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異界渡りの姫君  作者: 京 みやこ
第1章 異界渡りの姫君と鍵
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(10)朝の出来事

 朝、目が覚めると私は立派過ぎるベッドの中で、まずは大きく伸びをする。

 そして豪華な天蓋を見上げ、

「やっぱり、夢じゃないんだ」

 と呟くのがクセになりつつあった。

 この世界に呼ばれて一週間が経つが、病院の小さな個室で何年も過ごしてきた私にしてみれば、この部屋の豪華さにはどうしても慣れる事が出来ない。

「冗談じゃなくて、本当に物置で十分なのに」

 はぁ、とため息をついて私はベッドから降りた。

 

 私が頑として頷かなかったため、用意してもらった服はドレスが一着もなく、同じ形のワンピースばかり。それでも、サフィルさんとカルストさんが触り心地の良い上質な布で、色違いのワンピースを何枚も作ってくれた。おかげで、小さくはないクローゼットはギュウギュウになっている。

 並んでいる色とりどりのワンピースたちを目にして、またため息。

「こんなにたくさんあっても、私の体は一つしかないんだけどな」

 ありがたいけれど、それ以上に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 彼らの話では、私は言い伝え通りの『異界渡りの姫君』で、この国の行く末を示す鍵なのだという。

 だけど、私はまだ何一つ役目を果たしていないのだ。

 ただ毎晩、月に祈りを捧げていることしかしていない。なのに、こんなにあれこれとしてもらうことが心苦しくてたまらない。

 何にもしていない私に優しくしてくれる彼らへ、私は何を返せばいいのだろう。

 自分に出来る事ならば、どんな役目でもいい。それこそ、この体が犠牲になっても。

「早く役目が果たせればいいんだけどなぁ」

 自分はなんて役立たずなのだろうかと、早くも三度目のため息をついたのだった。




 着替えを済ませ、顔を洗い、髪を梳かした。お願いしたとおり、自分のことは自分でさせてもらっている。シーツの取替えや私の背では届かないところの掃除は、侍女さんや他の人にやってもらっているけれど。

 そして、食事も自分で作ることにしていた。

 この世界には日本の家庭にあるようなガスコンロなんて物はないし、電子レンジもない。一般的な家電というものが存在しなかった。

 ただし、魔法がある。サフィルさんが火聖石という小さな石に魔法をかけて、私の声で火力を調節できるようにしてくれたのだ。すごく便利で助かる。魔法って素晴らしい。 

 火聖石のように電灯の代わりになる石などもあり、電化製品がなくても生活に困らないそうだ。こういう所が異世界だなってつくづく感じる。

 身支度を整えた私は部屋を出て、石の明かりに照らされた廊下をテクテクと進み、調理場に向かう。

 調理場と言っても、お城で働く人たちのために食事を作る大厨房ではなく、その奥にある小さな台所を使わせてもらっていた。

 この台所は見習いの調理人が自主的に勉強する為に作られたそうだが、今は見習いと呼ばれる立場の人がいないとのこと。

 既に仕事を始めていた大厨房の人たちに挨拶をする。

「おはようございます。今日もお邪魔します」

 私が声をかけると、みんなが作業をしながら『おはよう』と返してくれた。

 彼らの邪魔にならないように壁際をそろそろと歩きながら、私は台所に入る。すぐそばにある野菜置き場に行って、形も色もちょっとだけ悪い野菜を眺めた。

 王族達の食事を作っているこの厨房では、肉だろうと野菜だろうと、使っているのはどれも一級品。

 だけど、お城で働く人たちに出すまかない料理には、私が手にしている物のように少しだけ質の落ちる素材を使っている。とはいえ、ほんのわずかに形や色が悪いだけで、味には何の問題もない。そういった材料を好きに使っていいと言われていた。

 はじめは一級品を使うように言われたけれど、私の料理の腕では材料がもったいないので辞退させてもらったのである。


―――さてと、何を作ろうかな。


 自分の食事は自分で作ると言ったものの、料理の経験はなく、知識と言っても子供の時に母親の料理する様子から学んだものや、入院中に読んだ初心者向けの料理本から得たものだけだ。

 だから、私が作れるものは料理とはいえないほどお粗末ではあるが、食べられるものがなんとか出来上がっていた。

 それというのも、鍋やフライパン、包丁やまな板などは、私が知っているものと材質が違うだけで形は同じだったし。食材も向こうの世界とは名称や色が違っているものの、味はほとんど変わらないおかげだ。


