 いっそのこと『役立たず』と罵ってくれたら、今借りている立派な部屋を出て、そしてお城を出て行く決心も固まるのに。

 サフィルさんは私がお城を出て行くことを頑なに拒むけれど、ここに残って何になるというのだ?

 誰の役にも立たない、鍵の役目も果たさない私がこのお城にいる意味は?




「やっぱり私は、どこに行ってもダメなんだね」

 

 珍しく風がまったく吹かない昼下がり。

 私は部屋から続いているテラスに出て、はるか遠くに聳え立つ山々を眺めながらポツリと呟く。

 前の世界では、家族の荷物でしかなかった。

 みんなの愛情は嘘じゃなかったと思うけれど、心のどこかで家族は疲れていたはずなのだ。治る見込みのない私を何年も何年も看病して、それでも私を前にして諦めた素振りなど出来るはずもなく。

 病気の私の事が放り投げることの出来る荷物だったら、みんなはどれほど楽であっただろうか。

 私の存在は、役に立たないどころか家族を苦しめるものでしかなかった。それがとにかく悲しかった。病気が治らない事や、他の人と同じように学校にいけない事、思うように体を動かせない事以上に、ベッドで寝ている事しかできない自分がみんなを苦しめているという事実がとにかく悲しかったのだ。

 心の底から家族に笑ってほしかった。悲しみや疲れや苦しみを隠すように笑う顔ではなく、何の憂いを持たない明るい顔を見せてほしかった。


「……今更そんなことを考えたって仕方ないのにね」

 ゆっくりゆっくり流れてゆく雲を見つめて、思わずそんなことを零してしまう。

 

 私は死んでしまった。

 家族が生きている世界には、もう私はいない。 

 役立たずであった私は死んで、そして、この世界でも役に立たない存在。


「私は、何の為にこの世界にいるんだろう」

 やりきれない思いをため息と共に苦く吐き出した時、心臓がドクンと激しく音を立てて大きく跳ねた。

「な、に……」

 冷や汗が全身から噴き出す。寒くもないのにガクガクと脚が震え、カチカチと歯が音を立てる。こめかみの辺りがズキズキと疼き、頭を巡る血管が破裂しそうだ。

 バルコニーの手摺りを掴む指先から徐々に体温が奪われ、今は痺れて感覚がなかった。


―――いったい、何が?


 目の前に広がる世界には、一切変わりがない。

 空は青く晴れ渡り、雲は白く漂い、山々は尊厳を湛えて聳え立ち、日の光は穏やかに降り注いでいる。

 なのに、とてつもない圧迫感が私を襲う。まるで空気の塊が私を押し潰そうとしているかのように、目に見えない壁がギュウギュウと私を締め付ける。

「ど……、して……」

 締め付けられてヒューヒューと掠れた空気が洩れる喉を動かすと、


『鍵になる覚悟はあるか?』

 

 声とも音とも取れない響きが、頭の中で木霊した。

 低く静かに響く“それ”は、形がないものなのに異常なほどに威圧的だ。だが、気のせいかもしれないが、その奥の奥にあるものは、何となく優しいものに思える。

 得体の知れない現象と響きに一瞬パニックにはなったものの、なぜかそれほど怖いとは感じなかった。

 指一本どころか瞬き一つ出来ない状況で、私は響きの気配を探ろうと神経を集中させる。

 すると程なくして、また頭の中で不思議な何かが響き渡った。


『異界渡りの姫よ。時は間もなく訪れる。覚悟を決めよ』


 この響きを最後に、私の頭の中で木霊するものはなかった。そして私を縛り付けていた見えない圧迫感が、徐々に和らいでゆく。

「今のは、何?」

 聞いた事のないものだった。

 いや、そもそもあれは耳で聞いたというより、頭に直接届いた感じだった。

「あれが、竜の……?」

 直感でしかないが、あの響きは竜が伝えてきたものだろう。

「間もなくって言ってた。覚悟を決めよって言ってた。それって、鍵としての役目を果たす日が近いって事よね?」


 その「時」が来たら、私は解放されるのか。それとも拘束されるのか。

 分からない。

 だけど、それが私の役目ならば、喜んで受け入れるだけだ。

 

 異常な圧迫感が完全に消え去った時、私はこの世界に来て初めて安堵というものを覚えたのだった。



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