☆その弐
世界に魔物が増え始め、被害が出始めた頃。東の王国の騎士団に所属していたイリスの元に出頭命令が届く。
「これはどういう事なのだろう」
元々細い目を更に細めつつ、騎士団長の元へ行く。
団長室の前へ着くとノックをする。
「イリスです。出頭命令を受けて伺いました」
「おう、入れ」
室内から男性の声が聞こえた。扉を開け中に入ると、奥の大きめの執務机の後ろに壮年の逞しい男性。騎士団長の姿が見えた。
「出頭命令とは穏やかじゃないですね」
そう言いながら机の前に進む。
「あぁ。王からの指令だからな」
「? はぁ」
眉をよせて考え込む。
「お前さん、自分が勇者の血筋だったって知ってたか?」
騎士団長が座ったままこちらを見ている。
「勇者って… お伽噺の”時の勇者”の事ですか?」
「そう。その”時の勇者”だ」
「…いえ、まったく」
そんな話はこれまで一度だって聞いた事は無かった。
「そうか」
団長は一言そう言うと、改めてこちらに向き直った。
「まぁ、俺も信じている訳じゃぁないんだがな。お前さんが言った様にお伽噺の類くらいに思っている」
立ち上がり窓の外を見る。
「そうは言っても実際に魔物は増えているし、魔王なんてものまで出てきやがった」
「はい」
「そこで血筋であるお前さんに魔王討伐に出発してもらおう、とゆう事らしい」
「魔王討伐、ですか」
「あぁ。すでに何人もの勇者の血筋の者が魔王討伐に出発している」
団長は窓の外を向いたまま話している。
「予め言っておくがお前さんには拒否権はないからな。受けてもらうぞ」
「そうですか。 …質問してもよろしいですか?」
「おう」
団長がこちらに向き直る。
「誰か連れて行っても良いのですかね」
「ああ、いいぞ。で、誰を連れていくんだ?」
「ではシグを」
「判った。シグにも伝えておく」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げる。
「詳しくは追って伝える。自室に戻り準備に入れ」
「了解しました。では、失礼します」
「うむ」
団長に背を向け退室する。
「あ~… 面倒な事になってきたなぁ」
やれやれといった表情で自室に戻る。
「私が勇者の血筋だってさ。ホントかね」
体の良い厄介払いではないのか。そんな風にも想う。
紅い髪の女性イリスは、この東の大国の外れにある小さな村の生まれだった。
小さな頃から運動が得意だったイリスは試しにと剣術の様なものを教わったのだが、本人の性に合っていたらしく、すぐに上達していった。
魔法の勉強もするのだが、そちらは剣術程の才能には恵まれていなかったらしく、そこまで目立つものではなかった。
時は流れて十五の歳。その頃にはすでに村の誰よりも強くなっていたイリスは、王都の騎士団へ入る様に村長から推薦状をもらい、王都へ旅立つ。
村に残っていても、きっと畑を耕す日々を送るのだろうと想っていた彼女にとってこれは好機以外の何物でもなかった。
しかし田舎の村の出身者がいきなり騎士団に入れるはずも無く、王都の騎士団の詰所で門前払いをされる。目の前で門番に裂かれる推薦状を見て、彼女は一言発した。
「あなた程度の者が騎士団でやっていけるのなら、この国は私一人で潰せるね」
それを聞いた門番は笑い飛ばしたのだが、次の瞬間、鞘を抜いていない剣が横腹を薙いだ。
もう一人の門番はそれを見て剣を抜くが、そんな物は関係無いとばかりに、彼女は鞘から抜かないまま倒してしまった。
「あれ。天下の騎士団が小娘一人止められないのかな?」
そう言って細い目をさらに細めてニヤリと笑う。その余計な一言が引き金となって、周りで見ていた騎士団員も巻き込んだ乱闘騒ぎになっていった。
騒ぎを知った騎士団長が現場へ到着した時、騎士団員に囲まれている少女が見えた。満身創痍ながらもイリスはまだその輪の内に立ち続けていた。倒れている兵士を見ると、そこそこ腕の立つ者も混じっている様だった。
息も絶え絶えで疲労も限界に達しようとしていた彼女は、囲んでいる兵士の中から一際目立つ男性を見つけると、そこに斬り込む。
唯の勘ではあったが、その男性がこの中で一番強い人間であると想い、気合いを込めた一撃を放つものの、簡単に弾かれ逆に重い一撃を食らい気を失ってしまう。
その斬撃を受けたイリスは、気が遠くなっていくのを感じながら前のめりに倒れこんでしまった。