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☆その九

 水を汲み終えてイリスの所に戻る。

「あの男はまだ戻っていないみたいだな」

 辺りを見回すと、二人以外の人?影は見当たらなかった。

「うん、まだだね~」

 近くで拾ってきたであろう枝を折りながら火にくべているイリスを横目に、水を入れてきた水筒と、ついでに採ってきた木の実を荷物の傍に置く。

「しかし、何でこんな事になったのか」

「まぁいいじゃない。ご飯作ってくれるってゆうんだから」

「だがなぁ」

「相手にしてみれば私達なんか何時でも殺せるんだし、毒とか使うまでもないでしょ」

「それもそう、なのか…?」

 なんとも情けない話ではある。倒そうとしている相手が目の前に居ても倒すことができず、あまつさえ一緒に食事をしよう、と言うのだ。面白くも無い話だ。

「その娘を置いていったのもそうゆう理由か」

 少女に視線を落とす。魔法か何かで眠らせているのか、一向に起きる気配が無い。

「だろうねぇ」

 嘆息してしまう。超えねばならない壁はとても高いようだ。


「すまないな。待たせてしまったようだ」

 俺が水汲みから帰ってきて暫くしてから男は戻ってきた。

「やっと来たか。って何だその荷物は」

「これかい? 今から使う食材とか調理器具だよ」

 両手いっぱいに肉やら野菜やら鍋やら食器やら、おまけに空間にはテーブルと椅子が浮かんでいた。

「お、ちゃんと二つ用意してくれたか。ありがとう」

 言いつつ男が視線を移すと、浮かんでいたテーブルが視線の先へと動いていく。

 テーブルが設置されると、囲む様に椅子も並べられた。

「食卓はこれでよし」

 さらに食器や鍋を焚き火の傍へ移動させる。

「さぁ、もう少し待っててくれ。すぐに用意するから。あ、水をこちらへ持ってきてくれないか」

 そう言ってこちらを向く。

「お前が作るのか?」

 想わず声に出してしまった。

「もちろんだ。料理は好きなものでね。暇な時間が永かったからちょっとやってみたら趣味になってしまったのだよ。さ、水をこちらへ」

「あ、ああ」

 水筒を取り、男へ手渡す。

「魔王とゆうのはそうゆうものなのか?」

「ん? あぁ、料理? いやぁ。他の魔族の事は知らないがね。そう居ないんじゃないかな」

 言いながらも焚き火に脚付きの網を設置して、片方にフライパンを、もう片方に鍋を置く。

 鍋に少量の液体を入れる。油だろうか?

「あれもアンタが持ってきたのかい?」

 ふとイリスが森を一瞥してそんな事を言う。あれとはなんだろうか。

「ん? あぁ、気にしないでくれ。勝手にやっているだけだからそのままで」

 男はそちらを見もせずに答えた。

「そうかい?」

 イリスと魔王は何の話しているのだろうか。

「さて、と。君達肉は好きかい?」

「うん、好きだよ~」

「よし。じゃあ肉も焼こう」

 その声にイリスの表情が明るくなる。

「やった! シグ聞いたか? 肉だってさ」

「あぁ、そうだな」

 何の肉なんだろう。そんな考えが頭を過ぎる。

「心配しなくても良いよ。私達も基本的には君達と同じような物を食べている。今回は牛の肉を用意したよ」

 こちらを見ずに言った男は、薄く切った肉を鍋に入れてヘラを使って炒めている。少しして切った野菜も入れていく。

「お~、牛~! 久しぶりだ」

 イリスの声が何やら嬉しそうに聞こえる。まぁ、それは自分も同じなのだが。

 とゆうか声に出ていたか?

「声に出ていたか? すまない」

「いや? ただその顔を見れば、そんな事を考えているかもしれないと想っただけさ」

 男がこちらを向いて、唇の両端を上げて、ハハハ、と笑う。

「君は顔に出やすいのかな?」

 そう言ってまた料理に視線を戻す。

 少しばかり驚いた。心でも読めるのかと想ってしまう。

「……ん?」

 そして想う。

 基本的にって事は、俺達が食べないものも食べるのだろうか?

「それは秘密だよ」

 振り返りもせずに男が言う。

「お前、心が……」

「ハハハハ、やっぱり分かりやすい」

 男が愉快に笑っている。

「シグ… 今のは私にも分かったよ」

 イリスもこちらを向いてそんな事を言っている。お前ら何時の間に…

 そう想っている間に鍋に水が入る。

「さて、こっちは火を弱めて少し煮込んで、と」

 男はフライパンに油を入れて大きめに切った肉を乗せる。周囲に肉の焼ける匂いが漂う。

「肉~♪ 肉~♪♪」

 イリスが機嫌良さそうに身体を揺らしている。

「肉は良いよねぇ」

「うんうん。倖せになるねぇ」

 何だこの光景は。勇者と魔王が笑顔で笑い合ってるとか夢だろうか。

 だが、ふと想う。これが一番良いのではないかと。こんな風に過ごせれば良いのではないかと。

 いや、しかし、と首を振ってその考えを振り払う。確かにそれは理想だが、共存するにはあの力は強大過ぎる。

 だが、と争いの無い世界を再び夢想する。そしてやはり唯の夢でしかないのだ、と想ってしまう。


「よし。後は余熱で火を通して、と。こっちは塩胡椒して」

 忙しく男が作業を続ける。

「いやぁ、楽しいねぇ」

 この笑顔を振りまく男が魔王とは、俺にはどう見ても考えられなかった。

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