☆その八
どうしてこうなった。正直にそう想う。なんと言えば良いのか。
さっきから俺の目の前には有り得ない光景が広がっているのだ。こんな経験した人間なんて片手で数えるくらいしか居ないのではないか?
とゆうよりも、俺達位しか居ないんじゃなかろうかと想う。
なんせ目の前で魔王と呼ばれる存在が料理をしているのだ。しかも街道の傍で。勇者一行を目の前にして。
見るからに楽しげに調理をしているのだ。これが驚かずにはいられないだろうよ。
隣を見ればイリスも同じかと想いきや、何やらさっきから漂う匂いにつられているのか口をぽかんと開けながら、今か今かと食事を待っている様だった。もし尻尾でも生えていたら、それこそ左右にブンブンと物凄い勢いで振り乱しそうな感じに。想わず、おいおい、と嘆息してしまう。
何でこんな事態になったのか。それは数刻前に遡る訳だが。
「そうだ。君達空腹ではないかね?」
突然放たれた男の言葉に、俺は咄嗟に反応できなかった。
「……はぁ?」
イリスが呆れたように声を漏らした。さすがのイリスもこれには動揺を隠せなかったらしい。
普段閉じられているかの様に細い眼を見開いていたのだ。永い付き合いの俺でもそうそう見る事はない光景だった。
「いやなに、永い話になるので食事でもしながら話そうかと想ってね」
男は至って真面目にそう言っている様だった。
「そりゃまぁ、少しはね」
落ち着いたのか、既にいつもの様な細い目に戻っていた。
「うむ。時間的には少し早い様だが、準備している間に丁度よくなるか」
男は空を見上げ、呟いた。つられて視線を空へ向ける。
陽はやや傾き掛けているが、沈むにはまだ数刻はある、といった所だろうか。
「よし。私は一度戻るから、君達は火を熾しておいてくれ。ん、そうだな、二箇所欲しいな」
男はこちらに視線を移すと捲し立てる様に言葉を紡ぐ。
「水も汲んでおいてくれ。調理器具は… 持ってなさそうだな。それも持ってくるか」
「ちょ、ちょっと待て」
「あとは何が必要かな。あぁ、テーブルも持ってくるか。流石にそのまま地面に置くのもな」
男はこちらの話を聞く様子も無く、一人でブツブツと呟いている。
「では、戻る事にする。その娘は傍に寝かせておいてくれ。まだ目を覚ましはしないから」
そう言うと、男の姿が音も無く掻き消えた。
俺達は互いに目を合わせて呆然としてしまった。
「何だったんだありゃ…」
「さぁね…」
しばらくぼうっとしていたが我に返ると、腕の中で静かに眠る少女の姿に先程の出来事が現実なのだと否が負うにも突きつけられた。
「あれが魔王とはねぇ」
剣を鞘に収めつつイリスがため息を吐いた。
「本当に魔王なのかは分からないがな。何せ俺達は魔王の姿を知らないからな」
街道から外れて、丁度良さそうな岩に少女を寄り掛からせる。
「だが、あの男の力は… ただ事ではないだろうな」
「うん。今まで見たことも無い位の威圧感だった。騎士団長とは少し質が違うが、団長のそれとは比べ物にならないくらいに」
「あぁ」
騎士団長が闘っているところは二度三度位しか見た事はなかったが、あの威圧感は凄まじいものだった。近くに居た訳ではないのに鳥肌が止まらなかった記憶がある。
「イリス」
「ん?」
少女に毛布を掛け、火を熾しているイリスに向き直る。
「あのまま闘って…… 勝てたか?」
種火に風を送る手を止め、う~ん、と少し考える様にしている。
「分からないな~。あれがあいつの本気だとも想えないし。でも…」
「…でも?」
「勝ちはなかったと想う。良くて引き分け、かな。実際やっていたら負けてたと想うよ」
こちらを見ずにそう呟いた。
騎士団内でもイリスの強さはトップクラスであった。団長やそれに近しい団員と比べても遜色ない様に想う。
ただ、協調性とかそういったものがあまり無い為に、騎士団内でも良くは想われていない様だった。
イリスも言っていたが今回の討伐任務は勇者の血筋とゆう話もあるのかも知れないが、騎士団内のそういった声があっての人選かもしれなかった。
「そうか…」
「うん」
少し太めの枝に火が移ったらしく、イリスは枝を火にくべている。
「でも、魔王を討伐するんならあれ位は倒せる様にならないとね」
焚火に照らされた表情にはどこか楽しそうな色が見えた。
過去にもそんな表情は何度か見たことがあった。騎士団に来た時然り、戦場で強い相手に出会った時然り。
「そう、だな」
やれやれ、とため息一つ。
「んじゃ、ちょいと水汲んでくるかな」
「はいよ。よろしくね~」
水筒を持って立ち上がり、近くを流れる小川へと歩いていく。
道すがら、帰り採っていこうと木の実が生っていないかと探したりする。
そうこうしている内に小川に辿り着くと水筒いっぱいに水を汲む。
「まぁ、多けりゃ多いほど良いだろう。あって困るもんでもなし」
水筒の蓋を閉めて帰ろうとした時だった。
ふと我に返る。
「何で律儀に飯の用意してるんだ俺達?」
しばらく呆然と立ち尽くしていたが、どの道今夜の食事は用意しなくてはならなかったし、手間が省けたので良いか、と想うことにした。
「やれやれ、だな」
ため息を吐きつつ、帰り道を行く。