☆その七
「この娘を君達に預けたいのだよ」
…はぁ? 何だって? あの子供を預けたい? 俺達に?
「おや、また聞こえなかったのかね。この娘を…」
「や、聞こえてるから言わなくていいよ」
「お、そうかね。反応が無かったので、先刻の様に聞こえていないのかと」
イリスが言うと、男はそう答えた。その瞬間、男の姿が消えた。
「!!」
と同時に俺の目の前に姿を現す。
「くっ!」
「む。危ないので剣を下げてくれないかね」
「そんな事、出来るわけないだろう」
男に向けた切っ先を下ろさずに答える。
「私に対して、ではない。この娘に傷がついたらどうする」
男の懐で眠る少女に目をやる。
「下ろさないのなら、無力化するだけだが…」
男の気配が変わっていく。やるつもりか。
「シグ」
イリスに視線を向けると小さく首を振る。
視線を男に戻す。気配はさらに強く大きくなってこちらに向かっている。
俺は観念してため息を吐き、大剣を鞘に戻す。
「助かるよ。私は無駄な争いは好まないのでね」
男はにっこりと笑い掛ける。想わずどこがだよ! と言いたくなったが我慢する。
男が手を伸ばし、抱えた少女をこちらに渡す。思ったよりも軽かった。
見たところ十代半ばくらいに思う。
「本当はこんな事をしたくはないのだがな」
顔を上げるとそこには男の姿は無く、先程の位置に戻っていた。
男は、やれやれといった風に顔を振りながらため息を吐く。
「この娘は…」
イリスが男に向けて話す。ん? と顔を上げて男は視線をそちらに向けた。
「この娘は魔族なのか?」
うん。こんな事をしたのも気になる所ではあるが、少女が魔族であるのかは確認しておきたい。話したところで本当の所は分からないが。
「いや、正真正銘君達と同じ人間だよ」
あっさり言い放つ。
「魔族ならこんな事しないさ」
と間髪入れずに続けた。
「なら、どうしてこんな事を?」
当然に想う疑問をぶつけてみた。男は少し目を伏せぎみにしてこちらを見る。
「この娘はとある事情で私が預かっているのだが、本人には人間である事を話していない。と言うよりも、そういった話をしていないとゆうのが正しいかな」
「話をしていない?」
「あぁ。人間だとも魔族だとも言っていない」
目を伏せ気味にしたまま男は続けた。
「まぁ、魔物や魔族と共に暮らしているのでね。自分は魔族なのだろう、とは想っているようだよ」
おかしいだろうか。俺には男が悲しそうにそう言っているように見えたのだが。
「何故話してやらないんだ? 見たところ大事に育てている様にみえるが」
少女に視線を移す。怪我をしている様子も無く、虐待などをされている様にはみえない。
服も上等なものであるかは分からないが、丈の短いズボンを履いていて全体的に軽装の動きやすそうな格好をしている。
黒く光沢のある髪は腰の辺りまで伸びていて、それを首の後ろ辺りで纏めている。ちゃんと手入れをしていなければこうはならないだろう。
特徴的なのは左目に掛けられた、少し大き目の片眼鏡だろうか。派手ではないが、綺麗な銀の装飾が施されている。
「うむ。それは君達に預ける理由にも繋がるのだがね、少々長い話になるのだよ」
そう言って男は顎に手をやって、ん~、と少し考え込む仕草をしている。
ややあって、男は向き直り、この場にそぐわぬ言葉を発した。
「そうだ。君達空腹ではないかね?」