思い出のワンピース
幼い頃のことはあまり覚えていない。まるでバラバラのパズルのように、記憶は断片的であった。ある少女とよく遊んだことは覚えている。でも、その少女の名前は知らない。今となっては顔もよく思い出せない。覚えているのは、少女と一緒にパズルで遊んだこと。そして、いつも着ていたワンピースがよく似合っていたことだった。
その子とは、何日もかけてパズルを一緒に作った記憶があるのだが、完成した記憶はない。あと少しのところで、完成しないまま終わってしまっていた。理由は、私が引っ越しをしてしまい、その少女とは離れ離れになってしまったからである。そのパズルは、私が持って引っ越した。今でも大事にとってあり、ほぼ完成しかけているのだが、1ピースだけ足りていない。どこかに無くしてしまったのだと思う。そのパズルは、永遠に完成することがない。それはまるで、2人の思い出が永遠に戻らないことを表しているようだった。
少女の連絡先は知らなかった。引っ越しをしてからは一度たりとも連絡をとっていない。再会の約束をするには、幼すぎたのだろう。そこまで頭が回らなかったのだ。心のどこかで少女のことがずっと気になってはいたが、私の記憶もあいまいなものである。きっと、少女も私のことなど、パズルの1ピースほども覚えていないだろう。
現在、私には妻と1人の子どもがいる。子どもは、ちょうど私がその少女と一緒にパズルをしていたときほど、まだ幼い。私は、自分の思い出を重ねるかのように、子どもにもパズルを買って与えた。
ある日、妻の『宝物入れ』と名付けられた箱の中を見る機会があった。そこには、妻が昔から大事にしているものが入っている。私が若い頃に妻にプレゼントしたネックレスや結婚指輪、子どもが初めて書いてくれた手紙などである。そこに、私はひとつのパズルのピースのようなものを見つけた。その瞬間、私は昔の記憶が一気によみがえってきた。
――そうだった。そういえば、私は少女とひとつの約束をしていたのだった。
「パズルはボクが持っていくけど、このピースは君が大事に持っていて。パズルを完成させるには、そのピースがなきゃだめなんだ。だから、ずっと持っててね。」
そう言って、パズルのひとつのピースを少女に渡したのだった。パズルのピースを渡しておけば、それを完成させるために、また一緒にパズルが出来ると考えたのだろう。
私は、妻の持っていたパズルのピースを見て、私の記憶のパズルが一つになるのを実感した。
もう、何十年経ったか分からないけど、今からでも遅くないかな。あのときの続きはさ。
思い出のひとかけら。妻が持っていた1ピース。私の妻は、ワンピースがよく似合う。