警視庁特務課
9/12 6:20.pm
秋篠駅前-秋篠地下街入り口付近
「なんや、けったいな事案押し付けよって」
柱にもたれ掛かりながらぼやく
ここでも手がかりを得ることは叶わなかった
いや、文の頭に『やはり』を付け加えた方が妥当か
島田 一條が上層部から与えられた任務は、
『秋篠自然公園に置く路上生活者失踪の現況の調査及び排除』
『排除』とは穏やかでは無い響きだが、上のお偉いさん方は、この事件が明るみに出る事を極端に嫌っているようだ
実際に、『関係者及び目撃者は発見次第排除せよ』
とも仰せつかった
被害者であろうと見逃すことは許されないそうだ
明らかに裏がある
そうは思うが、自分の知ったことでは無いので、詮索はしない
知れば知るほど死に近づく
自分が身を置くのはそういう世界なのである
「…それにしてもあいつら、頭沸いてんのとちゃうか?」
洩らしたくないと民間から必死に秘匿している情報をその民間から採取しろ…
上の方々の言ったことは、要約するとこうである
理論もへったくれも有りはしない
正確な情報どころか、噂程度の情報しか得ることが出来ず、捜査は完全に手詰まりとなった
上さんの思惑通りに事は進んでいるそうだ
有力な情報と言えば、各所で耳に挟んだ
『散歩中に犬が市の中央付近にある『秋篠自然公園』に入ることを拒絶した』事
そして、自分の目で確かめた
『秋篠自然公園のホームレス間違いなく消えている』事
そして、『秋篠自然公園とその付近で動物がいなくなっている』事
これら以外の情報は、曖昧すぎて情報源としては使えない
もう少し、聞き込みを続けよう
そう考え、辺りを見渡す
丁度、此方に向かってくるスーツ姿の女性がいたので
「なぁ、姉ちゃん
秋篠自然公園の噂のこと…やけど…」
その女性に声を掛けるが、何か考え込んでいた様で、耳に入っておらず無視される形となった
…もしかしたら気づいていて、尚ナンパか何かと間違えられたのかも知れない
多少気分が凹むが、これも仕事だと割り切って次に当たる
その後何人かの男女に聞き込みを続けるが、皆一様に不審者扱いして、取り合ってはくれなかった
確かにもう時間も遅い
この時間からの情報収集は困難
そう結論付けた男は、さらに深く考える
こともなく、大阪の地方支部から都心の『警視庁特務捜査課』への転属という名誉ある大出世|(と言う名の左遷)を決定した上層部への怨み辛みを心中で述べるだけで、なにも進展は無かった
そもそも、『警視庁特務捜査課』と言うのは、対外的(それでも民間には秘匿されているが)な聴こえを良くしただけのハリボテの名称であり、
実際は、『警視庁政府直属不都合なこと削除します課』とでもいった方がまだしっくり来るような組織なのだ
閑話休題
辺りはすっかり暗くなってきて、都心でもかなり大きな部類に入る秋篠駅はきらびやかに照らされる
空を見上げても、星ひとつ見えない明るい空が広がっているのはさすが都心とでも行ったところか
そんな事を考えながら先程から視界に入っていたコーヒー店に足を向ける
たって悩んでいても、立ち往生したままなら、いっそ座って考えよう
そう考えたわけである
コーヒーを注文して、カップを受け取り空いている席にすわる
カップに注がれたコーヒーの池に備え付けの角砂糖を七つ投入する
そして、それを口に運んだ一條はそのあまりの甘さに自分の悪ふざけで取った行動を深く後悔した
しかし、入れてしまったものは仕方がないので、頭に響くような甘さと視界の揺れを根性で圧し殺して飲みきった頃にはもう20分が経過していた
立っていても思い付かなかったので、座って考えよう
と思い立ってコーヒー店に入ったのだが、それでもなにも思い付かなかった
それを強引に角砂糖のせいにして、席を立つ
さぁ、どうしたものか
いっそ、深夜の秋篠自然公園にでも乗り込もうか
等という思考が飛び出しそうになるが、瞬時に打ち消す
お偉方かこんなに必死に隠そうとしてるんだから、もし知ってしまうようなことがあれば、自分も排除の対象になるだろう
一個人ならばまだなんとかなるかもしれないが、相手は国である
個人で国を相手取るような馬鹿な事はしたくない
馬鹿は自身の上司連中だけで充分である
「一旦報告しとこか…」
ボソリと呟いた一條は、コーヒー店から出ると、駅の構内を目指して歩き出し、人混みへ紛れた
9/12 10:15.pm
秋篠駅-エントランス
「なんやねんあいつら…!」
小声で、それでいて力の籠った愚痴を吐き出す
一條が人気の少ないトイレに入って、電波感度の悪さにイラつきながら現状の成果を報告した結果は最悪のものだった
上の連中は、自分の言っている事がいかに支離滅裂も理解せず、わめき散らした挙げ句、何か手がかりを見つけるまで戻ってくるな等と抜かしてプチっと通話を切るという行動に出た
イライラするも、まぁこれも仕方のないことだと割り切って、何か打開策を考えた
しかし、やはり『あるひとつの禁じ手』以外思い付くことはなかった
『深夜の秋篠自然公園への突入』である。
もうどうにでもなれ
と言った様子で一條はフラりと駅を出た