―――よし。茹でたジャガイモに、バターと塩を混ぜてみよう。


 慣れない手つきで洗ったジャガイモの皮を剥き、小さな鍋でコトコトと茹でる。こちらの世界では、ジャガイモの事をポーモロンというらしい。

 ちなみに、調味料の名前は元いた世界と変わらなかった。違うものと同じものがあるって、なんか不思議。でも、新たに覚えることが少ないのは助かる。

 厨房のみんなが、危なっかしい手つきの私を心配そうに見ていた。その視線を背中で感じながら、ボウルの中に茹で上がったポーモロンとバターを入れて手早く合わせる。

 ざっくりと掻き混ぜてから塩を加えて味見をし、「こんなものかな」と呟いた時、厨房のみんながハッとしたように息を呑み、途端に緊張感が走った。

 振り返ってみれば、みんなは調理の手を止めて深々と頭を下げている。私はそんな彼らの顔を順番に眺め、最後に入口で立っている人に目をやった。

 そこにいたのはサフィルさん。私も慌てて同じようにお辞儀をすれば、大きな声で「サワはそんなことをする必要ない」と言われる。

 だけど料理長と言われるこの厨房で一番偉い人が頭を下げているのに、私が顔を上げるのは駄目だろうと思う。なので、そのままの格好でいたのだが。

「サワッ」

 一際大きく名前を呼ばれたかと思うと、次にカツカツとブーツが奏でる忙しない足音が耳に入る。

 そしてガバッと肩を掴まれて、お辞儀をするのを止められた。

「サワ、どうして私に頭を下げる?」

 まるで私が悪いことをしたかのように、彼の声は鋭い。

「それなら、どうして私は顔を上げなくてはいけないんですか?サフィルさんはこの国の王子なのでしょう?みんなと同じように頭を下げるのは当たり前ですよ」

「当たり前なんかじゃないと、何度も言っているだろう。サワは姫君なんだぞ。むしろ、私が頭を下げねばならない立場なのに」

「それはやめてください。頭を下げられるくらいなら、私はお城を出て、平民として気ままに暮らします。まぁ、役目があるので、実際には気ままと行かないでしょうが」

 真面目な顔で答えれば、サフィルさんは少しだけ顔を青くした。

「だめだ!城の外は危険だから、けして出てはいけない」

「でも、私は日本では平民だったので」

「今は違うだろう。いや、たとえ平民だったとしても、サワはこの城から出てはいけない。私の目が届かぬところには、けして行かないように」

 サフィルさんは、何をそんなに必死になっているのだろうか。あんまり理解していないとはいえ、私は逃げ出すつもりもなく鍵の役目は果たすのに。

 首をかしげていると、サフィルさんはハァとため息をつく。

「とにかく、サワは頭を下げなくていいんだ。それと、絶対に城から出ないように。絶対だぞ」

 とても真剣に言ってくるので、とりあえず私は素直に頷いておいた。

 そんな私に安心したのか、サフィルさんは肩を掴んでいた手の力を抜く。そして、私の肩越しに背後の台所を覗いた。

「あれは、サワが作った朝食か?」

「はい。ただ、食事と言えるような立派なものではないです。ポーモロンを茹でて、味を付けただけの簡単なものですから」

 簡単とはいえ、これまで台所に立つことがなかった私からすれば、野菜の皮を剥くだけでも一仕事。

 ボウルの中に入っているポーモロンは形がちょっと不揃いだし、凝った味付けも出来ない。食事というほど立派ではないが、自分で作ったものは格別の味がする。

 ああ、そうだ。ポーモロンは温かいうちに食べるのが美味しいのだ。このままでは冷めてしまって、せっかくの美味しさが半減。だけどサフィルさんがいるのに、作業に戻るのは失礼だ。

 どうしようかと思っていると、サフィルさんが僅かに微笑んだ。

「食べさせてほしい」

「は?」

「サワが作ったものを、食べさせてほしい」

「王族の方の食事は料理長さんが作ってくれていますよ。ほら」

 視線で示した方向には、見た目も匂いも美味しそうな料理が並んでいて、みんなが最後の仕上げに取り掛かっているところだ。茹でポーモロンなど、あの料理の前では付けあわせにもならない。

「サフィルさんはこんなところにいないで、専用の食堂に戻ったほうがいいです。陛下と妃陛下が待っているはずですよ」

 背の高い彼を正面からチラリと見上げれば、真っ直ぐに視線が降りてくる。

「サワの作ったものが食べたい」

「そんなにお腹が空いているんですか?だったら、早く食堂に。料理はもうすぐ出来そうですから」

 言っているそばから、料理人のみんながお皿に盛られた料理を運び出してゆく。

 ところが。

「私は、サワが作ったものが食べたいんだ」

 サフィルさんは、同じことを言い張り続ける。

 実はこのやりとり、今朝が初めてではない。異世界に着いた翌日からこの台所で料理を始めたのだが、それ以来こうしてサフィルさんが訪れては料理を強請るのだ。

 何故だろうか。異世界の料理がそんなに珍しいのだろうか。

 そういえば、私のやり方は斬新だと言われた。私としては、けして特別なことをしているわけではないけれど。

 思うに、この厨房にいる彼らのような一流の料理人は、私のような平凡な調理法を知らないだけで、それを斬新だと言っているだけではないだろうか。

 何だかよく分からないやり取りの末、私はため息を漏らす―――いつものように。

「分かりました。こんな物で良かったら、いくらでもおすそ分けしますから」

 その言葉に、サフィルさんもいつものように顔を綻ばせた。


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